4-12.
普通の魔法少女でもやり方によっては、あの渡りのモルドンから逃れることが可能だ。
それは実際に渡りのモルドンから逃げきって見せた、この街の魔法少女である丹心がその身を持って証明している。
どうやら花梨はあの丹心の逃走劇を映像を通して見ていたのか、逃げる花梨は咄嗟に彼女の動きを真似ていた。
右折左折を繰り返して、障害物の無い長い直線の追いかけっこをしないように意識する。
丹心と同じ自分自身を強化するタイプの魔法少女であった事も幸いして、花梨はどうにか渡りのモルドンの魔の手から逃れられていた。
「ひぃ、行き止まり!?」
「ヲヲヲ…、ヲヲ!!」
しかし残念ながらあの時の丹心と現状の花梨では、前提条件から大きく異なっていた。
元々地元であった丹心と違い、花梨は今日初めてこの街にやって来たのだ。
土地勘などある筈も無く、ただ闇雲に逃げていればこのような結果になるのは当然だろう。
無情にも花梨の目の前で道は途切れて、彼女は袋小路に嵌まり込んでしまったようだ。
そして背後には彼女の胸元のクリスタルを狙って、執拗に追ってきた異形の影がすぐ傍まで迫っている。
「こ、来ないで…」
「ヲヲヲヲヲヲ!!」
「いや、いやぁぁぁぁっ!!」
花梨が悲鳴を上げるのと、渡りのモルドンが彼女に向かって飛び掛かるのはほぼ同時だった。
魔法少女としての力を引き出している今の花梨でも、相手が渡りのモルドンでは分が悪い。
渡りのモルドンに押し倒された少女はそのまま力尽くで動きを封じられてしまい、幾ら力を振り絞ってもびくともしない。
そして彼女の胸元にぶら下がる特別の証、クリスタルに向かって口元を近づける渡りのモルドンの姿を見ていることしか出来ない。
他に誰も居ない夜の袋小路で、少女の甲高い叫び声が響いた。
夜の街を飛び回る、機械翼を生やした白いバイク。
地元魔法少女である美湖の案内を受けて、シロに乗ったマスクドナイトNIOHこと千春が渡りのモルドンの元へと向かう。
美湖の腕の中には小型犬サイズの日常モードとなったガロロが収まり、他の使い魔たちは戦闘モードのまま千春の周辺を飛び回っていた。
先ほど確認したSNS上の動画を見る限り、渡りのモルドンは何処かの魔法少女を追いまわしていた。
魔法少女があのまま逃げ続けていたら、渡りのモルドンたちが映像に撮られた位置から移動しているのは確実であろう。
美湖の案内でまずは映像に出ていた地点まで辿り着いた千春たちは、そこを起点に未だに渡りのモルドンの痕跡を探していた。
「…居たか!?」
「駄目、何処にも居ないわよ…」
「くそっ、何処に居るんだ!!」
地上の様子を確認できるように低空を飛びながら、千春と美湖は渡りのモルドンの姿を探し続けていた。
しかし渡りのモルドンやそれに追われている魔法少女の姿は中々見付からず、千春たちの間に焦燥が広がっていく。
「ぉーい、おーい! こっちだぁぁぁ、こっちに来てくれぇぇ!!」
「っ!? 誰かが下から呼んでいるわよ? 何か必死そうだけど…」
「何かあるな…。 降りるぞ、捕まっていろ」
「う、うん…」
そんな時に上空に居る千春に気付いた地上に居る若い男が、千春たちに向かって声を掛けてきたのだ。
距離があるので表情までは把握できないが、その必死さが感じられる声の調子からただの冷やかしとも思えない。
千春は自分たちに用があるらしい男から話を聞くために、シロと共に降下していく。
そこは大通りか外れた狭い道路であり、周囲には男以外の人影は見当たらなかった。
「おい、何の用だ。 くだらない用だったら…」
「お、俺、見たんだ!! そこの角に魔法少女と化け物が入って行ったのを…。 あそこは行き止まりなんだ、それで少し前にあっちから悲鳴が…。 俺、怖くて近寄れなくて…」
「何時だ!!」
「す、数分前…」
これが悪ふざけなら覚悟をしろと、千春は声を荒げながら男に問い詰める。
既にマスクドナイトNIOHの姿となっている千春から凄まれた男は、僅かに声を震わせながらも話を止めない。
結果的に千春の心配は杞憂に終わり、男は千春が一番求めていた情報を齎してくれた。
男の指差す曲がり角の先には車一台分の幅しかない狭い道が伸びているようで、此処からでは見えないがその先は袋小路になっているらしい。
その怯えた表情が男の話に信憑性を与えており、これが大嘘なら男はハリウッドレベルの俳優であろう。
しかし男の話が事実であれば、あの追われていた魔法少女の状況は最悪と言っていい。
一刻の猶予も無いと判断した千春は、次の瞬間にシロと一体化した愛車のアクセルを回していた。
「ちぃ…。 このまま行くぞ!!」
「え、えぇぇぇっ!!」
魔法少女なら何とかなるだろうと、後ろに乗っていた美湖の返事を待たずに千春は男が言っていた曲がり角へと愛車を走らせる。
そして千春がその袋小路に辿り着いた時、一目で自身の失敗を悟った。
地面に転がったまま身じろぎしない少女、そしてその近くで何やら口を動かしている蜥蜴型モルドン。
衣装が魔法少女のものでは無く普通の服装になっているが、あの顔は動画で撮影されていた魔法少女に違いない。
状況から見て彼女はこの袋小路に追い込まれて、渡りのモルドンにクリスタルを喰われてノックダウンさせられたのだろう。
千春は怒りの余り思わず悪態をつきそうになるが、寸前の所でそれを留めて目の前の状況を観察する。
どうやらモルドンはあの少女から奪ったクリスタルの味に夢中らしく、現れた千春たちのことにも全く気付いていない様子だった。
この街には魔法少女すら餌にする危険な渡りのモルドンが潜んでいる事実は、SNSを通して既にネット上で拡散していた。
あの魔法少女が偶然この街を訪れたとは思えず、ネット上の情報を見てわざわざ此処まで渡りの餌になりに来たのだろう。
言ってしまえばこの結果を招いたのは彼女自身の選択であり、この結果は自業自得だと評する他は無い。
しかし遠目で見る限り、あの魔法少女は凡そ中学生くらいの年頃であろう。
未熟な子供が過ちを冒す事は仕方のないことであり、それを正してやるのが大人の役目である。
「…渡りはこっちが引き付ける。 その間に3号はあの子を運んでやれ、いいな」
「えぇぇ…。 わ、分かったわよ…」
「俺はこれから…」
仮にもマスクドナイトの名を背負い、曲りなりにも成人男性である自分が子供を見捨てる訳にはいかない。
即座に渡りのモルドンの犠牲者になった少女の救出を優先することに決めた千春は、小声で後ろに居る美湖と即興で段取りを立てる。
本当であれば未だに周辺を探索中の使い魔たちを呼びたいが、一刻も早くあの魔法少女を渡りの傍から離す必要があるだろう。
流石にこの状況で名前のことを突っ込む気は起きないのか、美湖は少し言葉に詰まりながらも素直に千春の話を聞いていた。
渡りのモルドンの楽しい食事を邪魔したのは、夜の闇を切り裂く雷光であった。
流石に自身の身の危険には気付いた渡りのモルドンは、咄嗟にその場を飛び退いてその光弾を回避する。
食事を邪魔された渡りのモルドンは、明らかな怒気と共に銃撃があった方を睨みつけた。
そこには銃型に変形させたヴァジュラを構える赤い鎧の戦士、マスクドナイトNIOH・AHの型の姿があるでは無いか。
「よぉ、久しぶり!! 会いたかったぞぉぉぉ、渡りぃぃぃっ!!」
「○○○○!!!」
「…ヲ、ヲヲヲヲヲヲっ!!」
渡りのモルドンを自分の方に引き付けるため、千春は隣に並ぶシロと共に挑発的に叫びながらヴァジュラを連射する。
迫り来る銃弾に対して渡りのモルドンは怒りの咆哮と共に、凄まじい速さで千春の元へと向かって行った。
後退していく千春を追って渡りのモルドン袋小路を飛び出すと、見付からないように角に隠れていた美湖が入れ替わる様に袋小路に入る。
彼女の魔法少女としての能力なのか、そのスピードは凄まじいものでまさに早業であった。
作戦通りに美湖が渡りのモルドンの犠牲者の元に向かったことを確認した千春は、彼女たちから離れるためにバイクに跨りながら牽制の銃撃を続けていく。
レビューのお陰で一気にポイントが増えたので、調子に乗って早めに更新してみました!
これでストックが尽きたので、多分次の更新は土日になります。
土日までに時間が取れたら、もう一回くらいは更新しておきたいですが…。
では。




