6-18.
使い魔シロの始末と言う間接的な手段が使えない現状で、病院で治療中の白奈を直接狙う方法は限られてくる。
志月自身も時間が余り残されていないこともあり、彼女が選んだ方法はシンプルな物であった。
病院への襲撃、少し前まで志月が世話になっていた場所なので少々心苦しくはあるが仕方ない。
問題は使い魔シロの時と同様に、白奈の護衛役として病院に常駐しているらしいマスクドナイトNIOHであろう。
「幸運なことに私はあの子の病室を知っている。 病室の外から直接部屋に乗り込めば、あのNIOHが何かする前に終わる筈よ…」
ノックアウトの衝撃に耐えたとは言え、白奈は未だに虫の息というべき状態である。
病室の外から建物を破壊して直接乗り込めば、流石のNIOHも一瞬硬直するに違いない。
その間に使い魔ライフが一瞬でも白奈に近づければ、あのお嬢様は一巻の終わりという訳だ。
確実とは言えない大雑把な作戦であるが、時間が限られている志月としてはこれが限界であった。
「…そろそろ病院に着くかしら。 上手くやってよ、ライフ」
殺人犯が言う台詞では無いかもしれないが、既に罪悪感で圧し潰されそうな志月はこれ以上の罪を犯したくは無かった。
志月のターゲットは白奈だけであり、出来るだけ病院に居る他のスタッフや患者たちには迷惑を掛けたくない。
そのため人の出入りが多い日中は論外、深夜に騒ぎを起こしても問題は大きいだろう。
志月が犯行時間として選んだのは夜の面会時間が終わり、患者たちの就寝時間になる直後の時間帯。
相対的ではあるがこの時間帯に襲撃すれば、病院側への影響は一番少ない筈だ。
自室の机に置かれた時計を確認した志月は、まさにその襲撃予定時間になったことを確認する。
「まだニュースにはなって無いいようね…。 …えっ、何!? こんな時間に来客?」
使い魔ライフを襲撃に向かわせた志月は自室に籠りながら、携帯のニュース情報などをチェックしていた。
あの病院が使い魔ライフの襲撃を受ければ、すぐに速報としてネット上に報じられる筈である。
しかしその時、志月の耳に家中に響き渡る耳障りなチャイム音が飛び込んで来た。
それは玄関に設置された来客を告げる呼び出し音であったが、今は勧誘の人間が来るには少々遅すぎる時刻である。
志月は不審な来客の登場に対して嫌な予感を覚えたのか、自室を飛び出して玄関の方に向かっていた。
「ちょっと、こんな夜遅くに何の用だい?」
「夜分に申し訳ございません。 お宅の娘さん、志月さんに用がありまして…」
「娘に一体どんな話があるんだ!? 緊急の要件でもない限り、明日にでも…」
「っ!?」
玄関までやって来た志月が目にしたのは、半開きになった扉を挟んでやり取りをしている父と来客の姿であった。
志月の父は夜遅くに現れた常識知らずの来客に対して苛ついているようで、若干喧嘩腰に対応している。
しかし相手の方はそんな父の塩対応も意に介さず、淡々とした口調で志月に用があると言ってきた。
その来客の姿を見た志月は心臓が止まる程の衝撃を覚える、それは数日前に一緒に公園まで散歩をした女性であった。
八幡 朱美、マスクドナイトNIOHこと千春の協力者である女が、どういう訳か志月の家まで押しかけて来たのだ。
「君も分からない人だな…、娘に一体どんな用が…」
「娘さんの命に拘わる問題です。 今すぐに確認を取れないと、千春が偽渡りのクリスタルを破壊してしまいそうなので…」
「はぁ!? 何を言って…」
「お、お父さん! わ、私もこの人に用があるわ…、家に入れてあげて」
「…志月」
恐らく朱美は志月の父とやり取りをしながら、玄関の様子を窺いに来た志月の存在に気付いたのだろう。
目の前の父だけでなく様子を窺っている志月の耳にも届くような声で、朱美は強い口調で偽渡りのことを言及してきたのだ。
偽渡り…、使い魔ライフのクリスタルが破壊されることは志月の命が尽きる事と同義である。
その話を聞いた志月は慌てて父の元へ近寄り、目の前の女から詳しい話を聞くために家に上げるように言った。
朱美は一人だけでなく、彼女より少し若いもう一人の少女を伴って志月の家を訪れていた。
魔法学部から貰っていた情報もあり、志月はすぐにその女の正体にも気付く。
魔法少女ウィッチこと友香、わざわざ魔法少女という直接な戦力と共に志月の元に来たのだ。
志月は最悪の展開を想像しながら、内心の恐怖を押し殺して何でもない態度を装うとする。
「それで…、一体娘の何の用なんだ」
「まずはこれを見て下さい。 私たちの協力者、魔法少女研究会が現在撮影しているリアルタイムの映像です」
そのまま志月の家の客間に通された朱美と友香は、志月たち親子とテーブルを挟んで対面に座らされる。
志月としては出来れば父抜きで話をしたかったが、父親としてはこんな不審者たちの前に娘だけを置いて行く訳にはいかない。
当然のように志月の父もこの場に参加しており、お茶なども用意することなく仏頂面で朱美たちを睨みつけていた。
客間に案内された朱美は早速、手に持っていたカバンからノートパソコンを取り出して志月たちの方に向ける。
「これは…、数日前にこの近くに現れたモルドンか」
「ひぃ!?」
そこに映し出された光景は、志月が半ば予想していた物であった。
見覚えのある病院に併設された駐車場、そこで戦う金色の戦士と漆黒の怪物の姿。
どう見てもこれは志月が少し前に病院へ向かわせた使い魔ライフが、運悪くマスクドナイトNIOHに見付かって迎撃されている様子である。
目の前の女は自分とライフとの繋がりに気付いている、その事実を認識した志月の口から微かな悲鳴が洩れていた。
「今からほんの少し前に、そこの志月ちゃんも入院していた病院にこの使い魔が姿を見せました。 千春はそれを直前で察知して、こうして戦っているのです。
この映像を疑うなら、携帯を確認してください。 既にSNSなどで、マスクドナイトNIOHと偽渡りが戦闘中であると話題になっていますから…」
「ほ、本当だ…」
朱美に言われるがままに携帯を操作した志月は、確かに目の前の女が言っていた通りであることを確認する。
騒ぎを聞きつけた病院の関係者などがSNSに投稿しているようで、別角度からこの戦闘を撮影している物もあがっているようだ。
確かに朱美が言う通り志月の作戦は失敗に終わり、使い魔ライフはマスクドナイトNIOHという最悪の敵に捕まっているらしい。
「ど、どうしてライ…、この使い魔の居場所が分かったんですか?」
「志月…」
いきなり押しかけて来た女たちが訳の分からない映像を見せてきて、志月の父親は内心で困惑していた。
しかし隣に居る娘には何やら心当たりがあるようで、今まで見たことの無いような青褪めた表情をしている。
志月の父は訳が分からないと言った様子で、向かい合う朱美と志月の姿を交互に見ている。
一方の志月は父親のことを気にする余裕も無いのか、若干震えた声で使い魔ライフが見付かった理由を尋ねていた。
仮にライフがNIOHと戦うことになるなれば、白奈の病室への奇襲が完了し後になる筈だった。
しかし映像を見る限り病院は無傷であり、ライフは病院へ襲撃を掛ける前にNIOHに見付かったことになる。
一体どのような手段を用いて、NIOHたちはライフの襲撃を事前に察知出来たと言うのだ。
「この映像を見ていればすぐに分かりますよ。 ほら、丁度出てきました…」
「っ!? お前は…、お前はまた私を騙したのね!!」
「真実を伝えるジャーナリストとしては不本意だけどね…」
志月の疑問に対する答えは、確かに映像の中に出てきた。
マスクドナイトNIOHの対処に精一杯となっているライフの隙を突いて、横から襲い掛かってきた数匹の狼たち。
狼型使い魔ガロロが生み出した分身たちが、千春をサポートしている姿が映し出されていた。
使い魔の匂いを嗅ぎ取れる特殊な使い魔ガロロ、その力があれば確かに使い魔であるライフの接近を察知できるだろう。
しかし使い魔ガロロのクリスタルはまだ修復中の筈であり、復活するまで後1か月は掛かる筈だったのでは無いか。
以前も似たような手口で騙された志月はすぐに絡繰りに気付き、怒りの面持ちで目の前の女を睨みつけた。




