2-4.
古びた工作機械が残された薄暗い廃工場跡に、年若い三人の少女たちが集まっていた。
魔女狩り、魔法少女を狩る者たち。
昨晩に彼女たちは初めて表舞台に立ち、見事に一人の魔法少女を裁けたのだ。
しかし成功を収めた筈の彼女たちは勝利を喜ぶ事無く、何故か険悪な雰囲気を醸し出している。
「昨晩はちょっと手緩かったのでは無いかしら?」
「そうよ、もうちょっと虐めても良かったよねー」
魔女狩りのメンバー、"セカンド"と"シックス"を名乗る少女たちは不満げな表情で仲間を糾弾していた。
彼女たちの不満を前にして、"フォース"を名乗る少女はばつの悪そうな様子である。
昨晩の戦いで死神の姿となり、魔法少女丹心に対して直接的な制裁を加えたのはフォースであった。
どうやら千春たちが抱いたような印象を、フォース以外の魔女狩りたちも感じ取っていたらしい。
「…やり過ぎて、喋れなくなっても困るだろう? 手加減が難しいんだよ…」
「えー、やり過ぎたら他の奴らを襲えば良かったじゃない。 あそこには魔法少女が他にも二人居たんだしー」
「そうね…、少し消極的過ぎたかもしれないわ。 私たちの目的を考えたら、あそこに居る全ての魔法少女を裁いても良かったわね」
実行犯であるフォースにも言い分があるらしく、たどたどしい口調で反論する。
確かに魔法少女との力を失っている丹心に対して、あの死神の力はオーバーキルであろう。
彼女たちの目的を果たすためには、下手にやり過ぎないようにあの程度で納めるのがベストと判断したようだ。
しかし他のメンバーの意見は違う、あの地域には丹心以外の魔法少女も活動している。
仮にフォースがやり過ぎて本来の目的が果たせなくなったとしても、代わりは居たと考えているらしい。
「魔法少女は全て敵よ! あんなゴミ共は、全て排除しなければならないの!! いっそのこと、私と同じ目に遭わせてやれば…」
「セカンド…」
「見なさい、この傷を! 私はあんな奴らのために、全てを失ったのよ!!」
魔法少女に対する過剰な敵意から感情的になったセカンドは、顔の一部を覆っていた自らの前髪に手を伸ばす。
その前髪をずらして隠された部分を、顔の左側面に残る痛々しい傷跡をフォースに見せつけたのだ。
彼女の傷跡は魔法少女に対する恨みの根源であり、フォースを睨みつけているその瞳からは暗い情念が窺えた。
「…悪かった、次はちゃんとやるよ」
「いいわ…、確かに作戦のためには仕方なかったかもしれない。 けど次の相手には手加減不要よ、フォース」
「楽しみねー、セカンド! きっとNIOHの奴、凄く悔しがるだろうなー!!」
セカンドの傷を直視できず、フォースは視線をずらしながら彼女に謝罪する。
その言葉を聞いて一端は気持ちが落ち着いたらしいセカンドは、前髪を戻して傷跡を隠した。
そしてフォースに対して念を押す様に、次は全力を出すように忠告する。
彼女たちの横でシックスはまるで遊びの予定を立てているかのように、次に魔法少女を狩りに行く機会を心待ちにしていた。
その日、高校生である友香は学校で普段通りの日常を過ごしていた。
高校二年生にになったことで、彼女の周囲は徐々に受験という一大イベントに意識を向け始めている。
既に塾などに通って受験対策しているクラスメイトも居る中で、少女は未だにモラトリアムの中であった。
魔法少女という特殊な事情を持つ彼女は、将来のことを考えている暇が無かったのかもしれない。
「今日はバイトが無いんでしょう、友香。 帰りにちょっと買い物に行かない?」
「ごめん、いっちー。 急にバイトが入ったんだ、千春さんが急用で居なくなったみたいで…」
何時も通り授業を終えた放課後、友香は友人と仲良く帰宅していた。
少し前に友香と使い魔イベントを一緒に観戦していた、"いっちー"と呼ばれている少女。
遊びに誘ってきた友人に対して、友香は申し訳なさそうに仕事が入ったと言って断りを入れる。
友香のバイト先である喫茶メモリーから連絡が入り、千春が早退をしたので仕事に入れないかと連絡が来ていた。
優しい店長の寺下が仕事を強制する筈もなく、これはあくまで暇なら手伝ってほしいと言うお願いである。
しかし寺下の人となりを知っている友香がこれを断る筈もなく、急遽放課後にバイトの予定が入ったのだ
「ええー、またなの。 友香、いいように使われているんじゃ無いの?」
「そんなことないよ、いっちー。 今度の休みは時間が取れるから、その時に…」
マスクドナイトNIOHとしての活動を優先している千春は、その分だけ喫茶メモリーの業務という本来の仕事を犠牲にしていた。
普通であれば解雇されてもおかしくないのだが、商売っ気の無い寺下は千春の我儘を許してくれている。
しかし千春と言う労働力を失った穴を埋める必要があり、彼の代役として友香がバイトとして働いているのだ。
友香がバイトを初めてから一緒に遊ぶ時間が少なくなったことは、友人にとっては不満であるらしい。
膨れっ面を浮かべている友人に対して、後で穴埋めをするとご機嫌を取ろうとする。
若い少女たちは楽し気にじゃれ合いながら、何時もの帰宅ルートをゆっくりと歩いていた。
「…ちょっといいかしら、ウィッチさん?」
「っ!?」
「な、何なの!? こんな時期に仮装?」
そんな少女たちの平穏をぶち壊すかのように、その怪しい集団たちが現れたのだ。
黒いフードで顔と体を覆った三人組、その姿を見た瞬間に友香は警戒を強める。
昨晩の出来事の詳細を朱美から伝えられていない友香は、彼女たちが魔女狩りであることを知らない。
しかし正体を隠している筈の自分の魔法少女としての名前を口にした時点で、目の前の連中がただのコスプレ集団で無い事は明白である。
「なんのことかしら? 私には何が何だか…」
「下手な芝居はいいわ、あなたがウィッチであることは調査済みよ。 そもそもNIOHの店で働いていて、自分が魔法少女と無関係と言うのは都合が良すぎるわよね」
「本当、魔法少女ってふざけてるよねー。 なんでみんな、あんたの醜い正体に気付かないんだろうー」
推定ゲームマスターの手によって投稿されている、マスクドナイトNIOHを前面に出した一連の動画。
一応プライバシーと言う概念があるらしいゲームマスターは、本人が望まない限りは動画中で目線加工などが施されて素性が隠されていた。
魔法少女ウィッチもその一人であるのだが、その正体が現在喫茶メモリーでバイト中の友香であることは簡単に推測できるだろう。
しかし不自然なことに友香の正体を言及する者は居らず、これもゲームマスターの情報操作の恩恵なのだろう。
少々気持ち悪い感じはするが、そのお陰で友香は今日まで普通の高校生として平穏な日常を送れていた。
「友香、こいつら危ないよ。 逃げないと…」
「…仮に私がウィッチだとして、何の用があるのかしら?」
自分の秘密を知る友人は魔法少女ウィッチの話に動揺することなく、純粋に友香のことを心配してこの場から逃げるように言う。
しかしわざわざ待ち伏せするかのように現れた連中が簡単に逃がしてくれるとは思えず、友香は気丈にも相手に目的を尋ねた。
友香の問いに答えるようにフード姿の集団の中で、頭一つ高い人間が一歩前に出てくる。
「…魔法少女は罪だ、罪は私たちが罰する!!」
「死ね、魔法少女は死んじゃぇ!!」
「さぁ、裁きの時間よ!!」
「…っ!? 逃げて、いっちー!!」
「っぁぁぁ…!? …た、助けを呼んで来るから、待っててね!!」
そのフード姿の体が光に包まれて、次の瞬間にそこには異様な死神の姿が現れたでは無いか。
その死神の姿を目撃した瞬間に友香は友人を庇う様に前に出て、彼女に対して逃げるように指示した。
背後に居る友人の顔は真っ青になっており、今にもその場へ倒れそうになっている。
友香に気遣われた彼女は友達を残して逃げていいのかと、この場から離れることに躊躇いを見せる。
しかし死神がゆっくりと歩み寄ってきた所で恐怖が爆発したようで、友香の言う通りにこの場から逃げて行った。




