5-1.
先の渡りのモルドンとの決戦は、またしても後一歩の所で相手に逃げられてしまった。
当然のようにその一件は動画サイトに投稿されており、千春は何時ものように衆目の目に晒される事となる。
渡りのモルドンの復活については評判になっていたこともあり、その動画はあっという間に沢山の視聴者とコメントで溢れかえった。
最終的に逃げられたものの、あの渡りのモルドンを追い詰めた千春たちの手腕を褒めるコメントも少なくない。
渡りのモルドンが持つクリスタルの片割れを砕き、千春たちは犠牲者ゼロという結果だけ見れば判定勝ちは拾える結果と言えよう。
しかし半分以上は土壇場で渡りのモルドンの逃走を許した、マスクドナイトNIOHを揶揄する内容が目立っていた。
「あーあ、後一歩だったんだけどなー」
「はいはい、残念だったのは分かるけど、これ以上は止めてきなさい。 この話を表で働いている友香ちゃんが聞いたら、凄く気にするわよ…」
「うっ…、分かったよ」
喫茶店メモリーでの日常に戻った千春は、奥の作業場で通販用の梱包作業を行っていた。
部外者である筈なのに普通に作業場へ入ってきた朱美と雑談を交わしながら、千春は次々にコーヒーを密封していく。
今回の戦いでは直接的な迷惑を被ったこともあり、コメント欄で好き勝手書いている連中に対しては思う所はある。
しかしそれ以上に千春自身が今回の結果を悔いているようで、有象無象の言葉など気にしている余裕は無いらしい。
だらだらと愚痴を零している千春が煩わしかったのか、朱美は友香を引き合いに出す事でそれをばっさりと遮る。
「…回収した渡りのクリスタルはまだ残っているぞ。 研究会の連中にでも調べさせるか?」
「消滅しないモルドンのクリスタルか…、あのオタク共が泣いて喜びそうよね…。 見せてやるのはいいけど、管理はあんたがしときなさいよ」
占いが外れた件もあって自分以上に落ち込んでいた少女の名前を出されては、流石に千春も引くしか無いらしい。
建設的でない愚痴を止めた千春は、朱美に対して預かり物の経過報告を行う。
先の戦いで使い魔ブレイブは、渡りのモルドンの胸部に埋め込まれたクリスタルを破壊した。
戦いの場となった建設現場から撤退する際に、千春たちは地面に散らばっていたクリスタルの欠片を回収していた。
そして千春の元に集められた漆黒のクリスタルは、数日経った現在でもその形を留めている。
普通であれば数分と持たずに消滅する筈の、魔法少女では無いモルドンのクリスタルが今も残っているのだ。
胸部と口内、二つのクリスタルを保持する異形の蜥蜴型モルドン。
しかし渡りのモルドンも最初からクリスタルを二つ持っていたとは考え難く、最初はあれもクリスタル一つのただのモルドンであったのだろう。
そして千春たちは渡りが本来備えていたクリスタルは、胸部のそれである事をほぼ確定していた。
基本的にモルドンのクリスタルは魔法少女が狙いやすいようにか、大抵は一目で分かる位置に埋め込まれているものだ。
口内などという分かりにくい位置にクリスタルを持ったモルドンの出現例は皆無であると、魔法少女研究会の連中も言っていた。
「そして口内のクリスタルを破壊したことで、奴の犠牲者だった魔法少女たちが力を取り戻した…。 そっちのクリスタルは魔法少女たちから取り込んだ、後付けのクリスタルなんだろうな」
「例の渡りに襲われた子は、未だに魔法少女の力を取り戻して無いそうよ。 口の中の方は無傷だからよね…」
「多分、次に戦う時はあの氷なんかの能力はそのまま残っているんだろうなー」
魔法少女のクリスタルを喰らい続けた渡りのモルドンは、口の中にもう一つのクリスタルを作り出した。
そこには取り込んだ魔法少女たちの力が込められており、それを破壊すれば彼女たちの力が戻るのは道理である。
そして胸部の方は渡りのモルドン本来のクリスタルであり、本体と言うべき箇所であろう。
残念ながらそこには魔法少女の力は使われていないらしく、破壊されても力を取り戻した者は居なかった。
千春の言う通り口内のクリスタルが残っている時点で、先の戦いで渡りのモルドンが使っていた能力は丸々残っていると考えるのが妥当だろう。
「普通のモルドンならクリスタルを破壊された時点で終わりだけど、奴にはもう一つのクリスタルがあったことで生き延びたわ。 そして魔法少女とモルドンのクリスタルが、同じ物って考えると…」
「多分、あいつのクリスタルは修復されるよな。 魔法少女のクリスタルと同じように…」
魔法少女のクリスタルは一度破壊されても、数か月程度の時間を掛けることでクリスタルの修復が可能である。
そしてモルドンのクリスタルがこれと同じ性質を持っているなら、渡りのモルドンのクリスタルも修復される可能性が高いと言う理屈だ。
普通のモルドンはクリスタルと命がイコールなので、クリスタルが破壊された時点で死が確定してしまい修復云々の話では無い。
しかし例外的にクリスタルを二つ備えている渡りのモルドンであれば、自身のクリスタルを修復する機会が生まれてしまう。
千春たちの仮説を裏付けるように、普通であればとっくに消えている筈の渡りののクリスタルの欠片は未だに存在していた。
「まあ、クリスタルのでかい欠片は俺が持っているんだ。 幾ら時間を掛けても、あいつのクリスタルは治らないさ」
「そうよね…、逆を言えばその欠片があれば渡りのモルドンは完全復活してしまう。 ちょっと不安だけど、あんたに預けておくのが一番安心よね…」
しかし魔法少女の例で言うならば、破壊されたクリスタルを修復するには幾つかの条件が必要となる。
破壊されたクリスタルの欠片もしくは残骸を一定量以上集めた上で、持ち主である魔法少女がそれを持ち続けると言うものだ。
逆を言えば破壊されたクリスタルの一部が奪われたら、魔法少女はクリスタルを修復することは不可能になる。
そして千春たちの手元には、魔法少女であれば絶対に修復は行えなくなる程度の漆黒のクリスタルの一部が回収されていた。
モルドンに魔法少女と同じ制約が当てはまるならば、渡りのモルドンは破壊された胸部クリスタルの修復は行えない筈だ。
「あんたのクリスタルコレクションがまた増えたわね。 ちょっとしたコレクターになっているんじゃない?」
「不本意ながらな…」
千春の手元には渡りのモルドンのクリスタル以外に、何人もの魔法少女のクリスタルの欠片が保管されていた。
それらは過去に千春が自らの手で破壊した、問題を起こした魔法少女たちのクリスタルである。
これを千春が預かっておかないと、彼女たちはクリスタルを修復してまた問題を起こす可能性があった。
警察でも何でもない千春が彼女たちを一方的裁くのは問題かもしれないが、魔法少女の案件を警察に任せる訳にもいかない。
仕方なく千春の方で破壊したクリスタルの一部を預かっているのが、その中に渡りのモルドンのクリスタルと言うレア物が加わることになったようだ。
研究会の連中であれば狂喜するようなコレクションであるが、千春としては厄介ごとを抱えた気分のようで自然に溜息をついていた。
雑談の方に夢中になってしまい作業の効率が落ちたので、千春は朱美との会話を止めて仕事に集中する。
このペースでは今日のノルマは達成できないと、手を動かすスピードを早めていく。
朱美は千春との話が一段落した所で店内の方に戻り、今頃は友香に絡みながらコーヒーでも飲んでいることだろう。
意識してペースを上げたことで後れは取り戻せそうだ、この調子でノルマを達成しようと千春は気合を入れ直す。
「た、大変よ、千春!! 今、マジゴロウちゃんから連絡が入ったんだけど…」
「はっ、マジゴロウ!? 一体何が…」
「ガロロちゃんが、ガロロちゃんが…」
しかし結論だけ言えば、千春が今日の作業ノルマを達成することは無かった。
店内の方に戻っていた筈の朱美が、血相を変えて千春の居るの作業場に現れたのだ。
その尋常でない様子にただならぬ気配を感じた千春であるが、悲しいことにその予感は間違ってなかった。
マジゴロウ、先の渡りのモルドンとの戦いで協力していた魔法少女。
朱美の元にもたらされた彼女からの悲報を受けて、千春は思わず手に持っていた梱包中のコーヒーを床にぶちまけてしまう。




