6-14.
状況的に彼女を支援していた存在は、魔法学部であることはほぼ間違いなかった。
あれだけの魔法少女の情報を集めている存在が、この魔法学部以外に存在するだろうか。
しかし万が一にもそれが思い違いであれば、志月はまた一から生き残る方法を探さなければならない。
後がない志月は祈るような思いで、魔法学部の粕田教授の元を訪れたのである。
「凄い、地下にこんな施設が…」
「地下は色々と便利なんですよ、安全ですし機密も守れますからね。 あなたの使い魔ライフの襲撃を受けた時も、こちらの施設は全く被害は出ませんでしたし…」
「っ!?」
結果だけ言えば、志月は最初の賭けに勝った。
志月の心配は杞憂に終わり、彼女は最初に通された部屋から如何にもな地下の研究室へと連れて来られていた。
粕田は明確に自らの支援を認めなかったが、こんな秘密の施設へ志月を連れてきている時点で自白しているような物だ。
年末に魔法学部の地上部の施設を襲った犯人が、志月の使い魔ライフであることも粕田は当然のように承知していた。
そもそも志月へ此処の情報を流したのは彼であり、婉曲な手段で彼女にクリスタルを提供したのは彼自身と言える。
「さて、あなたの事情は分かりました。 それで私たちにどうして欲しいのですか?」
「わ、私を助けて!! このままだとライフがモルドンになってしまう、どうにかしてライフのモルドン化を止められないかしら?」
「モルドン化、ですか…。 使い魔がモルドンに変異した事例は、あの使い魔ホープしか確認されてません。 そもそもデータ不足で、皆目見当もつきませんよ」
「そ、それならライフにまた魔法少女のクリスタルを取り込ませれば、モルドン化の進行を止められない?」
「実例が無いので何とも…。 それにクリスタルを何処から調達するつもりですか? 私たちが苦労して集めたクリスタルは、全てあなた方に奪われたのですよ?」
「…」
地下研究施設内の一室に通された志月は、不満そうな顔でコーヒーを給仕してくれた彩花が部屋から出た所で話を再開する。
既に粕田には使い魔ライフの状況、渡りのモルドンのクリスタルを取り込んだことで急速にモルドン化が進んでいることを伝えてある。
しかし残念ながら目の前にいる教授は、志月が求める答えを与えてくれなかった。
半ば予想はしていたが、魔法学部と言えども使い魔のモルドン化を止める手段を持ち合わせていないらしい。
そして魔法学部にあったクリスタルは、既に志月とライフが根こそぎ奪ってしまった。
流石にゼロでは無いだろうが此処にライフのモルドン化を止めるだけのクリスタルは無いだろうし、そもそもクリスタルでそれを止められる保障は無いのだ。
「もうライフのモルドン化を止められないのね。 なら…」
今から使い魔ライフのモルドン化を止める方法を探すのは、時間的にも現実的では無い。
ならば取れる手段は志月には一つしか思いつかず、それを実現させるには魔法学部の協力は不可欠である。
志月は密かに考えていた最終手段を粕田に披露して、自身の延命のために改めて魔法学部の助けを求めた。
もしかしたら志月が此魔法学部を訪れた時点で、粕田も同じ結論に至っていたのかもしれない。
粕田はすぐに志月の提案を理解し、その方法で有れば志月が生き残れる可能性が高いと保障してくれた。
「なる程、確かにそれなら上手くいく可能性はあります。 しかしよろしいのですか、それだとあなたは事実上使い魔を手放すことになる…」
「もうこれしか手が無いのよ…、これしか…。 あなたたちもライフの力を手に入れられるのよ、悪くない話でしょう?」
「我々が使い魔を手中に収めた後、あなたを見捨てるかもしれませんよ」
「そ、そうしたら死ぬ前に、あなたたちの悪事を全部ぶちまけてやる! お互いの秘密を守りたいなら、あなたたちは私を生かし続けるのよ!!
それに幾らモルドン化としたとは言え、生みの親である私が死んだらライフがどうなるか分からないわ!!」
この方法を取った場合、志月は使い魔ライフと別れなければならない。
そして志月の生殺与奪件を魔法学部に預けることとなり、事実上彼女は魔法学部に支配されることになるだろう。
これは本当の意味で最後の手段と言うべきものであり、出来ればこの選択だけは取りたくなかった。
しかし追い詰められた志月にはこの方法しか思いつかず、生き残るためには魔法学部の犬になるしか無いのだ。
志月は虚勢を張りながら、粕田教授に対して自分の命を保証させようと試みる。
「確かに使い魔ライフの性能は魅力的です、あれが手に入るなら十分にメリットはあります。 しかしそれだけでは足りませんね…」
「た、足りない!?」
「既に我々があなた方へ、どれだけの投資をしたか理解してますか? 魔法少女の個人情報、貴重なクリスタルの数々、後は地上施設の修理費なんかも…。
更に我々の支援を受けたいなら、もう少し我々側へのリターンが欲しいですね」
自分で言うのも何であるが、志月の生み出した使い魔ライフは魔法学部に取っては魅力的な存在であろう。
そもそも使い魔ライフがこれだけの力を手に入れたのは、陰で魔法学部が支援した結果とも言える。
ある意味で魔法学部が育て上げた使い魔ライフを差し出せば、粕田も自分の提案に乗ってくれると志月は考えていた。
しかし粕田は魔法学部がこれまで志月に投資してきた内容を考えると、使い魔ライフだけでは足りないと言うのだ。
「そもそも我々があなたに注目した理由を知っていますか? あなたたち二人だけなんですよ、不治の病に冒されて短い生涯がほぼ確定していた魔法少女は…。
私は知りたいんです、この世界を変えた存在がどうしてあなた方に魔法少女の力を授けたのか!? 魔法少女の死は、この世界に何を齎すのか!?」
「魔法少女の死…、私が死んだらどうなるかを見たいっていうの!? それならあのお嬢様だって…」
「確かに魔法少女の力で延命を試みたあなたと違い、白奈と言う名の少女の死はほぼ確実でしょう。 しかしそれはまだまだ先の話です、彼女の父親は娘のためにあらゆる延命措置を施す気のようですし…」
「それは…」
白奈、志月と同じ病気で苦しみ、同じ病院で治療を受けている少女。
しかし志月は病院で、自身とお嬢様である白奈とは明確な格差があることを理解していた。
裕福な家庭で生まれた志月は病院で一番お高いVIP用の病室で生活し、病院側から手厚い看護を受けている。
一般病棟で長期療養をしていた志月とは雲泥の差であり、彼女がお嬢様との格差を僻んだことは一度や二度では無い。
お金持ち白奈の家族であれば病院へ大金を注ぎ込んで、彼女を限界まで生かし続けようとするだろう。
「我々の調べた限りでは、彼女はもう暫くは命を繋ぎ留められるようです。 その間に画期的な医療手段を誕生する可能性も決してゼロでは無い。
本来なら実験データは多い方がいいですが、あなたに協力するならば一人分のデータしか取れないことになる。それならば、私はそのデータを確実に取りたいのですよ」
「あのお嬢様を…、白奈を殺せって言うの? あなたたちの研究のために…」
確かに白奈は不治の病に冒されていて彼女の死はほぼ確定していが、それはあくまで現時点の話でしか無い。
現代医学は日進月歩で進化しており、少し前まで不治の病と呼ばれていた物も現代では簡単に治療できるようになった例も多い。
魔法少女などと言う怪しい力ではなく、現代医学の力で白奈が奇跡的に回復する未来もあり得るかもしれないのだ
それは魔法少女の死を観察したい魔法学部に取っては、出来れば避けたい未来でもあった。
志月を支援して彼女を生かすならば、粕田としては確実に白奈には死んで貰いたい。
そこで粕田は白奈の命と引き換えに彼女自身を助けると言う悪魔の取引を、またしても志月へ持ちかけたのだ。
「…あなたたちの力なら、私なんかの手を借りなくてもあのお嬢様に止めをさせるんじゃない」
「恐らくですがそれは不可能です、魔法少女で無い存在は魔法少女に対して干渉できない。 そのためにNIOH…、矢城さんが活躍されるようになったくらいですし…」
「魔法少女を殺せるのは魔法少女だけ…。 あのお嬢様を殺せば私は助かる…」
過去に千春が解決した魔法少女絡みの案件では、千春が介入するまで誰も魔法少女の凶行を止める事は出来なかった。
魔法少女に対抗できるのは同じく魔法少女の力を持った存在だけ、それがゲームマスターによって調整されたこの世界のルールなのである。
例え相手が半死半生の状態であっても、彼女は非魔法少女では対抗できない魔法少女である。
魔法少女を倒せるのは魔法少女だけ、それ故に粕田は支援の条件として白奈の殺害を依頼したのだ。
「何も直接手を掛ける必要は有りません。 あの少女が生み出したシロと言う名の使い魔、あれのクリスタルを破壊された反動だけで事足りるでしょう」
「…」
皺一つないスーツに身を包み、研究者と言うよりはやり手のビジネスマンのような姿をした魔法学部の粕田教授。
彼はまさに営業スマイルというべき笑顔を崩す事なく、何でもないような口調で白奈の具体的な殺害方法を掲示してきた。
その様はまさに悪魔のそれであり、志月は今更ながらこの底知れぬ男に頼ってしまった自分の選択を後悔する。
しかし既に志月の退路は断たれており、この悪魔の手を握るしか彼女が生き残る道は残されていなかった。
今回は志月サイド、彼女が魔法学部に突撃した時のお話でした。
自分で書いておいてなんですか、とんでも理由過ぎて千春たちの視点でシロ(白奈)が狙われているのを事前に察するのは不可能ですよね。
余りに理不尽すぎて、劇中で絶賛鬱展開をしている千春たちに同情します…。
では。




