2-7.
時間を少し遡り、千春と朱美が丹心の見舞いに訪れた頃に視点を移す。
病院に入院している丹心から、彼女を襲った魔法少女を狙う謎の集団の話は聞き出せた。
先の粕田教授の情報が正しいならば、丹心を襲撃した連中は"魔女狩り"と呼ばれる者たちとみて間違い無いだろう。
魔法少女の力を封じる謎の能力や不自然なやり口など、魔女狩りに関する謎はまだ多い。
しかし少なくとも事件の当事者である丹心からは、得られるだけの情報を得られただろう。
「よーし、それじゃあ一応現場の方も見ておくか…。 その前に飯かな、昼飯がまだなんだよ」
「あー、美湖もお腹空いた…。 伊智子、お昼何しようか?」
「うーん、今月はちょっと懐が寂しいのよね…。 ねぇ、NIOHさん。 今日の情報料かわりに、何か奢ってよ?」
「それは良い考えね! 美湖、パスタが食べたーい。 いい店を知っているんだー」
千春の街から丹心たちの街まではそれなりの距離があり、今日は1日掛かりの遠征になることは覚悟していた。
流石に日帰りで終わらせるつもりなので、遅くとも夕方辺りには此処を発つ予定だが時間は十分にある。
空腹を覚えた千春は呑気に昼食でも取ってから、昨晩の襲撃があった現場検証でもしようかと呑気に考えていた。
丹心の見舞いに来ていた他の魔法少女たちも同調して、図々しい事に千春へ昼食を奢れと強請ってくる。
「ちょっと、あんたたちは何もしていないじゃない!? 昨晩に襲われたのは私で、その時の話をしたのも私なのよ! 情報料が貰えるなら、私が貰うべきじゃない。
明日、明日にしない! 明日には退院できるから…」
「おいおい、流石に俺たちは今日中に帰るつもりだぞ」
「それなら丹心の分は、何かお土産を買っておくわね。 日持ちするお菓子、クッキーの積み合わせとか…」
「勘弁してくれよ、そもそも何で俺が奢る話になっているんだよ…」
明日まで病院に居なければならない丹心は、当然ながら自分抜きで話が進んでいることに不満を漏らす。
あろうことか明日の退院まで待てと無茶なことを言ってくる丹心に対して、千春は自分が奢る前提の話になっていることに抗議する。
確かに貴重な情報を提供してくれた丹心に対して、何か謝礼を渡さなければならない気はしてきた。
何か手土産でも携えて今日の見舞いに来ていれば格好が付いたのだろうが、体一つで来た千春は当然ながら手ぶらである。
しかし収入が乏しいフリーターである千春は経済的に余裕はなく、ここで予定外の出費は避けたいのが本音だ。
「そ、それより明日まで入院の2号は兎も角、他の二人は今からでも学校に行った方がいいんじゃないか?」
「もう昼過ぎよ、今から行っても授業は殆ど終わっているわ」
「だから今日は1日フリーなの。 ああ、もうこんな時間じゃない。 早く行かないと、美湖のお薦めの店のランチタイムが終わっちゃうわ」
「あら、それなら早くしないと…。 丹心、お土産は明日退院した後に渡すからねー」
「お土産ならクッキーよりチョコレートがいいなー。 ほら、この前テレビに出ていた、あの高級チョコの…」
「ああ、可愛い店ね! 美湖も行って見たかったんだー。 お昼を食べたら、みんなで行きましょう」
せめてもの抵抗として千春は、学校をサボって見舞いに来たであろう伊智子と美湖に学業に戻ると諭すが全く言う事を聞かない。
既に彼女たちの中で千春に昼を奢って貰うことは決定らしく、ランチタイムに間に合わせるために既に帰り支度を始めている。
このままでは姦しい魔法少女たちの圧力に負けて、彼女たちに昼食とお土産を奢らされてしまうだろう。
「あ、朱美、どうする? 此処は一つ割り勘と言うことで…」
「……」
「おい、何だよ…。 さっきから黙りこくって…」
千春は財布への被害を軽減させるために、朱美に対して支払いの折半をしないかと持ち掛ける。
そこで千春は初めて、隣に居る朱美の様子がおかしいことに気付いた。
普段の彼女であればその悪戯心を全開にして、女子高生たちに乗っかって千春に自分の分も奢らせようとした筈なのだ。
しか朱美は千春の声に反応すること無く、顔を俯かせて何かを考え込んでいる様子であった。
それから朱美は千春や他の少女たちの声にも反応せずに、思考に嵌っているようであった。
ただならぬ朱美の様子に圧倒された千春たちは、ただただ彼女が外の世界に戻ってくるのを待ち続けていた。
そして誰も言葉を発することなく数分の時間が経過して、石のように固まっていた朱美に変化の兆しが現れる。
「…うん、やっぱりこれしかない。 そうよ、これは引っ掛けよ! 千春、いますぐ街に戻りなさい!」
「な、何だよ、突然!? まだ現場も見てないんだぞ、現場百篇って言っていたのはお前で…」
訝し気に朱美の様子を窺っていた千春は、いきなり顔を上げた彼女の口から出てきたに言葉に目を白黒させる。
丹心が襲撃された一報を千春に伝えて、自分を引き連れて今日の調査に乗り出したのは朱美なのだ。
話の流れで女子高生とのランチタイムが挟まれたが、丹心の見舞い後に現場視察するのは予定通りの行動である。
しかし何故か朱美は事前の段取りを無視して、今すぐにこの街から出ろと言ってきたのだ。
「魔女狩りの目的は丹心ちゃんでは無くて、あんたなの! 私たちと面識のある魔法少女の丹心ちゃんが襲われたら、私たちは十中八九調査に乗り出すでしょう。 その間、私たちは確実に街から離れることになる」
「っ!? 連中は俺たちを此処に釘付けにするために、あんな事件を起こしたっていうのか? まさかそんな…」
丹心から伝え聞いた魔女狩りたちの不可解な動き、千春はそれの疑問を覚えながらもそこで思考を止めてしまっていた。
しかしどうやら朱美はそこから一歩前に進み、その不可解な動きを見せた理由を考えていたようだ。
そして朱美は今回の事件は偏に、千春を街から追い出すための作戦だと推測したらしい。
「何よそれ、つまり私はNIOHを吊り上げる餌ってこと!?」
「ああ、それで丹心の怪我の具合がそれ程酷く無いのですね…。 彼女が話も出来ない程の重体になってしまうと、NIOHたちが此処に来ない可能性もある…」
「だから丹心の携帯を使って、あんな写真を投稿したのね。 NIOHに丹心の事を知らせるために…」
確かに昨晩の丹心への襲撃が、千春を誘き寄せる餌と考えるならば全てが納得いく。
恐らく魔女狩りの連中たちは、マスクドナイトNIOHこと千春の過去の行動パターンを分析していたのだろう。
そして今回のような事件を起こせば、千春と朱美が現地入りして調査に乗り出すと判断したに違いない。
確かに千春たちは丹心襲撃の一報を耳にして、魔女狩りの思惑通りにまんまとこの街にやって来ていた。
「…奴らは何をする気なんだ?」
「そこまでは分からないけど…、少なくともろくでもない事に違いないわ」
「分かった、お前の言う通り俺は急いで街に戻る。 荷物を減らしたいからお前は置いておくぞ、自力で帰って来いよ」
「何かあったら連絡するから、通信機の準備はしておきなさい」
手元にある情報だけでは、魔女狩りが千春を街から遠ざけた目的までは辿り着けない。
しかし少なくとも連中は、街に千春が居ては困るような何かを企てようとしているのだ。
朱美の話に納得した千春は、勢いよく椅子から立ち上がって帰り支度を始める。
「凄いですね、朱美さん。 こんな断片的な情報で、連中の思惑を看破するなんてー」
「本当によく気が付いたよ、朱美。 流石はジャーナリスト様だ。 ははは、偽渡りの一件が身に堪えたらしいなー」
「ふん、あんな不覚は二度とごめんよ。 ほら、時間が無いからさっさと出発しなさい!!」
「へいへい…」
結果論ではあるが先の偽渡りの事件で、朱美は実行犯の志月やその背後に居る謎の黒幕に終始振り回される結果となった。
先の事件でもう少し上手く立ち回って居れば、もっと違った結果になったのでは無いか。
そんな意味の無い後悔を抱いていたのは、何も千春だけでは無かったらしい。
見事に魔女狩りの意図を見抜いた朱美へ賞賛と揶揄の言葉を掛けながら、千春は足早と丹心の病室を後にした。
突然現れた千春のバイクは、そのまま友香たちの前に居る死神に向かって突っ込んでくる。
流石に轢かれたくなかった死神が仲間の方へと下がり、千春は空いたスペースにバイクを停めて降りた。
魔女狩りたちの前でゆっくりとヘルメットを外して、見覚えのある青年の顔が露となる。
「千春さん…」
「NIOH…、どうして此処に…」
「下がって居ろ、後は俺がやる。 こいつを頼むよ」
「これは…、シロちゃん!!」
友香たちを守る様に前に立った千春は、友香たちを一瞥した後に相棒の体を預ける。
そのまま右腕を前に突き出し、二本の指を魔法のステッキに見立てた例のポーズを取る。
何時の間にか千春の腹部には赤い色が埋め込まれたベルトが展開しており、淡い光を放っていた。
そのまま魔法のステッキで大きく円を描いていき、一周した所で指を前に突き出して一瞬溜めた。
「…変身っ!!」
千春が気合の声と共に指を振り下ろした次の瞬間、その体全体が光に包まれていく。
次の瞬間にそこには東洋風の赤い鎧を身に纏い、"阿"をイメージした口元のフルフェイスマスクを付けた戦士が立っていた。
仁王像をモチーフに誕生したオリジナルマスクドヒーロー、マスクドナイトNIOHのAHの型。
赤い鎧の守護者は魔法少女の少女を救うため、魔女狩りの死神の前に立ちふさがった。




