6-2.
携帯が普及した現代において、10歳に満たない子供でも自分用の携帯を持っていることは珍しいことでは無い。
公園に設置されたベンチに集まった少年たちは、仲間の一人が所持する携帯画面を覗き込んでいた。
「"喰らえぇぇぇ!!"」
「"■■■!!"」
それはマジマジに投稿されたマスクドナイトNIOHチャンネルの、記念すべき第一回の動画。
公園で戦うマスクドナイトNIOHと虫型モルドンの戦いの映像であった。
実は今少年たちが居る公園こそ、この動画が撮影された現場なのだ。
千春が虫型モルドンのクリスタルを砕いた所で動画を止めた少年たちは、携帯から顔を上げて互いに顔を見合わせる。
「凄い凄い、この公園でこんな事が起きてたんだ」
「多分、この辺だよな!! マスクドナイトが変身した所は…。 よし、勉! お前はモルドン役な…」
「えー、僕もNIOHがやりたいよ…。 健司くん」
周りを見渡せたば先ほどまで動画に映っていた風景が広がっており、此処がかつて戦場であった事が理解できる。
そう言えば一時期公園が出入り禁止となった時があったが、恐らくこれが原因だったに違いない。
よく見れば敷地内には戦闘跡を修復した後があり、地面の一部分が補修後の真新しい色合いになっていた。
「…格好いいな、NIOH! 魔法少女なんて格好悪いと思ってたけど、こんなのも居たなんて」
「そういえば前に三組の佐藤が言ってたよな。 家の近くでモルドンが暴れたって…、こーんな大きいモルドンが居て怖かったって」
「馬鹿、モルドンがそんな大きい訳あるかよ。 ほら、多分この時の動画が佐藤の言っていたモルドンだ」
「なんだ、普通のモルドンじゃん。 ねぇねぇ、亮太くん、他にNIOHの動画は無いの?」
魔法少女とモルドンが世に出た後の世界で生まれ育った子供たちに取って、モルドンは日常の一部であった。
クラスの中には直接または間接的にモルドンの被害を受けた者は必ず居り、対モルドン用の避難訓練まで行うくらいだ。
少年たちの取ってモルドンは未知のモンスターでは無く、精々不審者と同レベルの脅威としか思っていないのだ。
「…モルドンか、俺まだ実際に見た事ないんだよな。」
「僕も…」
「モルドン…、モルドンが居るならNIOHも出る筈だよな…。 よし、いいこと思いついた!!」
この年代の少年たちに取って、不審者やモルドンと言う非日常的な存在との出会いはある意味で自慢できる事だった。
加えてモルドンが出たならば、間近でマスクドナイトNIOHの戦いも見れるかもしれない。
そして好奇心旺盛な少年たちが思い付きで無謀な冒険に繰り出すのは、お約束とも言える展開と言えた。
日が完全に落ち切った夜の公園、外灯の下に設けられたベンチに座る二つの影があった。
よく見ればそれは昼頃に公園に集まっていた、先ほどの少年たちの一部では無いか。
彼らは今時の子供らしく携帯を弄りながら、誰かを待っているように見える。
「あ、来た来た…。 遅いぞ、勉」
「ごめん、ママに見つかりそうになって…」
「よーし、じゃあモルドン探しに出発だ! 行くぞ、健司、勉!」
「ああ、待ってよ、亮太くん!!」
待ち人である最後の少年が現れたことで、パーティーは結成された。
小柄だが気が強くリーダー気質の亮太、眼鏡姿で細身な勉、がっしりとした体格の健司。
彼らの目的はモルドン探し、自分たちの街を襲う異形をこの目に収めるのだ。
少年たちの無謀と言う他にない、小さな冒険の旅が始まろうとしていた。
今も昔も子供は夜に出歩いてはいけないというのは、常套文句と言えるだろう。
しかしモルドンという明確な脅威が幅を利かせているこの世界において、その言葉の重みは非常に増している。
魔法少女と言うカウンターが認知されておらず、モルドンが絶対無敵のモンスターであった頃などは子供だけで無く大人も夜の闇を怖がった物だ。
「うわぁ…、夜の街でこんな感じなんだ…」
「僕、こんな時間に出歩くの初めてかも…」
無駄な危険は避けるのが基本であり、小さな子供が居る家庭では夜出歩くことがある事は滅多にないだろう。
ある程度の年齢になれば慣れと慢心から、自然と夜にも平気で外出するようになるだろうが少年たちはまだその年齢に至っていない。
余り夜に出歩いた経験が無いのか、少年たちは物珍しそうに昼とは雰囲気が一変した街中を歩く。
「あんまりキョロキョロするなよ。 警察に見つかったら、怒られるぞ」
「ええ、そんなの困るよ。 ママに怒られちゃう」
「大丈夫だよ。 見つかったら塾の帰りって言うんだ。 それで納得してくれるから…」
「あ、二組の田中くんが前に言ってた奴だよね。 警察官に声を掛けれれて、そのまま家まで送ってもらったて…」
「パトカーに乗せてくれたって話だろう? あれ、本当なのかな?」
教育熱心な家庭では小学三年生である少年たちの年代でも、塾などの習い事をさせられている者も居る。
幸か不幸か少年たちの家庭はそこまで教育熱心ではないが、塾通いをしているクラスメイトの愚痴を聞く機会はあった。
その中に塾で遅くなった夜に警察官に声を掛けられたという話もあり、それを参考に用意周到にもカバーストーリーを用意したようだ。
塾帰りに見えるように、勉強道具を入れた鞄を持ってきたのは正解だったらしい。
鞄を持って集団で歩くその姿は、まさしく塾帰りの少年たちのように見えたのだろう。
実際に少年たち以外にも夜の街を歩く子供は少数ながら居たので、彼らの存在が変に浮くことは無かった。
「うーん、モルドンは出てこないな…」
「最後に出たのって、何時頃だっけ?」
「先週に新しい動画が上がってたから、多分そのくらいじゃ無いか…」
モルドンを探すとと言ってみた物の、何の当てもない少年たちが出来る事は闇雲に探し回るしかない。
最初は夜の街を歩くという興奮があったが、暫くしたら環境に慣れてしまい興奮が冷めてしまう。
そもそも今夜モルドンが現れるとは限らず、少年たちの冒険が無駄打ちで終わる可能性も十分にあるのだ。
まだ集合場所の公園から出て30分も経っていないにも関わらず、少年たちの中でもう飽きが出始めていた。
「"牙蹴撃"をやった回だな。 あれ、格好良かったよな、マスクドファングみたいで…」
「マスクドファングって何? マスクドキングと違うの?」
「ちょっと前にやってた、マスクドシリーズの作品。 家にDVDがあるんだ、今度貸そうか?」
当初の目的であったモルドン探しを頭の片隅に置いて、少年たちは他愛のない雑談を始めてしまう。
このまま疲れ果てるまで夜の街を歩き回って解散するだけでも、今日の冒険は少年たちの良い思い出になった事だろう。
しかし結果的に少年たちの冒険は、ある意味で成功してしまったのだ。
それは少年たちの取って幸運な事だったのか、それとも不幸な事だったのか。
「…はぁ、疲れた。 ねぇ、そろそろ…!? り、亮太くん、け、健司くん!!」
「ん、なんだよ、勉」
「おい、あれってもしかして…」
恐らく後少しだけ何も起こらなければ、少年たちは自然と冒険を終えて家に帰ることが出来た筈だ。
少年たちの中で一番小柄で体力のない勉は、他の仲間たちに解散を提案しようとした所でそれに気づく。
外灯に照らされた道路の奥の方から、何かがこちらに近づいて来ているのだ。
慌てて勉は他の仲間たちに声を掛けて、他の二人もその存在に気付くことになる。
「■■■■■■っ!!」
「「「う、うわあぁぁぁぁっ!?」」」
モルドン、夜の闇より浮かび上がった二足歩行の黒い異形。
その両腕には手の代わりに鋭い刃が備わっており、背中には翅、目には昆虫特有の複眼。
蟷螂を無理やり人型にしたと思われるモルドンは、首元に埋め込まれたクリスタルを怪しく光らせていた。
初めて間近にするモルドンの姿に、少年たちは揃って悲鳴を上げるのだった。




