7-4.
どうやら朱美は密かに魔法少女関係者とのネットワークを構築しているらしく、それを頼りに"渡り"のモルドンの情報を集めて見せたようだ。、
マジマジなどで活動せずに表に出てこない魔法少女たちも、完全に外部との接触を断ち切って鎖国をしている訳ではない。
魔法少女を繋ぐ非公開のコミュニティと呼べる場があるようで、どのような手管を使ったのか朱美はその輪に加わっているらしい。
「渡り関連の話もそのコミュニティを頼って手に入れた情報なのよ…。 潜り込むのに苦労したわよ、本当…。
それで最近になって、渡りらしきモルドンの出現報告があったの」
「渡りのモルドンが潜伏してそうな場所は分かったってことか? けれどもそれだけの情報じゃあ動けないだろう、この人数でローラーでもやる気か?」
「勿論違うわ。 ターゲットの大まかな位置が分かれば、次の出現ポイントは予想できるのよ。 魔法少女の力があればね」
魔法少女とモルドンが世に出てから10年以上は経つが、未だにモルドンの生態や出現メカニズムは分かっていない。
出現する地域がある程度絞れたとしても、何時現れるか分からないモルドンをピンポイントで探り当てるのは不可能である。
しかし朱美もその常識はしっかり把握している筈であり、不可能を可能とする手段を用意しているらしい。
普通の人間では不可能なことも、規格外の力を持つ魔法少女なら可能ということだ。
「予想…、ですか?」
「天羽ちゃん、あなたは不思議に思わなかった? 本来は神出鬼没なモルドンの出現ポイントの情報を私が持っていたことを…」
「そういう力を持った魔法少女が居るんだろう? 魔法少女なら何でもありだからな…。 多分、朱美が持ってきた情報は…」
「はい、私の占いの結果です。 私は絵本とかの魔法使いのような力を使う魔法少女で、炎を出す魔法の他にもモルドンの出現位置を占う魔法も使うことが出来たんです」
「それでバカ春と違って優等生の友香ちゃんは、占いの魔法で見れる限界の数か月先までのモルドンの出現ポイントをメモしていたのよ。 偉いでしょう?」
そもそもこれまでの千春たちは、不可能である筈のモルドンの出現位置や時間の予測を実現していた。
その種は魔法少女の力、ウィッチこと早坂の持つ占いという能力による産物だったのだ。
フード付きローブ姿という御伽噺の魔法使いのような出で立ちのウイッチは、姿だけでなく占いというこれまた相応しい能力を持っていた。
その占いの精度は恩恵に預かった千春たちが一番よく知っており、現在力を失っているウィッチと同等の能力を持つ魔法少女に頼ることが出来れば話は解決する。
「魔法少女の中には、その力を使って商売をしている子たちも居るの。 その中には友香ちゃんと同じような力を持っている子も居て、依頼をすれば有料でモルドンの出現予想地点を教えてくれるのよ」
「それでお前は集めた渡りの情報から、次の渡りの出現位置を予想して貰うって事か。 有料で…」
「あ、料金は割り勘ね。 流石に中・高校生には払わせられないから、後で半分寄こしなさいよ」
「はぁ!? 何を勝手な…。 くっ、分かったよ…、払えばいいんだろう!!」
魔法少女の力を借りてお目当ての渡りのモルドンの居所を掴む、確かに朱美が自信満々に提案するだけの実現性の高そうな内容ではあった。
しかしそのための費用を勝手に折半してきたことに対して、金欠気味のフリーターである千春は声を荒げそうになってしまう。
そこで千春が怒りを抑えた理由は、未成年の学生に金を払わせるわけにはいかないと言う朱美の常識的な意見を受け入れるしかなかったのだ。
腹は立つが年長者として、朱美の提案通り料金を折半した形の方が無難であると無理やり自分を納得させる千春だった。
朱美がコンタクトを取ったモルドンの出現位置を予測する能力を持つ魔法少女、全てネット上でのやり取りで取引を行ったので朱美もその少女の正体は把握していない。
しかし魔法少女と言う事からその年齢は高く見積もって、精々高校生くらいの年代だろう。
子供に渡す金額じゃ無いだろうと千春が切れた程度の料金を前払いしたことで、無事に渡りのモルドンの出現位置と時間は得られた。
そして千春たちとウィッチが初顔合わせをしてから数日後、いよいよ決戦の日が来たようだ。
「すいません、寺下さん。 また車を出してもらって…」
「ありがとうございます。 私なんかのため…」
「ははは、いいんだよ。 君には今まで街を守ってもらった借りがあるからね、これも恩返しって所だよ」
"渡り"の異名通り、広範囲で活動しているあの蜥蜴型モルドンの次の出現位置は千春たちの街から遠く離れた場所だった。
街中の移動で済む普段のモルドン退治とは訳が違う大遠征にも関わらず、寺下はわざわざ店を休みにして千春たちに付き合ってくれたのだ。
寺下の運転する車には助手席には朱美、後部座席には天羽と今回の主役と言える早坂の姿もあった。
車を出してくれた寺下に早坂たちは口々に礼を述べるが、気にするなと笑って受け止める年長者寺下の姿は頼もしかった。
「NIOHさんは自分のバイクで向かっているんですよね? あの空飛ぶバイクで飛んでいくとなると、私たちの到着を待たせちゃうかもしれませんね」
「いいえ、あいつは普通に道路を使っているわ。 戦闘前に長距離飛行なんてさせて、シロちゃんを疲れさせる訳にはいかないもの」
「私たちがシロって呼んでいるあの子は、本当の生き物みたいに疲労とかを感じるみたいなんですよ。 だからずっと飛んでいる訳にもいかないみたいで…」
「えっ、そうなんですか?」
車内に姿を見せない千春は何時も通り、一人マイバイクで現地入りをする事になっていた。
マスクドナイトNIOHチャンネルの一視聴者でもある早坂は、バイクでの移動と聞いて自然と最近動画で度々出てくる空飛ぶバイクでの移動シーンを思い浮かべたらしい。
しかし天羽たちはシロの疲労を理由に、早坂の想像を否定する。
魔法少女が生み出した生き物とは言い難いシロであるが、どういう訳かこのぬいぐるみもどきには犬程度の知能や感情を備えていた。
千春が遊んでくれたら飛び跳ねて喜び、相手をされなければ拗ねて、そして遊び疲れたら本物の犬のようにぐったりとした状態になるのだ。
渡りのモルドンとの決戦が控えている状況でシロを疲労させるのはまずいと、シロは千春のバックの中に仕舞われて移動していることだろう。
「…知らなかった!? そうです、魔法少女の力と言ってもリソースは有限じゃない。 あの子も永久に飛べるわけでは無いんですね!!
一体どれくらいが限界なんですか? 動画を見る限り、1~2時間程度は普通に飛んでましたけど、もしかしたらそれが精一杯なのでしょうか?」
「ウ、ウィッチさん?」
「…ああ、そういえばみんな友香ちゃんの悪癖は知らなかったわね。 この子、言うなれば分析魔なのよ。 気になることがあったら、今取り出したノートにギッシリと書き込みをしながら分析するのよ」
シロの思わぬ生態が琴線に触れたらしい早坂は、何処からか取り出したノートを開きながら車内の天羽たちを問い詰める。
先ほどまでの文学少女の如き大人しそうな雰囲気は消え去り、何やら異様な迫力を見せながらシロの事について次々に聞いてきたのだ。
朱美曰く、どうやら早坂という少女は自分の興味のあることはとことんまで調べなければ気が済まない偏執的な一面を持ち合わせているらしい。
ちらりと早坂が取り出したノートを見た天羽は、細かな字でギッシリと書きこまれた中身に内容に度肝を抜かれる。
「…確かマスクドナイトNIOHのことを調べてたって言ってたわよね。 何か面白いことでも分かったのかしら?」
「はい、チャンネルの動画から分析した限りですが、マスクドナイトNIOHは一般的な魔法少女のそれとは大きく異なる事が分かりました。
そもそも魔法少女と呼ばれる存在が持てる能力は万能ではなく、一定のリソースを分配して能力を作り出していると言うのが一般的な説です。実際に私のウィッチの力も占いという戦闘外の能力にリソースを振っていることで、純粋な戦力としては戦闘面の能力に全振りした魔法少女に劣る物でしょう。
しかしNIOHさんのAHの型とUNの型は、一般的な魔法少女のリソース配分を考えると少々能力の幅が広すぎるように見えます。非力な少女では無く青年男性が変身者ということから、身体強化に掛けるリソースを減らしたことで能力の幅を広げたという仮説を立てたのですが…」
「うわっ…」
水を得た魚の如き勢いで早坂は、自前のノートを開きながらマスクドナイトNIOHに対する自分なりの分析結果を朱美たちに披露する。
どちらかと言えば言葉数の少なかった先ほどまでとは打って変わって、早坂はこちらが集中して聞かなければ聞き逃しそうなほどの早口で自説を語っていく。
よく考えてみればウィッチこと早坂は、わざわざ数か月先までのモルドン出現パターンの占い結果を書き留めていた少女である。
恐らく自身の能力の精度を分析するためにそのような記録を取ったのだろうが、その事実からもこの悪癖を予想しておくべきだったかもしれない。
嬉々として語る早坂の姿を前に天羽は、以前に酷い目にあったマスクドオタクの甲斐と同じ匂いを覚えてしまう。
街を守っていた先輩魔法少女ウィッチのあんまりな姿に、天羽は自身が抱いていた幻想が砕け散る音を聞き取った。
今回のエピソードは第一部の最終話になるので、少し長めになっています。
何時もの倍くらいの話数になるので、来週の日曜までには締めれるように頑張ります。
では。




