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俺はマスクドナイト  作者: yamaki
第一部 魔法少女専門動画サイト"マジマジ"
18/384

5-4.



 その日の夜、モルドンの出現場所へと移動した千春たちの姿があった。

 今回の舞台は街中から少し外れた農業地帯であり、上手く戦わないと作物に被害が出て農家の人に怒られてしまうだろう。

 千春・天羽・朱美・寺下の何時ものメンバーに加えて、今日はゲストとして甲斐と彩雲の姿もあった。

 どうやら甲斐から誘われたらしい彩雲は、初めて自分のデザインしたマスクドナイトNIOHの戦いを間近で見る事になるようだ。


「いよいよ戦いが始まるのですね! 矢城さんは前にも、マスクドナイトNIOH様の戦いを見たことがあるのですか?」

「いえ、戦っている所は私も初めてで…。 ちょっと楽しみです」

「このバカ春め、バカ春め…。 あれ、そういえばあの子はどうしたのよ?」

「痛っ、質問する時くらいは手を止めろよな、朱美。

 あいつは家で不貞寝しているよ。 今日は店の方で徹夜したから、散歩に付き合ってやれなかった事を根に持ってるみたいでさ…」


 バイトを押し付けられた事にお怒りの様子の朱美は、千春を小突きながらこの場に居ないシロについて尋ねる。

 女の細腕ながら意外にダメージがある朱美の拳に耐えながらも、シロが千春への抗議のために本日の戦いには不在であると説明した。

 千春が例の全話完走マラソンに参加していた関係で、今日の朝の散歩が出来なかった事を不満に感じているらしい。

 この調子だと明日の空のお散歩では、千春はシロから二日分の鬱憤をぶつけられてしまうに違いない。


「矢城さん…、それでマスクドナイトNIOH様は何処に?」

「えっ…、そういえば説明してませんでしたね」

「ははは、なし崩しで全話完走マラソンに行ったからね…。 まあ面白いから、本番まで黙ってようか」


 決定的瞬間を逃すまいとカメラモードの携帯を片手に、甲斐はまだ見ぬヒーローの登場を待つ。

 既にそのヒーローであるマスクドナイトNIOHこと千春は此処に居るのだが、どうやら甲斐はその事実を認識していないようだ。

 未だに小突かれ続けている千春のことなど眼中になく、彼女はまだ見ぬマスクドナイトNIOHに思いを馳せていた。

 よく考えてみたら天羽たちは、甲斐にマスクドナイトNIOHの中の人の事を話していない。

 その事実に思い至った天羽たちは、サプライズとして事実を伏せておこうと小声で話し合う。


「…いい加減止めろって、朱美! おい、レバーを狙うな、ピンポイントで当てられると普通に痛いんだぞ!?」

「人をいいように使った罰よ! 今日は新聞部での活動があったのに、いきなり呼び出してくれちゃって…」

「だからちゃんと謝っただろう。 くそっ、今日は遅いな…、さっさと出て来いよ…」」


 情報元は不明であるが、これまでのモルドンの出現場所・時間の情報はほぼ正確だった。

 千春たちは朱美から指示された場所に行けばモルドンが居て、そいつを倒すだけ良かったのだ。

 しかし今日は現場にまだモルドンの姿が見えず、千春たちは人気の無い農地のど真ん中で待っているしか無い。

 その間に千春の仕事を押し付けられた朱美の正当な報復を受け続けていた千春は、早くモルドンよ来いと心から願る。


「よ、よしっ! 来たみたいだぞ」

「ふん、あんたなんかモルドンにやられて死ねばいいのよ! このバカ春!!」


 時間こそ少々掛かったが、千春の願いは叶えられた。

 千春の指さした先、外灯がほとんど無い暗い畑の奥からまるで闇から自然発生したかのようにモルドンが飛び出してきたのだ。

 それは自然豊かな農業地帯に現れるに相応しい、四つ足の獣の姿をした異形である。

 短い脚と丸々太った体に口から飛び出た牙、名付けるなら猪型モルドンと言うべき存在だった。






 現れたモルドンを前にして、千春は他のメンバーを庇う様に一歩前へと出る。

 そして二本の指を立てた右腕を正面に構える、千春が考案したオリジナル変身ポーズを見せた。

 その瞬間にようやく甲斐は、登場を期待していたヒーローが既に居たことを理解する。


「さあって、お仕事だ…。 変身っ!!」

「…ぁ!?」

「兄さん…、頑張って下さい」

「■■■■■…」


 お決まりの動作と決まり文句と共に、千春の体が光に包まる。

 次の瞬間、そこには彼の妹である彩雲考案のマスクドナイトNIOHの姿がそこにあった。

 初めて目の前で見る変身シーンに甲斐は興奮のあまり絶句し、その横で彩雲は小さな声で兄に激励を送った。

 声ならぬ声で唸り声をあげる猪型モルドンに向かって、撮影中のギャラリーを背後に置いた千春が立ち向かう。










 その見かけからしたら、相手がしてくるのは巨体を生かした突進だろう。

 モルドンの動きを予想した千春はすぐさまフォームチェンジを行い、青色の鎧を纏うUNの型となって相手の動きを伺っていた。

 その予想は的中し、猪型モルドンは前方に牙を立てながら猛スピードで突っ込んできたのだ。

 急加速して迫る巨体は壁が迫りくるような圧力があり、距離を置いて戦いを見守る天羽達も肝を冷やす物だった。


「はっ、まさに猪突猛進って奴か!!」

「■■■■■っ!?」


 これがAHの型だったら相手の急加速に対応できずに、防御姿勢で耐えるしかなかっただろう。

 しかし事前に先読みして感知能力の高いUNの型になっていたことで、千春は一早く相手の動きに対応できた。

 サイドステップで突進攻撃を避けるだけでなく、交差のタイミングで両刃を展開したヴァジュラで相手を切りつけるおまけもお見舞いしてやったのだ。

 恐らく皮膚を削った程度のダメージであろうが、一方的にやれらたことに動揺したのかモルドンが狼狽えた様子を見せる。


「そんな芸の無い突進じゃあ、今の俺は捉えきれないぜ!!」

「■■■■…」


 普通の猪であればあそこまでスピードが出ていれば、即座に方向転換することは難しいだろう。

 しかし相手は人外のモルドン、並みの生物であれば足が折れんばかりの急制動で方向転換して千春に向かってきたのだ。

 再び迫り来る巨大な弾丸は、急制動を駆使して方向転換を繰り返しながら千春に向かってくる。

 前から左から右から背後から迫り来るモルドンだが、残念ながらその動きは間一髪の所でUNの型の感覚に察知されてすかされていた。

 柔よく剛を制すとばかりに、千春はひらりひらりとモルドンを紙一重で交わしながら少しずつ相手の体をヴァジュラで切り裂いていった。






 闘牛士の如きやりとりを繰り返して、一方的にな展開となってたことが千春の油断を誘ったのだろう。

 千春は相手の姿が猪とほぼ同じとは言え、それは猪では無くモルドンであると理解しておくべきだった。

 再び突進を避けられたモルドンは再び急制動をして、千春に向かって行こうとする。

 それを見た千春は慌てず相手がこちらに迫るタイミングを見計らうが、どういう訳かその対象が視界から消えたでは無いか。


「はっ!? しまっ…」

「■■■■っ…、■■!!」

「お兄さん!!」

「ああ、NIOH様!!」


 それは千春の油断…、相手が平面という二次元の動きしか来ないだろうという先入観にあった。

 モルドンの取った行動は簡単である、その場で大ジャンプをして上空からという三次元からの突撃を試みたのだ。

 平面の動きに意識を集中していた千春は突然の三次元の動きに着いていけず、気付いたときには既に落下中のモルドンが間近に迫っていた。

 猪型モルドンに圧し潰されそうになる千春の姿に、彩雲たちから悲鳴が漏れる。


「…っ、舐めるなよぉぉっ!」

「■■■■■■っ!!」


 結果として千春は無事であった。

 その姿は赤い鎧のAHの型になっており、寸での所でパワーと耐久力に優れたフォームとなって耐えたらしい。

 戦いの場所が農地だったことも幸運だったようで、その柔らかな土壌はモルドンの衝突に対するクッション効果になっていた。

 その自慢のパワーでどうにかモルドンの巨体を受け止めた千春は、そのままその巨体を地面へと投げ飛ばした。


「はぁはぁ、ビビらせやがって…。

 とっておきだ! 俺が密かに練習していた必殺技でとどめを刺してやるよ!!」

「あれ、なんか見た事のあるポーズだね?」

「あ、あの構えは…、まさか"牙蹴撃"をつもりですか!?」


 流石に身の危険を感じて消耗したのか、千春は先ほど感じた恐怖を誤魔化すように見栄を切る。

 そして投げ飛ばしたモルドンの方を向いて、右腕の三本の指を動物の爪のように見立てて構えた。

 その特徴的な構えに見覚えの有った天羽と甲斐は、それぞれに反応を見せる。

 同時に千春はモルドンの方に向かって、両足を前の方に出しながら全力で跳躍する。


「おらぁぁぁぁっ!!」

「■■■■■っっ!?」


 牙蹴撃、獲物を食いちぎるかのような挟み蹴りを行うマスクドファングの必殺技。

 どうやら千春はマスクドナイトNIOHの身体能力を駆使して、マスクド作品の劇中の技を再現したらしい。

 先ほどまでマスクドファングを視聴していた天羽たちが、この前振りを含んだこの技を知らない筈が無い。

 本人の言う通り本当に練習でもしていたのか、千春の両足はまさしく獣の上顎と下顎となってモルドンに噛みついた。

 AHの型の超パワーによって作れた両足と言う牙は、モルドンの体に埋め込まれた黒いクリスタルを容赦なく破壊するのだった。











 数日後、当然のように猪型モルドンとの戦いの様はマジマジに投稿されていた。

 マスクドファングの技を完コピしたその回は、マスクドファンの反響がそれなりにだったようだ。

 しかしマスクドファンの受けで言うならば、同時に投稿されたもう一つの動画の方が反響が大きかった。


「"宿題って言ったんじゃ…。 明日学校何だから、そろそろ寝かせて…"」

「"駄目です! マスクドファングの技を再現した動画を投稿するなら、マスクドファングの事を理解しなければなりません!!"」


 リアルでマスクドファングの技の再現したシーンを目撃したことで、甲斐に変なスイッチが入ったのだろう。

 マスクドファングを全話見るまでは例の戦闘シーンを上げてはならないと言う、良く分からない理屈でマスクドファングの全話完走を強制してきたのだ。

 甲斐の異様な圧力に抗えず、天羽はモルドンの戦闘後に再び喫茶店の休憩室でマスクドファングの視聴を再開することになる。

 半ばヤケクソ気味に"全話完走してみた"と言う題名で投稿された、天羽の徹夜全話完走マラソンの一部風景。

 目の下に隈を作って今にも死にそうな天羽と、画面外から声のみで視聴の継続を強要してくれる甲斐。

 この動画によって天羽に対するマスクドファンの印象が、ほんの少しだけ回復するのだった。




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