4-9.
喫茶店メモリーへの襲撃を終えたセカンドとフォースは、早々に現在の拠点である廃工場へと戻っていた。
廃工場には魔法学部のイベントを襲撃したシックスなどの姿もあり、魔女狩りの実働メンバーが勢揃いしている。
フードを外したセカンドが素顔を晒しており、今日の戦果に満足しているのかその表情は明るい物だった。
マスクドナイトNIOHを生み出した魔法少女が、千春の妹である彩雲と判明した事実は非常に大きい。
正義の味方も身内には甘いようであり、千春は実の妹を守るために彼女が魔法少女である事実を今日まで隠していたのだ
そんな妹思いの兄が、妹を犠牲にしてまで魔女狩りの邪魔しようとは思わないだろう。
「今日はご苦労様、私たちの目的は概ね達成しましたね…。 これでNIOHはもう動けなくなる筈です」
「やったわ、セカンド! これで私たちを邪魔する奴は居なくったも同然ね。 これで思う存分に魔法少女たちを苦しめてやれるわ…。 見てなさい、マジョル、イクゾー! 今日の恨みはすぐに晴らしやるんだから!!」
セカンドから作戦成功の報を聞いたフォースは、彼女と同じように喜びの表情を浮かべている。
魔法少女の存在によって家庭崩壊したシックスとしては、魔法少女たちへ復讐できる事が嬉しいのだろう。
そして憎き魔法少女の筆頭と言えるイクゾーとマジョルにしてやられた屈辱は、彼女の復讐の炎へ更なる燃料を投下したようだ。
「セカンド、NIOHの妹には…」
「安心して下さい、フォース。 NIOHが私たちの邪魔をしない限りは、彼女に手を出すつもりはありません」
喜色満面のシックスとは対照的に、死神への変身を解いたフォースの顔は浮かない物だった。
今の彩雲は魔法少女の力を全て兄の千春に譲渡しており、彼女自身は何の力も持たない無力な中学生でしか無い。
今後の彩雲に対する扱いを懸念するフォースに対して、セカンドは今の所は彩雲に手を出さないことを明言する。
千春が余程の馬鹿で無ければ、この状況で魔女狩りの邪魔をすればどうなるかは察せられるだろう。
マスクドナイトNIOHが無力化出来れば、わざわざ彩雲を襲う必要が無いのである。
しかし逆を言えばNIOHが再び魔女狩りの前に立つならば、セカンドは容赦なく彩雲を狙うに違いない。
「…油断するなよ。 NIOH以外にも警戒が必要な奴は居る」
「当然ですよ。 まずは使い魔には気を付けないといけませんね、それに今日現れたイレギュラーも…」
「セカンドの能力が利かない謎のスウィート・ストロベリーが現れたのよね? まあ話に聞いた限りだと大したこと無かったみたいだし、NIOHほど警戒する必要ないわよ」
事実上マスクドナイトNIOHを封じられた魔女狩りであるが、これで彼女たちの敵が居なくなったかと言えばそうではない。
親である魔法少女と別行動を取っている使い魔には注意が必要だし、他者から魔法少女の力を譲渡されたNIOHの同類が他に居るかもしれない。
実際に今日はそのイレギュラーに足を掬われたことで、全ての作戦目標を達成することは出来なかった。
しかしそれを考慮しても魔女狩りの最大の障害はNIOHであり、それを排除出来たことは大きな前進と言える。
「そういえばあの女はどうするの、まだ此処に居るんでしょう?」
「魔法少女に協力した罰として、今日は一晩怖い思いをして貰いましょう。 明日には解放しますわ…」
「そうだな、相手は魔法少女じゃ無いんだし…」
NIOHの情報を探るために魔女狩りが捉えられた朱美は、彩雲の秘密を掴めたことで既に用済みとなった。
これが物語上の悪の組織だったならば、口封じのために彼女を始末するのがお約束の展開だろう。
しかし彼女たちの復讐の対象はあくまで魔法少女であり、カテゴリ的には一般人に属する朱美を不用意に攻撃する理由は無い。
朱美を翌日解放すると言う判断に対して、シックスは若干不満そうな様子であったが特に異論は無いらしい。
フォースなどは非魔法少女に対して寛大な決定をしたセカンドの判断に、あからさまに安心した顔をしていた。
「此処まで事がスムーズに進んだのも彼女のお陰ですね。 あの方には感謝しないと…」
「…私、あの新入り嫌い!? 私たちの仲間になった筈なのに、何時も一人で居るじゃない。 この作戦会議にも参加してないし、一匹狼気取りなのかしら!!
…それにあいつ気持ち悪いわよ、私の心を読むなんて!!」
「彼女は私たちと同じ魔法少女の被害者よ。 共に魔法少女に対して復讐を誓った仲間じゃない」
「シックスが嫌がっている事を知っているから、あいつは私たちから距離を置いているんだろう。 本当に難儀な能力だよ…、魔法少女って奴は…」
有情 慧、少し前に魔女狩りのメンバーに加わったサイキック系魔法少女である。
マスクドナイトNIOHの秘密を探るために行った今日の作戦、その成功の立役者は彼女であることは間違いない。
慧のテレポート能力で鍵の掛かった部屋に音も無く侵入して、周囲に悟られる事無く朱美を魔法学部から連れ出せた。
慧のテレパシー能力で朱美の心の中を読み取り、NIOHが隠していた彩雲の秘密を知れた。
その特異な能力もあって未だに他の魔女狩りメンバーと打ち解けたとは言い難いが、慧もまた彼女たちと志を同じにする同士なのだ。
魔法少女の能力によって振り回された慧の過去は魔女狩りたちも把握しており、人から距離を置こうとする彼女の行動を許容していた。
「そろそろあの方も"新入り"は卒業ですね…、あなたの次だから彼女は"セブンス"かしら。 シックス、後輩の面倒はよろしくお願いします」
「こ、後輩…、私に?。 ふん、私が魔女狩りの先輩としてビシバシ鍛えてやるわよ!!」
「シックス…、お前…」
魔女狩りの実働メンバーに割り振られるコードネーム、魔女狩り入りして日が浅い慧はまだそれを与えられていなかった。
しかし今回の作戦で重大な役割を果たした慧は、正式にメンバーとして認められてコードネームが割り振られるようだ。
"セブンス"、それまで末尾ナンバーだったシックスに新しい後輩が誕生するのである。
それまで実働メンバーで一番下っ端だったシックスは自分の下が出来たことが嬉しいのか、慧への不満はすっかり薄れた様子だ。
後輩と言う単語に瞳を輝かせているシックスの単純と言えば単純な変わり様に、フォースは呆れた表情を見せていた。
「…きゃぁ!?」
「何、地震!?」
「違います、これは…。 行きますよ、みなさん!!」
魔女狩りの実働メンバーが集まる部屋の中で、突如激しい揺れが起きてしまう。
最初は地震とも思ったが、魔女狩りたちは自身の体を庇いながら揺れが収まるのを待とうとする。
しかしすぐに地震では説明が付かない破壊音が耳朶に届き、彼女たちは異常事態に気付く。
何かがこの廃工場に現れて暴れている、そう察知した彼女たちは改めて騒音の元へと向かう。
「…モルドンだ、モルドンが出たぞ!!」
「おい、嬢ちゃんたちを呼べ! こいつを何とかしてくれ…」
「これは…」
「でも何か様子が変よ…」
彼女たちが駆け付けた先には、魔女狩りに協力している他のメンバーたちも集まっていた。
そこには廃工場の壁に大穴が出来ており、恐らくこれを作った瞬間に建物全体が揺れたのだろう。
そして彼女たちの目の前には廃工場に突如現れた予期せぬ侵入者、漆黒の黒い異形の姿があるでは無いか。
壁をぶち壊して無理やり侵入してきたモルドンは、辺りの古ぼけた工作機械を破壊しながら何かを探す様に辺りを見回していた。
既に日が沈んだこの時間帯にモルドンが現れることは不思議なことではなく、偶然彼女たちの拠点にモルドンが現れただけだろう。
普通であればそのように判断する筈だが、彼女たちは何故か廃工場に現れたモルドンに対して異様な気配を感じていた。




