5-2.
その日、マジゴロウこと真美子は愛する使い魔であるガロロと共に、彼女の親戚が営んでいる牧場へと来ていた。
この牧場はマジゴロウのファミリアショーの撮影場所として使われており、かつて千春もシロと共に訪れた事がある場所だ。
牧場の広い敷地は使い魔であるガロロが思う存分に動き回れる場所であり、彼女はガロロと共に定期的に此処へ遊びに来ていたらしい。
優しい親戚の行為に甘えて牧場に泊まることになったマジゴロウは、夕食後に敷地内で夜の散歩と洒落込んでいた。
「☆☆☆、☆☆!!」
「ふふふ、頑張って言うるわね、ガロロ」
否、それは散歩と言うよりは、一種の特訓だったのかもしれない。
子犬サイズの日常モードで無く、狼型と名乗るに相応しい精悍な戦闘時の姿となったガロロは分身と共に牧場内を駆ける。
分身たちを従えたガロロは不規則に動き回りながら、何も無い空間に向かって飛び掛かっていく。
恐らく何らかの仮想敵を想定した動きのようで、ガロロは目に見えない攻撃を避けるような動作も見せていた。
その様子は真剣そのものであり、そんな頑張る使い魔の姿をマジゴロウは微笑ましい物を見るような目で見ていた。
先の戦いで渡りのモルドンを逃がしたことを悔しがっているのは、何も千春一人だけでは無かった。
千春と共にあの戦いに参加していたガロロも、完全勝利とは言い難い結果にフラストレーションを溜めたらしい。
マジゴロウとガロロには渡りのモルドンとの因縁はほぼ無く、先の戦いはホープの件で借りのある千春の手助けでしか無かった。
しかしあの苦い結果がガロロにも火をつけたようで、自主的に渡りのモルドンとの次戦に備えた始めたのだ。
自分の使い魔は意外に負けず嫌いだったのだと、マジゴロウは新たなガロロの一面を知る事となった。
「次は絶対に勝とうね、ブレイブちゃんや他の使い魔たちと一緒に…。 ああ、あの時は最高だったわ。 使い魔たちがあんなに一杯集まって…。 ふふふふふふ…」
「☆☆…」
マジゴロウに取っても、先の渡りのモルドンとの戦いに参戦できた事は非常に幸運であった。
使い魔の第一人者と言うべきマジゴロウであっても、あれだけの数の使い魔が一堂に会する記憶はこれまで無い。
特に魔法少女研究会が手配した移動用の狭い車内で、使い魔たちと共に過ごせた時間はまさに天国であった。
愛らしい使い魔たちの姿を思い返しているのか、マジゴロウはガロロの白い目にも気付かず若干トリップしている様子である。
「☆、☆☆☆…、☆!?」
「え、ガロロ…。 きゃっ!?」
「☆☆☆っ!?」
不気味な笑みを浮かべている主の姿を意識して視界から逸らしたガロロは、改めて特訓を再開しようとしていた。
しかし次の瞬間、ガロロは何かに気付いたかのように顔を動かし、夜の闇に紛れている何かを睨みつける。
そのただならぬ様子にマジゴロウは正気に戻ったようで、彼女もガロロが見ている方向へ視線を向けた。
夜の牧場には光源が殆ど無く、頼りない月明かりだけではガロロが警戒している物が何なのか見えない。
ガロロは偵察のためか分身の一体をそちらに向けようとするが、その前に相手が動くのが早かった。
突如視界一杯に現れた眩しい光、極太の光線が彼女たちに向かって放たれたのだ。
突然の襲撃を受けたマジゴロウはその場で硬直してしまい、思わず目を閉じてしまう。
そんな彼女を救ったのは、愛する使い魔ガロロであった。
ガロロは主人を守るためにその体を押し倒し、分身たちを自分たちの周囲に配置して盾代わりにする。
しかしそんな薄い盾など関係ないとばかりに、残酷なまでに輝く光線がマジゴロウとガロロに襲い掛かった。
「☆☆☆っっっ!?」
「ガロロ!? いや、いやぁぁぁぁ!!」
ガロロの咄嗟の行動が功を成したようで、マジゴロウの体には傷一つ無い。
しかしその代償としてガロロの体に極太の光線が直撃したようで、その体は痛々しい程に爛れている。
愛する使い魔の惨状を目の当たりにしたマジゴロウの悲鳴が、牧場の敷地内に響き渡った。
そして光線が離れた方向から、この凶行を働いた下手人が姿を見せたのだ。
「っ!? わ、渡り…!?」
「ヲヲヲ…」
それは数日前にガロロが戦った、"渡り"と言う名の特異なモルドンであった。
巨大な口に長い尻尾、二足歩行の蜥蜴と言うべき異形の怪物。
その胸部には包帯がわりなのか、厚手の白い布を何重にも巻き付けていた。
渡りのモルドンの視線はマジゴロウの腕の中で苦しむガロロに向けられており、その目的は明白であった。
「に、逃げなきゃ…、あっ!?」
「ヲヲ!」
「☆、☆☆…」
状況を理解したマジゴロウはガロロを抱え、すぐさまその場から逃げようとする。
まずは牧場内の家屋へ逃げ込み、助けを呼ばなければならない。
しかしそんなマジゴロウの抵抗を嘲笑うかのように、渡りのモルドンは瞬間移動でもしたかのように一瞬で彼女の傍まで近寄る。
そして幾ら魔法少女と言えども、使い魔に頼れない今のマジゴロウが渡りのモルドンに対抗できる筈も無い。
渡りのモルドンが軽く腕を振るっただけでマジゴロウはあっさりと地面に転がされて、抱えたガロロを手放してしまう。
そしてマジゴロウが手を伸ばすより早く、ガロロの体は渡りのモルドンに奪われてしまった。
「止めて…、ガロロを、ガロロを…」
「☆…っ」
「ヲヲヲ!!」
「ガロロぉぉぉぉぉっ…、っ!?」
生身でモルドンから一撃を貰ったマジゴロウは、起き上がる事すらままならない程にダメージを受けていた。
満足に体が動かないマジゴロウは、それでもガロロを助けようと渡りのモルドンの方へと這いずる。
しかしマジゴロウの必死の抵抗もむなしく、渡りのモルドンはガロロのクリスタルに向かって口元を近づけていく。
目の前で愛する使い魔のクリスタルが喰われる瞬間を見せられたマジゴロウは、そのままノックアウトの衝撃で意識を失うのだった。
マジゴロウ…、真美子に取ってそれは辛い告白だったのだろう。
昨夜の一件を伝えるために喫茶店メモリーを訪れた真美子は、時折言葉を詰まらせながらもガロロの顛末を語ってくれた。
嗚咽を交えながらも語り終えた真美子は、そこで感情が堰を切ってしまったようだ。
人目を憚る事無く泣きじゃくる彼女の姿はとても見ていられず、その場に居た者たちは自然と彼女から目を逸らしていた。
「うぅぅ、ガロロ、ガロロ…」
「マジゴロウさん、これを使ってください…。 これは渡りのモルドンの復讐なんでしょうか?」
「どうかな…、多分そう単純な話では無いだろうな」
「何故、最初に襲われたのがガロロちゃんなのか…。 そもそもガロロちゃんの居場所をどうやって突き止めたのか…」
一緒に話を聞いていた友香は、涙が止まらない真美子に対して店のおしぼりを手渡す。
友香にマジゴロウの面倒を見て貰っている間に、千春と朱美は彼女から伝えられた情報を整理していた。
渡りのモルドンがクリスタルを壊された仕返しのために、あの戦いに参加した使い魔ガロロに襲い掛かった。
千春たちと共にマジゴロウの話を聞いていた友香は、これが渡りのモルドンの復讐であると考えたらしい。
しかし千春や朱美は幾つかの理由から、犯人はあの渡りのモルドンでは無いと考えているようだ。
「しかし万が一のことはあるわよ。 前の戦いに参加した子たちには、私の方から一応警告を伝えておくわ」
「頼むよ、朱美。 くそっ、やるしか無いか…」
「ガロロぉぉぉぉっ!?」
真美子は手の中にあるクリスタルの欠片、ガロロの遺体と言うべき物を強く握りしめていた。
しかしその欠片は僅かな量しか無く、殆どの部分は牧場に現れた渡りのモルドンに喰われたことは間違いない。
そして残念ながら真美子の手元にあるクリスタルだけでは、ガロロが帰ってくることは絶対に無い。
ガロロを再び彼女の元へ返すには、クリスタルを取り込んだ渡りのモルドンを倒すしかないのだ。
千春は戦友でもある使い魔ガロロを救うため、再び渡りのモルドンへ立ち向かう決意を固めた。




