4-19.
主人公や仲間の体が光に包まれて、回復なり強化なりの効果を受ける光景はゲームなどでよく見られる表現である。
特撮オタクでありゲームもそれなりに嗜んでいる千春が、渡りのモルドンの体から放たれた光の効果をすぐに察せられた。
しかし千春が一足飛びにその結論へ辿り着いた理由は、以前に同じ光景を見ていた事が大きいだろう。
魔法学部で行われた対渡りのモルドンを想定した公開実験、そこで仮想渡りであるモルドンが受けた支援である。
繰り返すがこの手の表現は架空作品においては、ありがちなエフェクト演出と言えよう。
渡りのモルドンから放たれた光を見た千春は、以前に見たそれと同等の能力であると判断していた。
発動のタイミングこそ訝しみはしたが、過去に見たそれと同種の力を持つ魔法少女が渡りの被害にあったのだと素直に考えたようだ。
「Strength(強化)とQuick Heal(即時回復)の重ね掛け…。 今頃は渡りの奴、カードの反動に苦しんでいる所っすねー」
まさか渡りのモルドンが受けた支援効果が以前に魔法学部で見たそれと同一の物であるとは、千春は夢にも思わなかっただろう。
そこは何処かのビジネスホテルの一室のようで、狭い室内はシングルベッドと小さな机が置かれている。
魔法学部の雇われ魔法少女である彩花はベッドの上に腰掛けながら、クリスタルが光るカードケースを弄んでいた。
とあるカードゲームを元ネタにしている、他者への支援に特化した能力が彼女の魔法少女としての持ち札である。
その効果は非常に強力であるが、その代償として支援を受けた者の肉体へ莫大な負荷が降りかかってしまう。
一つの支援効果だけでもキツイのに、渡りのモルドンには肉体強化に加えて即時回復まで施したのだ。
即時回復は千春たちにも明かしていない切り札の一つだが、急速に回復した反動があれ過ぎて使い処が限られている産廃カードでもある。
そろそろ渡りのモルドンの体にその反動が襲い掛かっている頃であり、何処かで悶え苦しんでいるに違いない。
「ま、命があるだけましっすよね。 さて、お仕事完了の報告っと…」
彩花はカードケースをベッドの上に置き、代わりに取り出した携帯を操作して電話を掛けた。
電話は僅か数コールで繋がり、彼女は雇い主である男に対して完了報告を行う。
「…こっちの仕事は終わったっすよ。 お望み通り、渡りのモルドンは無事に逃がしたっす。
いやー、流石はNIOHって所っすねー、うちの介入が無ければ渡りはやられてたっすよ」
「ご苦労様、彩花くん。 今日は予定通りそちらで一泊して、明日ゆっくりと帰って来なさい。
ふふふ、どうやら矢城さんたちは順調に力を付けているようだ。 我々も協力した甲斐があったものだね」
「敵に塩を送ってどうするんすか…」
魔法学部の粕田教授、配下である魔法少女彩花に対して渡りのモルドンの救出を依頼した彼女の雇い主だ。
粕田は無事に仕事をこなしてくれた彩花を労い、渡りのモルドンを討伐寸前まで追い込んだ千春たちを褒めたたえる。
表向きは千春たちに色々と協力している魔法学部の教授としては、彼らの活躍は喜ばしいことなのだろう。
しかし裏側で働いている彩花としては、後に敵対する可能性が高い千春たちに力を付けて欲しく無いのが本音であった。
魔法学部の下で働く様になってから、彩花は様々な仕事を命じられてきた。
下手な好奇心は身を亡ぼすことになるので、基本的に彼女は仕事の目的や背景などは出来るだけ気にしないようにしている。
しかし今回はそんな彩花のポリシーを覆してでも理由を尋ねたい程の、非常に不可思議な命令であった。
「しかし…、どうして此処までして渡りのモルドンを助けようとするんすか? 渡りやNIOHの情報を外に流すだけなら兎も角、うちまで派遣するなんて…」
「情報操作だけでは不十分だと思いましたからね、あなたの派遣は結果的に大正解でしたよ。 困るんですよ、今渡りのモルドンに居なくなられたら…」
どうやらネット上で流出した千春や渡りのモルドンの情報は、魔法学部が意図的に流した物であった。
その目的は千春たちの妨害、彼らは此処で渡りのモルドンが退場することを防ぎたかったらしい。
思惑通り千春たちは街に現れた馬鹿者たちの存在によって、予定を大きく狂わされることになってしまう。
念には念を入れて実働部隊である彩花も派遣した所からみても、魔法学部の本気度が窺えるだろう。
「…例の偽渡りを使う少女のためっすか? どうしてあんな余命幾ばくも無い子に、そこまで執着するんすか?」
「だからですよ。 死を間近に控えた魔法少女、これは貴重な観察対象です。
知っていますか、彩花くん。 魔法少女が誕生してから十年以上経った今現在、未だに魔法少女の死者が出ていないんです」
死んだ魔法少女の呪いなどと言う噂が流れたこともあるが、粕田が知る限り魔法少女が死亡した例は皆無である。
そもそも魔法少女は十代の若い少女を対象に力が授けられており、基本的に病気などと縁が無い健康な人間が対象となるようだ。
危険と隣り合わせに見える魔法少女であるが、モルドンとの戦力差を考えれば彼女たちが死ぬことはあり得ない。
渡りのモルドンと言う例外もあるが、あれはクリスタルにしか興味ないのでそれを失った抜け殻に手を出す事は無かった。
精々クリスタルを破壊されてノックアウトされるのが精々であり、これまで魔法少女は死とは無縁の存在と言えた。
「死とは無縁の健康な少女、それが魔法少女として選ばれる条件の一つでした。 しかし神の気まぐれか最近になってこの条件を満たさない、病に冒されている二人の少女が魔法少女として選ばれた。
近い未来に死ぬことが運命付けられた少女に、魔法少女の力が授けられたのは何故か。 私は彼女たちを観察することで、魔法少女の力を管理する何かにより近づけると考えているのですよ!!
そしてその内の一人が十全に活動するためには、渡りのモルドンと言う駒はまだ盤上に…」
「はぁ…」
電話越しなどで表情は分からないが、恐らく今の粕田は目を爛々と輝かせながら喋っている事だろう。
外面を取り繕うのが得意な教授が決して人には見せる事の無い、マッドサイエンティストとしての本性を曝け出した素顔。
彩花は下手な好奇心を出して、粕田のスイッチを入れてしまった事を心底後悔していた。
この状態となった粕田と下手に付き合えば、このまま一晩中彼の研究とやらの話を聞き続けなければならない。
「と、とりあえず仕事の報告はこれで終わりっす。 もう休むから、これで失礼するっすよ」
「待ちたまえ、彩花くん。 まだ話が…」
魔法学部の暗躍を漏らす訳にはいかないので、粕田が裏の研究の話が出来る相手は限られている。
研究について語る機会に飢えていた粕田は、今まで聞いた事の無いような焦った声で彩花の暴挙を止めようとする。
しかし彩花は容赦なく話を中断して、そのまま携帯の電源を落としてしまった。
既に給料分の仕事はしており、金にならない無駄話に付き合う義理は無い。
携帯を放り出し彩花は、そのままベッドの上に倒れ込んでしまう。
「はぁ、すっかり悪の組織の一員っすね。 ヒーローに倒されるのも時間の問題っすよー、これは。
あぁぁぁ、なんでこんなことにぃぃぃぃ!!」
どう考えても魔法学部の裏の活動は悪の組織のそれであり、彩花は組織の下っ端兵士の役割である。
魔法少女が沢山いるこの世界には、悪の組織と戦うに相応しい人材は事欠かないだろう。
そしてその中でもマスクドナイトNIOHという、魔法学部に関りも深いはまり役のヒーロー様が居るのだ。
諸々の事情で彩花は魔法学部の下から離れられないのだが、この先も自分が無事で居られるとは到底思えない。
あのマスクドナイトNIOHに断罪される自身の姿を想像してしまった彩花は、枕に顔を埋めて不快な想像を打ち消そうと試みた。
これで今回の話は終わりです、第三部もいよいよ佳境ですね。
暗躍する魔法学部、そして謎多き二体の"渡り"たち…。
マスクドナイトNIOHこと千春の前に、どのような展開が待ち構えているか!?
次話の開始は1~2週間後くらいだと思いますが、次回もよろしくお願いします。
では。




