6-3.
少年たちが蟷螂型モルドンと遭遇する少し前、千春たちは朱美から指定された地点に待機していた。
千春・天羽・朱美・寺下と言う何時もの顔ぶれが、人気の無い道路の脇に集まっている。
今期は朝の散歩をしっかり行っていたので、ご機嫌なシロも一緒に来ていた。
既に事前に聞いた時間はとうに過ぎているのだが、幾ら待ってもモルドンが現れる気配が無いのだ。
「うーん、今日も中々現れないね…」
「□□□□、□□□□□!!」
「こら、暴れるなよ! シロ!! …朱美、本当に此処であっているのか?」」
「私が聞いた限りではね…」
人目を隠すために鞄の中に居られていたシロがそろそろ限界らしく、自分を此処から出せと鞄の中で暴れまわる。
千春は鞄の中のシロを抑えながら、今日のモルドン出現の情報をもたらした朱美に確認を取った。
朱美の方も今の状況は不本意らしく、僅かに顔を顰めながら問いに答える。
それで会話が途切れてしまい、夜の道路に鞄の中で暴れるシロの声しか聞こえなくなった。
モルドンは神出鬼没であり、その出現パターンは予測不可能である。
これは魔法少女業界では常識とされており、魔法少女たちは何時、何処に出てくるか分からないモルドンに振り回されるのが常だ。
しかしそんな常識を覆すかのように、朱美が何処からもたらしたモルドン出現情報は正確な物だった。
朱美から指示された時間と場所に行けばそこにはモルドンが居て、千春はそれを倒せば良かったのだ。
「…この前は時間がずれていた。 なら今回も時間がずれているのか? 否、もしかして時間以外にもずれが…。
シロ、少し空を飛ぶぞ」
「□□□□!!」
「どうするんですか、お兄さん?」
「ちょっとその辺を偵察してくる、すぐに戻るよ」
これまで正確であった情報であったが、前回の一件で瑕疵が出来た。
モルドンの出現時間がずれており、千春たちは暫くあの農地で待ち惚けとなったのだ。
モルドンの出現時間と出現場所を伝える情報で片方が間違うならば、もう片方が間違わない保証はない。
千春は思いついた懸念を確かめるため、鞄からシロを開放してやる。
そして脇に止めていたバイクに跨り、シロと一体化したマシンと共に空へと向かった。
少年たちは夜の街を全力疾走していた。
後ろから追ってくる蟷螂型の異形の鎌から逃れるため、目に涙を浮かべながら足を動かし続ける。
モルドンは少年たちを獲物として定めたのか、逃げる少年たちと執拗に追ってきていた。
「うわっ!?」
「勉!? 大丈夫か!!」
「来るな、来るな…」
外灯の頼りない光源で照らされた道路は走るのに適しておらず、余り運動が得意ではない勉が何か躓いて転んでしまう。
膝小僧がアスファルトに削られて血に染まるが、モルドンへの恐怖が痛みを上回ったらしく痛がる素振りを見せない。
仲間を助けるために亮太は勉を起こそうと手を伸ばし、健司はモルドンを牽制するように手に持った鞄の中身を投擲していく。
筆箱、教科書、ノート、鞄の中の勉強道具が次々と襲い掛かるが、当然のようにモルドンがそれで足を止めることは無かった。
「■■■■…」
「ママーーー!?」
「嫌だぁぁぁ!?」
「た、助けて…、マスクドナイト!? …マスクドナイトNIOH!!」
どうにか亮太が勉を地面から起こした頃には、既にモルドンが少年たちに向かって鎌を振り上げている状況だった。
子供の体など簡単に真っ二つに出来そうな巨大な鎌を前にして、少年たちは自分たちが両断される未来を想像してしまう。
モルドンに恐怖した少年たちは、この絶体絶命を救ってくれるヒーローの名前を口にしていた。
マスクドナイトNIOH、モルドンと戦うためにテレビの外で活躍するヒーローの名前。
…そして少年の助けを求める声に応えるように、空から白い流星が落ちてきたのだ。
結論から言えば千春の予感は的中した。
上空から周辺を見渡した千春はすぐに、先ほどまで居た地点から少し離れた場所でモルドンの影を見つけたのだ。
運が悪いことにモルドンの近くには人の姿もあり、このままではモルドンの被害者が出るかもしれない。
それを見た瞬間、千春は後先のことを全く考える事なくモルドンの元へ向かっていた。
「…ちょっと待ったぁぁぁぁっ!!」
「■■■■■■っ!?」
「うわっ!?」
「空からバイクが…」
まさに間一髪だった。
逃げる途中に転んでしまった眼鏡の少年に対して、蟷螂型モルドンの鎌が振り下ろされる寸前に千春たちが急襲してきたのだ。
シロが取り付いた白いマシンが流星の如く舞い降りて、モルドンを跳ね飛ばしてしまう。
白いマシンはそのまま少年たちとモルドンの間に止められて、そこから一人の青年がヘルメットを外しながら地面へ降り立つ。
「■■■■っ…、■■!!」
「…あなたは、もしかして!!」
「危ないから下がっていろ、坊主たち」
跳ね飛ばされて地面へと転がっていたモルドンが、怒りを感じさせる奇妙な声と共に起き上がってくる。
その姿を注視する千春は、少年たちを後ろに下がらせながら右腕を前に構える何時ものポーズを取った。
空飛ぶ白いマシン、魔法のステッキに見立てた二本の指を使う独特のポーズ、それは少年たちが動画内で何度も見た光景である。
しかし動画との違いは一つ、今の千春はその素顔を少年たちに晒していたのだ。
マスクドシリーズだけに留まらず、変身物の主人公は大抵その正体を世間から隠す物である。
テレビの中の劇中の世界であれば正体を隠す理由は、敵対する組織から身を守るためや周囲の人間を巻き込まないため辺りだろうか。
現実に世に出た魔法少女たちが正体を隠す理由はより切実である、ネットの世界に自分の正体と言うプライバシーを公開して百害あって一利なしなのだ。
マジマジで活動している魔法少女がうっかり正体をばらしてしまい、自分だけでなく周囲に迷惑が及んだという悪例は幾らでも転がっている。
幾ら少年たちだけとは言え、千春が彼らに素顔を晒すことは決して頭のいい選択では無かった。
「このお兄さんが…、マスクドナイトNIOH?」
「…悪いけど、お兄さんの正体は秘密にしてくれよ」
仮に千春がマスクドナイトNIOHとなったばかりの頃であれば、保身を考えて事前に変装用のマスク着用などと言うタイムロスを挟んでから行動を起こしていただろう。
現実では本当に間一髪の所で助けられたのである、あそこで千春が保身に走っていたら救援は間に合わずに少年たちはモルドンの犠牲になっていた筈だ。
しかし今の千春は背後に置いた少年たちのお陰で、自分がマスクドシリーズの主人公たちと同じ立ち位置として扱われている事を知る。
かつてマスクドシリーズの主人公に憧れた自分のように、少年たちが憧れるに相応しいヒーローになって見せよう。
ヒーローとしての自覚を持ち始めた千春は、保身を投げ捨てて動いたことで少年たちを無事に救うことが出来たのである。
これも運命の悪戯か、少年たちが千春の前でマスクドナイトNIOHごっこをした事が結果的に彼らの運命を救ったのだ。
「いくぞ、…変身っ!!」
「格好いい…」
「凄い、本物の変身だ…」
今は自分の正体のことなど後回しにして、少年たちを救うために目の前のモルドンを片付けなければならない。
指で作った魔法のステッキを一周させて、千春はマスクドナイトNIOHへと姿を変える。
初めてリアルで見る変身シーンに少年たちは感嘆の声を漏らし、それを聞いて千春は仮面の下で笑みを浮かべながらモルドンへと向かって行った。




