7-5.
ウィッチを含む幾多のクリスタルを体に取り込み、二つのクリスタルを体に備えた渡りの蜥蜴型モルドン。
クリスタル二つの力は伊達では無く、その実力は何人もの魔法少女を倒してきた戦果が証明している。
確かに朱美がもたらした情報により、千春たちはあの蜥蜴型モルドンも居場所を突き止めることが出来た。
しかし仮に蜥蜴型モルドンと対峙した場合、マスクドナイトNIOHこと千春が勝てるとは限らない。
二つのクリスタルを持つ強力なモルドンが相手である、逆に返り討ちに遭って千春のクリスタルが喰われてしまうかもしれないのだ。
「…だから私は今回の戦いで、助っ人を呼んだのよ。 紹介するわ、星川 千穂ちゃんよ」
「は、はじめまして! 今日はよろしくお願いします」
とりあえずの目的地として定めていた、渡りのモルドン出現予想地点から最寄りのファミリーレストラン。
一足先にバイクで辿り着いていた千春に対して、朱美は寺下の車で目的地に向かう道中に拾ってきた少女を紹介する。
星川 千穂、この場に呼ばれる者が常人である筈もなく、この少女もまた魔法少女と呼ばれる存在だった。
年は恐らく天羽と同年代くらい、動きやすさを優先して短く切られた髪や日に焼けた肌が健康的な印象を与えていた。
「事前に話したと思うけど、この子は例のモルドンにやられた犠牲者の一人なの。 友香ちゃんの活躍で力を取り戻したこともあって、今日の戦いに協力してくれるって言ってきたのよ」
「はい、ウィッチさんには本当に感謝しているんです。 ウィッチさんのお陰で私はあの子を取り戻せたんですから、今度は私がウィッチさんの力を取り戻してみせます!!」
「それじゃあ、千穂ちゃん自慢の子も紹介してくれる?」
「はい。 出てきていいよ、リュー」
ウィッチは己のクリスタルを引き換えに、モルドンのクリスタルを一部破壊することで何人かの魔法少女の力を取り戻した。
この星川という少女はウィッチの活躍で力を取り戻した一人であり、その縁もあって今日の戦いに参加してくれることになった。
朱美の要請に応えて星川は自身の魔法少女としての能力にして、数か月前に復活を果たした最愛のパートナーを呼び出す。
その声に応えて星川の鞄の中から飛び出してきたのは、現実世界ではあり得ない翼の生えたドラゴンであった。
「〇〇〇、〇〇〇〇?」
「へー、直球なドラゴンだな。 使い魔の話は聞いていたが…。 って、おい…、勝手に出てくる…」
「□□□、□□?」
星川の魔法少女としての力は、未だに正体不明のシロを生み出した魔法少女と同じ使い魔を生み出す能力らしい。
どうやら"リュー"という名前らしいドラゴンの見た目は、同類の気配を感じて勝手に千春の鞄から出てきたシロと同程度のサイズである。
しかし犬のぬいぐるみ風の見た目であるシロと違い、リューの見た目はリアルな質感を持つ生きたドラゴンであった。
最も空想上の生物であるドラゴンがこの世に居る訳も無く、幾ら生物として見えてもそれが魔法少女が生み出した人造物であることは丸わかりだろう。
対面する二体の使い魔たち、シロとリューは互いに顔を突き合わせながらお互いの姿を観察しているようだった。
「バカ春とシロちゃん、それに助っ人の千穂ちゃんと加えてこの場に魔法少女三人分の戦力は揃ったわ。
相手はたかがクリスタルは二個、私たちは三個よ。 これで勝ったも同然ね…」
「そう上手くいけばいいけどな。 まあこの面子なら、最悪でも逃げるくらいは…」
後方担当の朱美は気楽に言うが、前線担当の千春としては初対面の相手とのいきなりの共闘を楽観視出来ないでいた。
連携の取れていない烏合の衆が惨敗するケースという、ある意味でお約束と言うべき展開が千春の脳裏をよぎる。
本当なら事前に練習でもするべきなのだが、下手に時間を掛けて渡りに移動されたら困るのでぶっつけ本番に掛けるしか無いのだ。
それに共闘が不安だからと言っても、慣れたシロとのコンビだけであの渡りのモルドンと戦うと言う博打を打つ気にも慣れない。
幸運にも朱美が連れてきた助っ人は、魔法少女本体と戦力が完全に分離している使い魔タイプの能力だ。
同じ使い魔タイプのシロと上手く連携してくれればいいと、千春は内心で淡い期待を寄せる。
「□□□□っ、□□□!!」
「○○!? ○○○○!!」
「おい、こんなところで喧嘩をするな!? 人目に付くだろう!!」
「こら、リュー! 大人しくして…」
そんな千春の期待を裏切るかのように、犬のぬいぐるみもどきとミニドラゴンはファミレスの机の上で乱闘を始めてしまった。
客入りが少ないことを良いことに、店内でこの二体の顔合わせをしたのは間違いだったらしい。
同族嫌悪かライバル意識か分からないが、シロとリューは互いの頭をぶつけあいながら何やら喚き合っている。
星川と共に慌てて仲介に入るは千春は、先行きの悪さにますます不安を募らせるのだった。
不安は拭えないが対渡りのモルドン用の戦力は一応は整えた、後は決戦あるのみである。
流石に今回の戦いで非戦闘員が野次馬をする訳にはいかず、天羽たちは戦場から少し離れた場所に待機することになっていた。
戦いの場に向かうのは千春、シロ、リューの戦闘要員だけである。
主である星川から千春の言う通りに戦えと指示されたリューは、今の所は大人しく千春の言う事を聞いて鞄の中で大人しくしていた。
シロは既に千春のバイクの取り付いているが、器用なことにあの派手な機械の羽は実体化させていない。
現地まで人目に付くことを避けるための工夫であり、傍から見てもただの白い大型バイクにしか見えないだろう。
「さて…、もうすぐ目的地だな。 シロ、ちゃんと撮れているか? …ははは、お前に聞いても分からないよな」
「□□□…、□□!!」
今回の戦いの目的は何時ものマジマジ投稿用の映像では無く、渡りのモルドンを倒してウィッチの力を取り戻す事にある。
しかし目的から外れると分かっているとはいえ、折角なら動画を撮っておきたいと考えるのがチャンネル主としての性だろう。
そんな天羽のために寺崎がわざわざ自費で用意したのが、今はシロと一体化している白いマシンの正面に設置されたカメラだ。
このカメラで撮った映像は登録したスマホに転送されるため、天羽たちはこれで千春たちの戦いを観戦することになっていた。
「全く…、店長も好き物だよな。 リュー、シロがお前の戦いぶりをお母さんに届けてくれるからな。 気合入れて頑張るんだぞ!」
「○○○○○○!!」
「おい、今頑張るなよ! 着くまではそこで大人しててくれ!?」
かつて渡りのモルドンに敗北してしまい、つい最近まで産みの親である星川と離れ離れになっていたリューの気合は言われなくても十二分だ。
鞄の中で千春の発破を聞いたリューは、もう待ちきれないとばかりに暴れだしてしまう。
そんなリューを宥めながら、千春は渡りのモルドンが待つであろう場所へとシロを走らせていく。
高い料金を要求するだけあって、渡りのモルドンの出現位置・時間の予想はほぼ的中していた。
決戦の場所は道中で見かけた看板を信じるならば、1級河川らしい大きな川沿いにある土手周辺である。
広々とした土手には芝生が植えられて整地されており、昼間であれば地元住人たちの良い運動場となっただろう。
しかし日が完全に落ちた土手には流石に人気は無く、薄雲が掛かった月明かりだけが辺りを照らしていた。
現地入りした千春はモルドンに対して奇襲でも掛けようと、近くに掛けられている橋下のスペースに隠れながら待つこと十数分。
事前に聞いていた時間通りに、渡りと言う異名を持つあの蜥蜴型モルドンが姿を見せたのだ。
「ふっ、早速現れたわね、モルドン! このマジカルレッドが成敗してあげるわよ!!」
「……は? うわっ、先を越されたのか!? 待て待て、ちょっと様子を見るぞ」
「□□□□?」
「○○?」
しかし千春にとって予想外だったこと、その戦場にはモルドンとは別のおまけが乱入してきたのだ。
千春がモルドンの前に出てくるのに先んじて、颯爽と現れた少女はモルドンに対して見栄を切る。
バイザーで顔の上半分を隠す赤いヘルメット、体付きが見える程にフィットした赤いボディースーツ。
魔法少女と言うよりは特撮ヒーローの雰囲気に近いが、あれは明らかに魔法少女に違いない。
そのヒーロー風の少女の背後から、カメラを構えた同年代の男が姿を見せたからにはもう確定だろう。
予期せぬ同業者の登場という事態に、千春は出てくるタイミングを失ってしまうのだった。




