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俺はマスクドナイト  作者: yamaki
第三部 "渡り"事変
194/384

5-14.


 娘の体を心配する父親に逆らう気の無い志月は、他の同年代の少女たちに比べて就寝時間が早かった。

 何時も通りベッドの上で横になっていた志月は突如、全身から力が抜けていく感覚を覚える。

 自然と彼女の息は徐々に荒くなり、何とも言えない倦怠感が襲い掛かってくる。

 寝返りを打つことさえ苦労しそうな状態となった志月は、これが本来の自分のあるべき姿だと自嘲した。

 そして自身の体の変化に気付いた志月は、仕事のために外出している使い魔ライフが危機的状況にあることを悟る。


「はぁはぁ…。 …使ったのね、ライフ」


 使い魔ライフが持つ癒しの力、それは主である志月を重い病から救うための能力である。

 しかし魔法少女一人分のリソースでは、残念ながら志月の体を健常にすることは出来なかった。

 そこで志月は本物の渡りのモルドンを参考にして、自身の使い魔を強化する道を選んだのである。

 魔法少女のクリスタルを喰らうことでモルドンを超えたモルドンとなった渡りと同様に、ライフは使い魔を超えた使い魔を目指したのだ。


 幾多の魔法少女のクリスタルを取り込んで成長したライフの癒しの力は、志月が求めていた平凡な日常生活へと導いた。

 ライフは志月の健康状態を維持するために、常時癒しの力を彼女に対して発動している。

 これは今の志月の生命線であり、それが無くなれば立つことさえ儘ならない本来の病弱な彼女が表に出てしまう。

 こんな姿を父親に見せたら大騒ぎだったと、志月は鉛の様に重くなっていく体の不快感を誤魔化す様に思考を巡らす。

 志月への回復効果が途切れたと言うことは、ライフがその能力を自身に大して発動したに違いない。

 それはライフ自身への回復が必要なほど追い詰められたという事だが、どういう訳か今の志月から不安そう様子は見られない。

 

「いいわ、あなたの全てを見せてあげなさい。 あなたが渡りのモルドンなんか目じゃない、最強の使い魔である所を…」


 常に志月に対して回復能力を発動させていたライフは、言うなれば今まで足枷を嵌めて戦っていたと言っていい。

 右腕と左腕で別々の動きをする曲芸をやっていた物であり、それがどれだけライフの負荷になっていただろうか。

 逆を言えばライフはそのような縛りプレイの状況でも、渡りのモルドンと誤認されるほどの戦闘能力を見せていたのだ。

 渡りのモルドンの姿を真似た奇抜な使い魔ライフの姿から、千春たちはある常識を失念していた。

 相手はモルドンでは無く魔法少女の使い魔であり、使い魔の性能はモルドンを完全に上回っていることを…。






 志月が何よりも欲してきた癒しの力、その性能は彼女の思いを反映したような凄まじい効果であった。

 朱美を盾にして稼いだ数分の間に、先ほどの奇襲で受けたダメージがあっという間に修復されたのである。

 傷跡一つ見られないライフの姿に千春は、弱点の切っ掛けを与えた朱美に対して内心で毒づく。


「こら、千春! 今、こいつさえ居なければって思ったでしょう!!」

「人の心を読むな! 別に何も間違っちゃいないだろう、この足手まとい!!」

「はぁ! そもそも私が居なくちゃ、こいつを引っ張り出すことも出来なかったのよ。 それを…」

「あの、千春さん。 今は喧嘩している場合じゃ…」


 人質にされている危機的状況にも拘わらず、朱美は相変わらずの平常運転だった。

 目敏く千春の本音に気付いた朱美は、ライフのことを無視して口喧嘩を始める始末である。

 現在の状況を完全に無視したやり取りに他の魔法少女は呆れたような目をしており、佐奈が甲斐甲斐しく仲裁に入ってきた。

 千春は片腕を上げて無言で佐奈を静止しながら、さり気なく辺りを見渡す。

 どうやら千春たちの意図を悟ったらしい朱美以外の非戦闘員が、自主的にこの場から避難してくれたようだ。

 この状況で魔法少女の力を失った真美子と丹心までが、ライフの人質にされたら目も当てられない。

 千春と朱美は咄嗟に下手な茶番劇を行うことで、ライフの気を逸らしながら時間稼ぎをしていたらしい。


「ヲヲ…」

「きゃっ!?」

「人質を離した! あっちも時間稼ぎだったか…、来るぞ!!」


 しかし時間を作りたかったのは、ライフの方も同様であった。

 その癒しの力で完全に回復したらしいライフは、朱美の体を千春に向かって投げつけた。

 ボールの様に飛ばされた朱美の体をキャッチした千春は、他の魔法少女たちに警告する。

 この場から逃げるだけなら、あのまま朱美の体を盾にしたまま牧場を離れればいい。

 それをしなかったと言うことは、ライフは傷さえ完治すれば此処に居る魔法少女たちを全て倒せる自信があると言うことだ。


「。。。。、。。!?」

「ヲヲ!!」


 最初に犠牲になったのは、何時の間にかライフの頭上へと移動して構えていたブレイブだった。

 人質である朱美を手放した瞬間に空から奇襲を掛けたブレイブ、狙いはライフが口内に備えるクリスタル。

 その大口ごとクリスタルを破壊しようとしたらしいブレイブだっが、それを待ち構えたかのようにライフが夜空を見上げた。

 一瞬交差する視線と視線、しかし次の瞬間にブレイブが見た物は迫り来る光の本流であった。

 ブレイブを迎撃するために上空へと離れた極太の光線が、鳥形使い魔の体を焼いたのだ。


 先の渡りのモルドンとの戦いで決め手となったブレイブの奇襲は、相手が最も警戒すべき攻撃であった。

 恐らくライフはブレイブの動きを常に追っていて、上空から襲ってくる奇襲を呼んだのだろう。

 上空からの急降下攻撃はこれまで何体ものモルドンを倒してきた、ブレイブの得意戦法である。

 事前にブレイブの情報を把握していれば予測は可能であるが、これもただのモルドンでは不可能な行為だった。

 どうや渡りのモルドンを似せた使い魔の生みの親である魔法少女は、事前準備は十分に行うタイプらしい。


「ブレイブの奇襲を読んだか! 迂闊に近付くな、遠距離で嵌めるんだ…。 すぐ荷物を置いて戻るから、それまで時間を稼いでくれて」

「ふっふーん、このままNIOHさんの出番を取っちゃうからねー」

「ふん、また蜂の巣にしてやるわ!!」

「くらえぇぇ!!」


 紙装甲と言っていいブレイブが、あんな威力の光線を直撃すれば一溜まりも無いだろう。

 残念ながらブレイブは戦線離脱したが、この場にはまだ十分な魔法少女たちが残っている。

 ライフから投げ渡された朱美をこのまま残して、また相手の人質されたら目も当てられない。

 朱美の体を抱えて後方の安全圏まで運びながら、千春は他の魔法少女たちへ遠距離攻撃で嵌めるように指示した。

 それを受けた魔法少女たちは手持ちの武器などを構えて、即座に一斉射撃を始める。


「なっ、消え…。 きゃぁぁぁ!!」

「早すぎる、狙いが…」

「ヲヲヲヲッ!!」


 彼女たちが一撃目を放った瞬間、肝心の獲物は既にその場から消えていた。

 ライフはあの高速移動の能力を最大限に活かし、常に動き回ることで相手に的を絞らせない。

 そしてスピードに翻弄されて混乱する魔法少女たちを、一人一人冷静に仕留めていく。

 高速移動の連続使用、それは千春たちが始めて目の当たりにするライフの脅威であった。

 これまでのライフは高速移動を単発でしか使用しておらず、千春たちはあれは連続使用が出来ない能力であると判断していた。

 その推測はある意味で正しく、ある意味では間違っている。

 高速移動の能力は制御が難しいようで、確かに少し前までのライフであれば連続で使うことは不可能だったからだ。


 これまでは並行して癒しの力を志月に施していた影響で、ライフは100%全力で戦ったことは無かった。

 しかし千春たちが下手にライフを追い詰めたことで、自ら地獄の蓋を開けてしまったのだ。

 ライフが全力で戦闘行動を行うと言うことは、生みの親である志月に苦痛を強いることに等しい。

 この一瞬も志月が病に苦しんでいると思うと怒りが沸き上がり、凄まじい咆哮と共に魔法少女たちへ襲い掛かった。


「速さなら私だって…、て!? いやぁぁ…」

「先輩っ…」


 同種の能力である美湖が対抗しようとするが、格が違うとばかりに一蹴されてしまう。

 先輩の復讐戦として挑んだ朋絵の執念も、ライフの隔絶した力には及ばない。

 櫛の歯が欠けるように、牧場に集まった魔法少女たちは徐々にその数を減らしていく。

 ライフの全性能を持って制御された高速移動、その圧倒的な速度を前に魔法少女たちは一方的に倒されていった。



金曜の投稿が出来ずに連日更新は途切れましたが、お盆休み中はほぼ毎日更新できたと思います。

この話も佳境なので、出来るだけ更新スピードを維持出来るように頑張ります。

俺のストックはまだ1話分あるぞー!!

…本当、頑張ります。


では。

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