6-5.
奇跡の子、志月は賭けに勝った。
渡りのモルドンのクリスタルを取り込んだ使い魔ライフは、モルドン化する事無く全盛期に近い力を取り戻した。
流石に渡りのクリスタル一つで失った全てのクリスタルを賄えないようで、その癒しの力は若干落ちているようだ。
しかしそれは少し走ったら息切れする程度の常人レベルの体の弱さに留まっており、十分に日常生活は可能なレベルである。
復活したライフの力は志月を病院から遠ざけ、体育を見学する程度の代償で学校へ通わせてくれた。
「あんまり無理するんじゃ無いぞ、気を付けて学校に行きなさい」
「分かっているわよ、お父さん。 行ってきます」
渡りのクリスタルを取り込んだライフのお陰で、念願だった修学旅行にも行くことが出来た。
友人たちと過ごした古都での数日間は、志月の一生の思い出になることだろう。
欲を言えばもう少し健康な体を手に入れたいが、あのマスクドナイトNIOHと勝ち合うリスクを考えると下手に動かないのが賢明だろう。
病院の中で短い人生を終えるよりは余程いいと、志月はこの少々不便な体で今後も生活していくつもりでいた。
「うっ…!? 何これ、体が…」
しかしそんな志月の思惑を嘲笑うかのように、彼女は登校途中に突然倒れてしまう。
意識を失う寸前に志月は全てを失いかけたあの日と同じ、抑えられてた病が一気に体に襲い掛かる感覚を覚えていた。
通行人の通報を受けて近くの病院まで運ばれたらしい志月は、見知らぬベッドの上で目を覚ました。
志月は自分の体に異常が無い事、使い魔ライフの力によって彼女に付き纏う病の進行が抑えられている事を確認する。
今の志月は倒れる直前と同じ、常人レベルの貧弱な女子中学生に戻っていた。
医師の診断でも異常は見つからず、志月は立ち眩みをしたのだと診察されてその日の内に帰宅できた。
「寝不足だったんじゃ無いか…。 夜更かしとかしてないよな、志月?」
「そんなんじゃ無いわよ。 ただ、最近よく眠れなかったかな…」
志月は初めは医者の言う通り、ただの立ち眩みでは無いかと納得しようとした。
父親の目を盗んで夜中に魔法少女の情報収集などをしていた志月は、夜更かしの常習犯である。
昨日も夜にコッソリ携帯を弄っていたので、それが原因で寝不足となって立ち眩みを起こしたのだと考えたらしい。
しかしそれから数日後、志月はこれと同じ現象に再び遭遇することとなる。
最初の不意打ちと違い、二回目以降は以前の経験のお陰で意識を失うことなく耐えることは出来た。
そのために騒ぎになることは無かったが、友人たちの会話中に突然顔を顰める自分の姿はさぞかし奇妙だったろう。
僅かな時間で志月の体調は戻ったが、これによって志月は前回のあれもただの立ち眩みで無いと気付いたようだ。
「ライフ、どういうこと!? 何で力を止めたの!!」
「ヲヲっ!? ヲヲヲ…」
自宅に戻った志月はすぐに使い魔ライフを呼びよせて、志月に対する癒しの力を止めた件を問い質す。
生みの親である志月の忠実な使い魔であるライフは、マスクドナイトNIOHとの戦いの時を除いて常に癒しの力を使い続けてくれていた。
そんなライフが気まぐれで志月を困らせる悪戯をする筈は無く、何か理由があっての行動に違いない。
鬼気迫る表情で詰め寄る志月に対して、使い魔ライフは何が何だか分からないとばかりに狼狽している。
「ヲヲヲ…、■■…。 っヲ!?」
「うっ、ライフ!? それは…」
しかし次の瞬間、見るからに困っている様子を見せていたライフが一瞬硬直したのだ。
普段と微妙に響きが異なる鳴き声を口にしたライフ、それと同時に志月の体に魔法少女の力で押し留められていた病の負荷が襲い掛かる。
気力を振り絞って意識を繋いだ志月は、ライフが再び元の困惑している状態に戻る所を目撃した。
志月の体調もそれに合わせて元の状態に戻り、楽になった志月はこの一連の流れから全てを悟る。
「もしかしてあなた、今みたいに意識が途切れる時があるの? その時にあなたの癒しの力が…」
「ヲヲ…、ヲ」
「モルドン化、こんなに早く…!?」
魔法少女に忠実な使い魔が主の意思から離れて、独自の行動を取るようなる切っ掛けは一つしか無い。
使い魔と言う枷を解き放たれて、ただ闇雲に破壊活動を繰り返す化け物へと成り下がるモルドン化。
その兆候としてライフは一瞬だけ意識がモルドンのそれに呑まれて、志月に対する癒しの力を止めたのだろう。
確かに渡りのモルドンのクリスタルを取り込んだ時点で、使い魔ライフにはモルドン化の危険性が付きまとう事は理解している。
しかしクリスタルを取り込んだ直後に何も起こらなかった事もあり、志月はホープの例を取って数年の猶予があると判断していた。
それが僅か1か月足らずでモルドン化の兆候が出るとは、やはり渡りを普通のモルドンと同じように扱ってはいけないらしい。
「早く何とかしないと、ライフがモルドンになったら…。 どうしよう、どうしよう…」
「ヲヲヲ…」
タイムリミットが数年単位から一気に縮んでしまった志月は、突然の事態を前に先ほどのライフのように狼狽してしまう。
そんな志月の姿を見て自分の状態を悟った使い魔ライフの方も、同じように慌てふためく。
本人たちは真剣そのものであろうが、魔法少女と使い魔が主従揃って狼狽える姿はちょっとした喜劇のような面白さがあった。
志月もモルドン化のリスクを忘れていた訳では無く、何処かで何らかの手を打つ必要があるとは認識していた。
まず真っ先に思い付いたのは、モルドン化という現象そのものを封じ込めるとである。
そしてホープやライフと同じように、自らの意思でモルドンのクリスタルを取り込んでいる使い魔に至るのは自然な発想だろう。
使い魔ブレイブは経験値稼ぎと称してモルドンのクリスタルを取り込み、自らを強化させていた。
そしてこの使い魔はホープの例を反面教師として、自身の能力の一つとしてモルドン化に対する予防する力を持っていた。
リスクはあるがこの使い魔ブレイブのクリスタルを取り込み、この能力を奪えてばモルドン化の進行を防げるかもしれない。
「"使い魔ブレイブを設計するために、大体一週間くらい掛かったわ。 私って凝り性だから、与えられたリソースを余す所なく使った使い魔を作りたかったの…"」
「使い魔ブレイブ、こいつを取り込めばきっとライフは…」
使い魔ブレイブの存在が知られてしまったTreeは、自身の経験を通して謎多き魔法少女について解説する動画を作成していた。
その動画の一つに使い魔ブレイブが持つ能力の話になり、Treeはゲーマーらしい厳密なリソース配分を持って構築したことを語っていた。
志月は公開されているこの解説動画を見る事で、事前に使い魔ブレイブについて事前に研究するつもりでいた。
自らの人生が掛かっている志月は、真剣な表情で携帯に映し出されている動画に目を通していく。
「"モルドン化を防ぐ方法について、私は二つの手段を思い付いたの。 一つはブレイブの体自体をモルドン化させない体質に変化させること、もう一つはクリスタルを取り込む際にモルドン化と成り得る要素を排除する能力を得ること…"
この二つを天秤にかけた時、後者の方が必要リソースが少なかった。 使い魔の体自体を変質させるよりは、クリスタルを弄る方が容易だったようね…"」
「え…、何よこれ…。 この能力だとライフは…」
魔法少女は本能的に自身のリソースで実現可能な能力を察する事が出来るため、Treeはその感覚を使って一番リソース効率のいい方法を求めたそうだ。
Tree曰く、モルドン化を防ぐ一番効率のいい方法は、クリスタルからモルドン化を促す要因を排除する能力であったらしい。
確かにこの能力を使えば、使い魔ブレイブはモルドンのクリスタルを事前に無害化することで幾らでもそれを取り込み可能だ。
モルドンのクリスタルを利用して使い魔を強化させる運用を考えていたTreeとしては、何も問題ない方法である。
しかしその力は残念ながら、既にモルドンのクリスタルを取り込んでしまったライフには意味の無い物であった。
こうして使い魔ブレイブのクリスタルを取り込むと言う作戦は、ゲーム実況者であり魔法少女でもある"Tree"の投稿した動画によって呆気なく崩された。
密かに使い魔ブレイブを最後の手段と考えていた志月は、それが間違いだったことを突きつけられて茫然自失になってしまう。




