6-1. 「ヒーローをしてみた」
千春の変身するマスクドナイトNIOHは、10年ほど前に放映されていたマスクドナイトと言う作品を元ネタとしている。
"マスクド"の名を冠するシリーズは基本的に、毎年新作が制作されて一年かけて放映されていた。
新世代のシリーズだけ切り取ってもそれなりの数があるため、マスクドと聞いて思い浮かべる作品は年代によって変わる事だろう。
「変身っ!!」
「違う、そうじゃ無いよ…。 こうだって…」
マスクドシリーズの代名詞と言うべき、各作品を代表する特徴的な変身ポーズ。
街の公園では小学校低学年と思われる少年たちが、マスクドシリーズの最新作である"マスクドキング"の変身ポーズの再現に夢中になっていた。
最近はゲームやら何やらで屋内で遊戯が主流となる中で、マスクドシリーズのごっこ遊びをするとは関心な子供たちである。
何気なく立ち寄った公園で心温まる光景を発見した千春は、自然とその視線が少年たちのやりとりに向けていた
「…ねぇねぇ、これはどうかな? …変身っ!!」
「っ!?」
マスクドごっこをする少年たちを見て和んでいた千春だったが、ある少年の変身ポーズを目撃したことで衝撃を受ける。
魔法のステッキに見立てた二本の指を回転させるそれは、何を隠そう千春ことマスクドナイトNIOHの変身ポーズだった。
実際にテレビで放映されているマスクド作品では無く、千春のオリジナル変身ポーズをその少年がやって見せたのである。
「なんだよ、その変身ポーズ」
「あ、知ってる、それ! 確か魔法少女の奴でしょう」
「本当に変身するんだよな…。 前に母さんの携帯で見せてもらったけど、結構迫力あったぞ」
マジマジに投稿を初めてから暫く立ち、どうやらマスクドナイトNIOHの存在は地元の子供たちまで広まったいたらしい。
今時は小学生の子供も携帯でネットサーフィンをしており、学校でマジマジの話題を出す時代である。
明らかに子供受けしそうなマスクドナイトNIOHの存在が広まることは予想できたことだが、まさか現実でそれを目の当たりにするとは思っても居なかった。
千春は嬉しさと気恥ずかしさから、にやけそうになる顔を抑えながらいそいそと公園から退散するのだった。
人の目がある公園で騒いだら下手したら警察沙汰であるが、自室で騒ぐなら問題ないだろう。
どうにか表面上は平常心を維持しながら帰宅した千春は、先ほどの光景を思い返して喜びを爆発させた。
「やったぁぁぁぁぁぁっ!? 俺も此処まで来たぞぉぉぉぉっ!!」
まるでテレビのヒーローのように、少年たちが自分の考案した変身ポーズでごっこ遊びをしている。
その事実は千春の特撮オタク心を非常に揺さぶり、彼を歓喜の渦に叩き込んだ。
名前の通り少女たちが可憐に戦う中で一人だけ世界観が違う男性変身者という売りもあってか、天羽のチャンネルは未だに一定数以上の視聴者数をキープしている。
視聴者数と言う数字からチャンネルが盛況なのは理解していたが、実際にチャンネルを見たちびっ子が自分の真似すると思ってもみなかった事だ。
「…駄目だ、あの少年たちの夢を壊すわけにはいかない。 絶対、俺の正体は隠しておかないと…」
そして喜びが引いた所で千春の内から、それ以上の恐怖が沸き上がってきたのだ。
テレビの中のマスクドシリーズの主人公たちは誰もが、何だかんだでヒーローに相応しいキャラクターをしている。
人間ドラマを重視するニューエイジで完璧超人の主人公は希少であるが、みんな何かしらの弱さとそれを補う確かな強さも備えていた。
それに対して自分はどうだ、単に妹から能力を貰っただけの半端物のフリーターででしか無い。
母の期待から背いて好き勝手に生きて、母と顔を合わせるのが嫌で逃げるように実家から出て行った敗残者だ。
自分がヒーローの仲間入りをしたことを自覚した千春は、自分の正体を子供たちに知られて幻滅される未来に恐怖を覚えていた。
「□□、□□□っ?」
「シロ…、大丈夫、大丈夫だから…」
喜んだと思ったら次の瞬間には沈んでいた千春の様子は、傍から見ても危うかったのだろうか。
家で帰りを待っていたシロが、千春を慰めるかのように顔のない頭を擦り付けてくる。
千春は自分は平気だと示すために、無理やり笑顔を作りながらシロを撫でるのだった。
はっきり言ってこれまでの千春は、深いことは何も考えずに勢いでマスクドナイトNIOHを演じていた。
マジマジにマスクドナイトNIOHを投稿することへの影響について、千春は全く気にしていなかったのだ。
よく考えてみれば自分のことをNIOH様などと様付けする甲斐と出会った時点で、動画の影響力について何かしら感じるべきだったのだろう。
あの時は重度のマスクドファンである甲斐のインパクトで目が眩んだが、公園に居た名も知らぬ子供たちが千春に現実を突きつけた。
「…俺はこのまま、マスクドナイトを名乗っていいんですかね?」
「難しい質問だね。 僕はマスクドウインドでもマスクドスペースでも無いから…」
流石にこんな悩みを年下や同い年の女子にする訳にもいかず、千春が頼れるのは唯一事情を知る大人だけだった。
喫茶店メモリーの閉店後、黙って千春の悩みを聞いてくれた店長の寺下は困ったような様子を見せる。
自分がヒーローに相応しく無いかなんて質問は、普通の人生を送っていれば決して巡り合わない代物だろう。
「…確かに正直言って、君は今はまだ主人公の器じゃ無いだろう」
「そうですよね…」
「おいおい、勘違いしてはいけないよ。 僕は今はって言ったんだ…」
高校時代からこの店で働いている千春は、相談に乗ってもらっている店長の寺下とは数年来の付き合いである。
寺下は千春の全てを知っている訳ではないが、彼がどんな人間であるか説明できる程度には理解しているつもりだ。
残念ながら千春の懸念通り、現在の千春では子供たちが憧れるに相応しい人間であるとはお世辞にも言えない。
しかしだからと言って、千春の未来までが否定されることでは無いとも寺下は語る。
「確かにオールドエイジ作品の主人公は大抵は完璧超人として設定されているけど、君が好きなニューエイジ作品の主人公たちはそうでも無いだろう?
ニューエイジの主人公たちが第一話目から、完璧な主人公だった訳じゃない。 彼らは一年を通して成長して、子供たちの憧れの主人公になるんじゃ無いか。
すぐに主人公になる必要はない、まずは一歩ずつ出来ることをやればいいのさ」
「…店長!!」
経緯はどうであれ、今の千春はマスクドシリーズの主人公と同じような立ち位置になったと言えるだろう。
それならば劇中の彼らのように、千春もこれから成長して立派な主人公になればいいと言うのだ。
寺下の言葉は何の保証もない気休めの言葉であったかもしれないが、それは焦りから近視的な物の見方になっていた千春の胸を打った。
「少なくとも君がモルドンと戦っていることは、決して間違いじゃない。 君が居たことで、街の被害は最小限に防げているじゃ無いか」
「はい…、俺はこれからも頑張ってみます!!」
「ははは…。 その調子だよ、千春くん」
これまで千春によって容易に倒されているように見えるモルドンたちであるが、あれはあくまで千春が魔法少女の力を行使しているからの結果なのだ。
魔法少女の力が無ければ不滅と言っていいモルドンを放っておいたら、一体どれだけの被害が出るだろうか。
かつてモルドンが放置されたことで、街中で災害を受けたかのような被害に遭った街の写真はネットを見れば幾らでも見つけられる。
これまで街を守っていたウィッチが消息不明となった現在、この街をモルドンから守れるのはマスクドナイトNIOHこと千春しかいない。
マジマジの視聴数のためでは無く、街の平和のためにモルドンと戦って行こう。
決意を固めた千春はこの瞬間、ヒーローとしての第一歩を踏み出したと言えた。




