6-1. 「白奈と志月」
他の魔法少女のクリスタルを取り込ませることで、使い魔ライフが持つ癒しの力を強化する。
そんな荒唐無稽な志月の妄想は、何処からか送られてきた一通のメールによって実現可能な作戦となった。
今や日本中に存在している、魔法少女たちの住所や名前や容姿などの個人プロフィール。
それは無力な病人でしかない志月では絶対に手に入れられない、自身の命を繋げるための生贄たちの情報である。
特に既に魔法少女を引退しており、クリスタルを奪われても騒ぐ可能性が低い元魔法少女は絶好の獲物であった。
「はぁはぁ…。 此処まで来て、此処まで来たのに…」
「ヲヲヲ…」
自室のベッドの上で息も絶え絶えになっている志月と、その傍に寄り添う異形の使い魔ライフ。
ライフの口元はNIOHの雷撃で貫かれたままになっており、何故か蜥蜴の如き長い尾は半ばから消えていた。
志月とライフが謎のメールの情報を頼りに、渡りのモルドンの振りをして魔法少女から奪ってきたクリスタル。
彼女たちの苦労の結晶はマスクドナイトNIOHの活躍によって破壊され、ライフは自前のクリスタルしか持たないただの使い魔に戻った。
そして残念ながらライフ自身の癒しの力だけでは、志月の病を抑えることは不可能なのである。
自らの修復を後回しにして志月に癒そうと試みるライフであるが、クリスタルを失った今の力では志月を苦しみから解放できない。
蜥蜴の尻尾切り、蜥蜴が自分の尾を捨てて外敵から逃げる行為である。
NIOHが放った最後の一撃に対して、ライフは自らの尾をデコイにして窮地を脱していた。
切り離した尾を本体の姿に化けさせて、尾を囮にした本体の方は僅かな時間だけ透明化して死地から逃れる。
人型の蜥蜴というべき姿をしている渡りのモルドン、それを模して生み出された使い魔ライフにはぴったりの能力であろう。
「…やっぱり念には念を入れて良かったわ。 最悪の展開は避けられたけど、もうこれじゃあ…」
「ヲヲっ!?」
使い魔ライフの存在は志月の命とイコールであり、その生存が何よりも優先させるべきだ。
有限であるリソースを割いて組み込んだ緊急脱出の能力が、使い魔ライフの危機を救ったらしい。
万が一に備えて持たせていた偽装用のクリスタルも置いて来たようだし、これでNIOHたちはライフが倒されたと考えてくれるだろう。
生き残ったライフが再び志月を癒してくれなければ、下手すれば翌日に彼女はベッドの上で冷たくなっていたかもしれない。
しかしこれまで集めてきたクリスタルを失った今のライフでは、志月を辛うじて生き長らえさせるのが精一杯である。
すぐに何とかしなければ彼女の父親に見付かってしまい、問答無用で病院に送り返されるに違いない。
後少しで念願の修学旅行なのに、このままでは旅行どころか折角の学校生活も志月の手から離れてしまう。
「クリスタル、クリスタルがあれば…。 でも一個や二個じゃ足りない、どうにかしてライフの力を取り戻さないと…」
これまでライフが取り込んできたクリスタルは、年末に魔法学部を襲って奪った数を含めれば数十にもなる。
それらの力を一晩で全て失ったのだ、今から魔法少女を襲ってクリスタルを一個や二個手に入れても焼け石に水だろう。
朝までにライフの力を取り戻して、父親に健康な志月の姿を見せるにはどうすればいいのか。
志月はベッドの上で病の苦しみに耐えながら、生き残る術を求めて必死に考えを巡らす。
「何か、何か無いの…」
志月はライフの手を借りながら重い体を無理やり動かして、ベッドの上から上半身を起こす。
退院してから数ヶ月間生活してきて、最近になってようやく慣れてきた自室を見渡す。
具体的な考えは無いがベッドの上で天井を見ているよりはましだろうと、志月は藁にも縋る気持ちで何か無いかと探し続けた。
そして志月の視線は彼女の真新しい勉強机、その脇に置かれた鍵付きのキャビネットに向けられる。
「…ライフ。 あそこに入れておいた物に取り込みなさい。 あれを取り込めば…、きっとあなたは力を取り戻せるわ」
「ヲ!? ヲヲ…」
「もう選択肢は無いのよ、ライフ。 だからお願い、あれを…。 渡りのモルドンのクリスタルを取り込みなさい!!」
モルドンのクリスタルを取り込んだ使い魔の顛末、それはNIOHと戦った悲劇の使い魔ホープの存在によって知られている。
使い魔ホープは主の最後の命令に従い、倒したモルドンのクリスタルを取り込み続けていた。
そしてホープのクリスタルは徐々にモルドンに近づいてき、ホープは漆黒のクリスタルを持つモルドンへと成り下がったのだ。
志月のキャビネットには、千春の自宅を強襲して奪った本物の渡りのモルドンのクリスタルが隠されている。
使い魔のモルドン化など御免だと志月は、このクリスタルをライフに取り込ませる事無く今まで放置されてきた。
この禁断の渡りのクリスタルに手を出さなければならない程に、今の志月たちは追い詰められているのだろう。
ライフと同様の幾多のクリスタルを取り込んだことで、魔法少女以上の力を手に入れた常識外のモルドン。
その異端さは本来であれば破壊された時点で消え去る筈のモルドンのクリスタルが、今でも形を保っている所からも把握できる。
渡りのモルドンのクリスタルであれば、普通の魔法少女のクリスタルの何倍・何十倍の力を手に入れられるかもしれない。
しかし当然ながらモルドンのクリスタルを取り込むということは、モルドン化と言う致命的なリスクを背負いこんでしまう。
「ヲヲ…」
「ホープが完全にモルドンとなるまで、何年もの時間を要した。 此処であなたがこれを取り込んでも、すぐにモルドンになることは無いわ…」
志月の命令に従ってキャビネットを開き、その奥に仕舞われていた漆黒のクリスタルの残骸を取り出す。
安っぽいビニール袋に入れられたそれを手に持ち、ライフは再び彼女のベッドの傍まで戻る。
渡りのモルドンのクリスタルを抱えるライフは、何処か浮かない様子であった。
幾らモルドンの姿を真似ているとは言え、本当にモルドンとなる可能性があるクリスタルを取り込むのは気が進まないのだろう。
渡りのモルドンのクリスタルを取り込む行為に躊躇いを見せているライフに対して、他の選択肢が無い志月は必死に説得する。
「お願い、ライフ…。 私を助けて…」
「ヲヲ…、ヲヲ!!」
確かに使い魔ホープは生みの親である魔法少女に捨てられてから、数年に渡ってモルドンのクリスタルを取り込み続けることでモルドン化した。
その例だけ見れば此処でライフが渡りのモルドンのクリスタルを取り込んでも、すぐにモルドンとなることは無いように思える。
ただしホープが取り込んで来たのはただのモルドンのクリスタルであり、渡りのモルドンのそれとは別物と言っていい。
このクリスタルを取り込んだ結果など誰にも予想できず、志月の言葉は希望的な観測でしか無かった。
最悪次の瞬間にライフは姿だけでなく中身までモルドンと化し、目の前に居る志月へと襲い掛かる可能性すらある博打である。
しかし忠実な使い魔であるライフが志月の頼みを断れる筈も無く、意を決したライフは漆黒のクリスタルに手を伸ばした。
いよいよ仮面ライダーの新作が始まりましたね。
先週投下すれば新ライダー登場とタイミングがあったのですが、色々あってマスクナイトの方は今日から新エピソードの開始です!
何時もは土・日投下が基本ですが今回は仮面ライダーに会わせて日曜から始めたかったので、日・月として明日も投下予定です。
また週2~3の投下スピードで進むと思いますが、よろしくお願いします。
では。




