表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺はマスクドナイト  作者: yamaki
第三部 "渡り"事変
208/384

6-8.


 その翌日、開店前の喫茶店メモリーで不貞腐れた表情で肘を付いている千春の姿があった。

 昨日は事故で破損したバイクを道路の方に戻して確認し、自走不能だったために修理業者を呼んだりと大忙しだった。

 当然ながらその間に渡りらしき存在はまんまと逃げ切り、千春は犯人を取り逃がしたのだ。

 しかし昨夜の事故の話を聞かされた朱美は、千春に対して若干疑わし気な視線を向けていた。


「千春ー、本当は居眠り運転でもしていて、自分で事故を起こしたんじゃ無いの? それが恥ずかしいから、渡りのせいにしているとか…」

「そんな訳あるか!! あれは絶対に渡りだった!! くっそー、また俺のバイクがぁぁぁぁ!?

 ほら、シロにも聞いてくれよ。 こいつも現場に居合わせて…、また固まっているっぅ!?」

「はいはい、分かった、分かった…」


 事故で壊れた千春のバイクはそのまま修理屋に直行となり、暫くは何処かで代車を調達してくるしか無いだろう。

 大事な愛車と暫く離れ離れになってしまったのに、その上に犯人扱いされては堪ったものではない。

 千春は自分と同じく逃げていく渡りらしき存在を目撃した、相棒である使い魔に声を掛ける。

 しかし昨夜と違って今日のシロはまたフリーズ状態になっており、千春の助けにはなってくれない。

 そんな千春の一人漫才を見ていた朱美は、どうでも良さそうに手を振りながら本題に入る。


「…本物、偽物?」

「分からん、前みたいに胸と口元を布で隠していた。 本物があんな偽装するとは思えないから、偽物っぽいんだけど…。 本物が俺の帰宅ルートを調べると思えないしなー」

「それだと、あの状況で偽物の方は生き残ったってことね」

「相手は使い魔だ、モルドンと違って自分自身の能力を持っている。 何らかの力を使って、最後の一撃から逃れたか…」


 昨夜に千春を襲った、渡りのモルドンの姿をした何か。

 本物の渡りのモルドンが復活したのか、それに偽装した偽渡りが実は生きていたのか…。

 小癪にもクリスタルが存在する二か所はどちらも隠されており、その破損状況か判別することは出来ない。

 しかしそもそも破損個所を隠して、帰宅途中の千春を襲うという行動自体が人間臭さを感じさせるものだ。

 千春も朱美も本物の渡りの線を捨ててはいないが、内心では犯人はあの倒した筈の偽渡りであると考えていた。


「偽渡りが生きていたとして…、何で俺を狙ったんだ?」

「この前の戦いで最大の障害があんただって、奴らも認識したんでしょう。 そこで自分を倒したと思って油断しているあんたを始末しようと、帰宅途中に奇襲したって所かしら」

「まあ、そんな所だろうなー。 変身が後数秒遅ければ良くて病院、悪ければあの世行きだったぞ。 今考えてもヤバかったなー」

「運が良かったわねー、千春。 あんたは変な所でツキがあるんだから…」


 本性を出した偽渡りに唯一対抗出来たのはマスクドナイトNIOHこと千春だけであり、それさえ排除すれば奴の天下となる。

 どんな目的かは分からないが偽渡りを生み出した謎の魔法少女は、未だにそれを諦めていないらしい。

 朱美の言う通り昨夜までの千春は完全に油断しており、無傷で生き残ったのは奇跡的と言っていい。

 そして千春が無防備となっている千載一遇の機会を取り逃した偽渡りたちは、実に不幸な結果となった。

 こうなってしまったら千春は偽渡りの存在に警戒するようになり、昨夜のような奇襲はやり難くなるだろう。


「多分、奴はまだ本調子じゃない。 だから昨日は奇襲に失敗した時点で、一目散に逃げ出したんだ。 次に襲ってきたら、返り討ちにしてやるからなー、偽渡りめ!」

「一応、他の魔法少女たちにも警告しておくわね…。 全く、面倒なタイミングで現れてくれたわね」


 千春は自分と戦うことなく逃走を選んだ偽渡りの様子から、相手は以前の力を取り戻していないと判断していた。

 あの本物の渡り以上の規格外の力は、幾多の魔法少女たちのクリスタルを取り込んだ事による成果だ。

 それらのクリスタルは千春が破壊したので、偽渡りがその力を取り戻すためには同数のクリスタルを集める必要がある。

 幾ら何でもあれだけの数のクリスタルをこの短期間で取り戻せる筈は無く、偽渡りは通常の使い魔レベルまで性能が落ちている筈だ。

 昨夜は突然奇襲を受けた事に動揺してしまい、その上に愛車が破損したこともあって偽渡りの現状まで頭が回らなかった。

 そのため一方的にやられた上に逃がしてしまったが、次があったらそうはいかないと千春は気合を入れる。


「本当に大変だったね、千春くん。 今日は店の事はいいから、ゆっくり休みなさい」

「すみません、店長。 また明日からバリバリ働きますんで…」

「そういえば、あんたどうやって此処まで来たのよ? バイクは修理中なんでしょう?」


 二人が話している間に開店の準備していた寺下が、一段落付いたようでコーヒーを手に持って現れる。

 今日は昨日の事故に絡んだ諸々の対応をするため、千春は有給休暇を取得して喫茶店メモリーの仕事を休んでいた。

 働かない癖に話し合いの場として店を使っている駄目店員に差し入れまでくれるとは、千春は店長に対して頭が下がるばかりだ。

 そんな店主と店員の心温まるやり取りを半目で見ていた朱美は、そこである疑問に気付いたらしい。

 愛車が修理中である千春は、居候先である牧場からこの店までどのように来たのだろうか。


「ああ、今日は朝の仕入れに便乗させて貰ったんだ」

「仕入れ?」

「最近、店で千春くんの所の牧場から牛乳や乳製品を仕入れているんだよ。 ほら、友香くんがポップも作ってくれた」

「牧場とのコラボですか…。 この店でもこういう事をやるんですねー」


 寺下は手作り感が溢れる、牧場自慢の商品が紹介されたポップを朱美に差し出す。

 そこには女の子らしい丸っこい文字で書かれた紹介文と共に、牧場で働く人たちの写真が映っていた。

 スーパーなどでよく見かける私たちが作りましたと言う奴のようで、その中には作業着姿で働く千春の姿もさり気なく混ざっている。

 千春が居候している縁からなのか、朱美の知らない間に喫茶店メモリーで牧場直送の商品を売り出したらしい。


「ちなみに帰りはどうするのよ?」

「今日中に代車を手に入れるから大丈夫だ。 今はレンタルバイクなんかも…」

「部屋と同じで、あんたにバイクを貸してくれる人が居るかしら? 有名人だからねー、マスクドナイトNIOH様は…」

「…あっ!? いや、馬鹿正直に渡りに襲われたなんて言わなければ大丈夫なはず…。 でもそれを言わないと、事故の理由が説明できないし…」


 当然であるが商品と共に千春を運んでくれた車両は、既に牧場へと帰っている。

 居候の立場として帰りも迎えに来てくれと言える筈もなく、千春は自力で牧場まで帰らなければならない。

 千春としては今日中に代車を調達して自力で帰るつもりらしいが、思惑通りに事が進むだろうか。

 以前に危険だからと不動産屋から門前払いされた千春は、同じ理由でバイクの貸し出しを拒否されるかもしれない。

 朱美の指摘を受けた千春は初めてそのリスクに気付いたのか、見るからに狼狽えている様子であった。






 最大の障害であるマスクドナイトNIOHを倒すために、偽渡りは再び自分を襲うに違いない。

 その日を境に千春は偽渡りの襲撃を警戒するようになり、また奴が現れるのを待ち続けた

 しかし予想と反してあの帰宅途中の奇襲から、偽渡りは一向に千春の前へ姿を見せない。

 まさかあれで諦めたのかと、千春は偽渡りの背後に居る魔法少女の思惑を訝しむ。

 全く行動が読めない偽渡りに苛立つ千春を尻目に、時間は刻々と過ぎて行った。


「わーい、シロちゃんだ! 可愛いぃぃぃ!!」

「良かったわね、志月! へー、これが使い魔なんだ…。 本当にぬいぐるみみたい…」

「この子は確か前に飛鳥くんが抱いていたわよね!? 私がこの子を抱けば飛鳥くんと関節ハグ…、きゃぁぁぁぁ!!」

「○…、〇〇!?」


 それは千春が待ち惚けをくらったまま一週間が経過し、修復されたバイクが手元に戻ってきた直後であった。

 千春の勤務先である喫茶店メモリーに、彩雲がクラスメイトたちを連れて来店したのだ。

 姦しい女子中学生たちはテーブル席の上に座っている、今はフリーズしていないシロの姿を見て非常に喜んでいる。

 普段シロが接している大人しい彩雲とは正反対の、ハイテンションな女子たちの圧力にシロは若干圧されている様子だった。

 そんな彼女たちの輪の中にいる細身の少女、奇跡の子こと志月の姿に千春は驚きを隠せないでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ