4-15.
渡りのモルドンとのこれまでの攻防によって、幾つか判明したことがある。
まず3か月ほど前に魔法学部に現れた渡りのモルドンは、やはり目の前のそれとは別物である可能性が高い。
魔法学部の時に見せた高速移動や極太ビーム、それらは渡りに取っては既に場に出した札の筈だ。
その力を出し惜しみする理由は無いのに、この渡りは一度もその力を使う素振りを見せない。
この渡りがそれらの能力を備えておらず、あの時の渡りとは別物であると考えるのが自然なのである。
「くそっ、あのレベルの奴がもう一体居るのかよ…。
まあいい…、今はこいつが最優先だ。 光弾に氷、後はどんな能力がある…」
そして重要な点がもう一つ、あの渡りのモルドンは半年前の戦いで使っていた能力を失っている。
あの半透明の障壁は勿論、自身の死角を完全にカバーして千春たちの奇襲を防いだ感知能力もそうだ。
仮にあの感知能力が残っていたなら、先ほどのリューの奇襲は通じなかった筈である。
代わりに光弾や氷という厄介な能力を手に入れたようだが、千春としてはあの感知が消えた事実は非常にラッキーな事であった。
何しろあの感知能力の有り無しで、千春たちの切り札の一つが通じる確率が大きく左右されるからだ。
「ヲヲヲッ、ヲヲ!!」
「来る、分散しろ!!」
リューの一撃によって崩された体勢を立て直した渡りのモルドンは、再びその周囲に十数のエネルギー弾を生み出した。
渡りのモルドンから距離を置いた所で体の凍結は収まったので、恐らくあの氷の能力の方は効果範囲が狭いのだろう。
近づけば氷漬けにされて、離れたら光弾に襲われる。
流石に狙った訳では無いだろうが、中々使い勝手のいい能力を手に入れたものだ。
千春は迫り来る光弾をヴァジュラで切り払いながら、これらの能力をどのように攻略するか検討していた。
あの氷の盾は前回の障壁と比べれば脆く、実際に千春のヴァジュラはあの氷柱を砕く寸前までいった。
しかし流石に一瞬で砕けるほどには柔くは無く、そして時間を掛けている間に千春自身が凍らされてしまう。
やるなら先ほどのような別々の箇所を襲う分散攻撃では無く、千春たちの攻撃を一点に集める集中攻撃だろうか。
時間を掛ければ魔法少女一人分の力でも砕ける脆い盾なら、複数人がかりなら一瞬で突き破れるに違いない。
「その隙をどうやって作るか…」
「…あ、NIOHが居たぞ!」
「やっぱり此処に居たんだ! すげぇ、本当に戦っているよ」
「何かちょっと寒いな…、氷?」
「……はっ?」
千春が渡りのモルドンの攻略方法を必死に考えていた所、それを邪魔するように予期せぬ客人が登場する。
少し前に千春たちが待機していた駐車場にも来ていた、自分がどれだけ危険なことをしているかが理解できない馬鹿な野次馬ども。
明らかにそれと同類の若者たちが唐突に、渡りのモルドンとの戦いの舞台となっている建設現場に入ってきたのだ。
彼らは当然のように千春たちに向かって携帯やらカメラを向けながら、その場に平然と居座ってしまう。
予想外の事態に千春は呆気に取られてしまい、一瞬渡りのモルドンの事も忘れて棒立ちになってしまっていた。
子供なら既に床に就いているような時間帯であるが、街から人が完全に消えた訳では無い。
千春と渡りのモルドンの追いかけっこは、当然のように一般市民にも目撃されていた。
そもそも渡りのモルドンがこの辺りに来ていることや、それを討伐するためにマスクドナイトNIOHが来ていることはネット上で盛大に拡散している。
断片的にSNS上に投稿された情報を頼りに、野次馬たちが千春の元に辿り着くのは時間の問題だったのだ。
「ヲヲヲッ!」
「…しまっ!?」
建設現場に現れた野次馬たちに気を取らていた千春に向かって、渡りのモルドンの光弾が容赦なく襲い掛かる。
千春がそれに気づいたときには、もう光弾はすぐそこまで迫っていた。
もう回避も迎撃も間に合わず、千春は歯を食いしばって衝撃に耐える準備する。
「…○○!!」
「うわっ…、助かった。 シロ!!」
間一髪でそれを救ったのは、それまで千春の指示通りに空中で一定の距離を保っていたシロである。
主の危機を前にしたシロは千春に向かって急降下し、その機械羽で千春の体を拾い上げたのだ。
光弾をやり過ごした所で地面に降ろされた千春は、自身の危機を救った相棒に向かって感謝を述べる。
「おいおい、しっかりしてくれよ。」
「そんなんで渡りを倒せるのかー」
「マスクドヒーローの名が泣くぞー!!」
「あの糞どもぉぉぉぉ…。 否、落ち着け落ち着け。 今は渡りに集中だ、集中ぅぅぅ!!」
今の千春の失態を見ていた野次馬たちは、口々にその失態を責め立てていた。
確かに傍から見た渡りのモルドンから気を逸らしていた千春のミスであるが、その原因を作ったのは誰だと思っているのか。
今夜は渡りのモルドンによる犠牲者が既に一人出ており、そんな危険な存在の元に自分から好き好んで近付いてきたのだぞ。
何も理解していない馬鹿者どもに怒りが沸き上がるが、残念ながら今はあんな連中の相手をしている場合では無い。
千春は渡りのモルドンに集中するため、あの連中のことを頭の外から追い出そうと試みる。
「…ヲヲ? ヲ!!」
「あれ…。 何か渡りがこっちを見てないか…」
「へっ…」
「うわっ!?」
「なんでこっちに…、相手はあっちだろう!!」
しかしそんな野次馬たち向かって、予想外の方向から天罰が落ちた。
千春に対して野次を飛ばしていた若者たちの存在に気付いた渡りのモルドンが、彼らに向かって光弾を放ったのだ。
流石に千春たちよりは脅威度が低いと判断したらしく、飛ばされた光弾は僅か一つだけである。
渡りのモルドンとしては目障りの蠅を払いのける程度の行為なのだろうが、魔法少女ですらない一般人に取っては致命的だった。
慌ててその場から飛び退いた若者たちは、悪運が強いようで奇跡的に犠牲者は出なかったようだ。
しかし先ほどまで彼らの居た地面に光弾が命中したようで、その抉れた地面を前に彼らの表情が一変する。
仮に後一歩その場から離れるのが遅れたら、彼らの体は眼下の地面のように抉れてしまったのだろう。
「ひぃぃっ、でけー穴ぼこが出来たぞ」
「お、おい、渡りがまだこっちを見てるぞ」
「お、俺は帰る。 こんなところに居たら、命が幾つあっても足りないよ」
「それでも正義のヒーローか! マスクドヒーローなら、か弱い市民を守れよな!!」
「あいつら…」
流石に先ほどの一撃は肝が冷えたらしく、若者たちは文句を垂れながらも足早と退散していく。
千春は反省する様子が見られない若者たちの醜態に呆れると同時に、渡りのモルドンに感謝する気持ちが僅かに芽生えていた。
しかし流石に渡りのモルドンを見逃す訳にはいかず、仕切り直しの意味も込めて千春はヴァジュラを構えながら渡りのモルドンを睨みつけた。
千春たちを邪魔するために来たようなあの若者たちであるが、彼らの行動は意外な所で役に立っていた。
あの建設現場に居た短い時間であるが、彼らは千春たちと渡りのモルドンの戦いの風景を撮影している。
そして現代人の性か、建設現場から逃げ出した彼らは自慢げにその映像をSNS上に投稿したのだ。
それは命懸けで撮影してきた記録と言う、自分たちの行動を美化したとんでもない内容ではあった。
しかし彼らがそれを投稿にした事によって、千春たちの現在位置がネットの世界に上がったのだ。
「…見つけた! バカ春の居場所が分かったわよ!! すぐに友香ちゃんたちに連絡を入れて」
「り、了解です!!」
「バカ春め…、子供じゃ無いんだから"報連相"くらいは守りなさいよ。 いっその事、あいつに発信機でも付けておいた方が良かったかしら…」
SNSなどのネット上で網を張っていた朱美は、即座にその情報を見つけたらしい。
緊急事態であることは理解しているが、こちらへの連絡を怠って暴走していた馬鹿者の現在地点をようやく把握できた。
朱美は一緒に情報収集していた魔法研究会のメンバーと共に、即座に他の魔法少女たちに伝えた。
今回の話の山場に入ったので、更新間隔を早めました。
次は木曜には投稿出来ると思います。
では。




