4-8.
日が完全に落ちた夜空には、薄雲が掛かった月明かりだけが見える。
千春は何気なく視線を上に向けて、前に渡りのモルドンとやり合った時も曇り空だったと思い返す。
最も月明かりだけが光源であった前回の土手とは違い、今回は比較的に街中に近いこともあって街灯が設置されていた。
そこは地元大型商店の駐車場であり、既に閉店時間を過ぎたそこに停まっている車は殆ど無いようだ。
戦場になるかもしれない周辺の様子を見渡しながら、千春は友香が占いで出た渡りかもしれないモルドンの出現を待ち続ける。
「NIOHさーん!! こっちを向いてぇぇ!!」
「気取ってるんじゃねーぞ!」
「おいおい、まだ渡りは来ないのかよ!!」
「入らないで、危ないですから…」
「モルドンとの戦いに巻き込まれたくないなら、もう少し離れて…」
「なんで美湖がこんな事を…」
戦いの準備と言う名目で逃避していた千春を、後方から聞こえて来る騒めきが容赦なく現実に引き戻した。
明らかに嫌そうな表情で声の方を向けば、そこにはマスクドナイトNIOHと渡りのモルドンとの戦いを見物に来た馬鹿者たちが居るでは無いか。
彼らは手に携帯やら高そうなカメラを構えながら、モルドンを待ち構える千春の姿を撮影しようと試みる。
そんな邪魔者たちを千春から遠ざけるため、魔法少女研究会の面々が自主的に壁となってくれているのだ。
現地調達したカラーコーンを並べてモルドンの出現予定地点を隔離した上で、彼らは野次馬たちが近づかないように体を張って立ち番をしている。
私有地を勝手に占拠したことは後で問題になりそうだが、魔法少女・モルドン絡みの案件と言うことで許して欲しいものだ。
千春たちを守る人壁の中にはこの地域を縄張りとしているらしい、地元魔法少女の美湖も涙目になりながら混ざっていた。
「…大丈夫ですか、あれ?」
「研究会の連中だけなら兎も角、地元魔法少女の3号が居るから大丈夫だろう。 あの連中もモルドンや魔法少女の怖さは分かっている筈だから…。
ただ渡りとの戦いになることを考えるともう少し距離を取って欲しいんだが、まあ何かあっても自己責任って事だろうが…」
SNS上に拡散されたモルドンの出現時刻が近付くにつれて、明らかに野次馬の数は増えていた。
集まってくる愚かな人々の姿にマジゴロウこと真美子は、不安そうな表情を浮かべていた。
一方の千春はあんな馬鹿な連中がどうなっても知るかと言う、ヒーローに有るまじき発想もあって彼女ほど気にしていない様子だ。
それにあそこで野次馬たちを相手に頑張っている地元魔法少女の美湖が居れば、最悪の事態が起きることも無いだろう。
カラオケ店で遊んでいる間に、千春たちの間で3号という身も蓋も無い渾名が定着した美湖は既に例の侍スタイルになっている。
明らかに魔法少女の衣装を着た彼女に逆らう者が、魔法少女の存在が認知されている今の世の中にどれだけ居るだろうか。
加えて万が一の事態があれば千春が出張ってくることは確実であり、彼らは不満そうにしながらも大人しく研究会の指示に従っていた。
「その話だけど…、どうやら事態はもう少しややこしくなりそうよ」
「…これ以上、何が悪くなるんだよ」
「どうやら今回の馬鹿騒ぎは、魔法少女たちの間でも話題になっているようなのよ。 渡りのモルドンが絡んでいるから、当然と言えば当然かもしれないけど…」
「本当、バズってるわねー。 SNSで話題沸騰よ、マスクドナイトNIOHの渡り討伐作戦の話は…。
流石に有名どころは居ないけど、マジマジで活動しているマイナーな魔法少女も何人かこっちに来ているみたいよ。 もしかたら渡り討伐の名誉を奪うために、乱入してくるかもしれないわね」
予想外の事態を受けて既に精神的にダメージを受けていた千春は、お世辞にも良いとは言えない朱美の表情を見て何かを察する。
今回の馬鹿騒ぎを事前に予測できなかった負い目のある朱美は、何処か弱弱しい口調で更なる事態の悪化を伝えてきた。
普通の一般人であれば魔法少女の力があれば対処できるが、相手が同格の魔法少女になると話は違ってくる。
場合によっては渡りのモルドンと一緒に、渡りの首を狙う無謀な魔法少女の相手をする事になるかもしれないのだ。
朱美と共に先ほどまで携帯で情報収集をしていた、有名ゲーム配信者のTreeこと里津の楽し気な様子を見て千春は内心で殺意を抱いてしまう。
「今の話はあっちの連中にも伝えておけよ。 あーあ、なんでこうなるかなー」
「何かあったら、私とガロロもサポートしますから…」
「私のブレイブは渡りのモルドンとしか戦わないわよ。 そういう約束だし…」
「はいはい、分かっているよ。 やるしか無いって事だよな…」
今回の渡りのモルドンとの戦いに向けて、千春が声を掛けた助っ人魔法少女の二人。
マジゴロウの方は千春に好意的であるが、Treeの方はあくまでビジネスライクな態度を崩さない。
自身との付き合いの差も大きいだろうが、実に対照的な二人の少女と言葉を交わしながら千春はなるようになれと半ばヤケクソ気味に覚悟を決めていた。
先にも説明した通りウィッチこと友香が占いによると、今夜この地域に二体のモルドンが同時刻に出現するらしい。
近いエリア内にモルドンが同時に出現する例は殆ど無く、これは極めて異例な事態と言えた。
そして先日にこの近くで渡りのモルドンが出現した事実を踏まえると、現れる二体のモルドンの片割れが渡りである可能性が非常に高い。
しかし残念ながら友香の占いでは、現れるモルドンの種類までは特定することは出来ない。
そのため千春たちは二か所のモルドン出現予測地点のどちらに渡りが現れても、問題無く対処できる布陣を敷く必要があった。
「よし。 最終点呼だ…、番号!!」
「〇!」
「□□!」
「☆☆☆!」
「▽▽▽▽!」
「。。。。。!」
二面作戦の一方を担当することになる千春は、共に戦う仲間たちに点呼を呼びかける。
マスクドナイトNIOHこと千春の相棒である、顔の無い犬のぬいぐるみような姿のシロ。
かつて千春と共に渡りのモルドンと戦った経験もある、小型のドラゴンの姿をしているリュー。
マジゴロウが運営する使い魔専門のファミリアショーの顔である、本来は狼型であるが今は小型犬にしか見えないガロロ。
とある誤解があって千春と矛を交えたこともある、普通の犬には存在しない翼を持つスカイ。
そして取り込むクリスタルの種類に差異はあるが、ある意味で渡りと同種の存在と言っていい鳥の姿をしたブレイブ
魔法少女の使い魔たちは千春の前で綺麗に横一列に並びながら、それぞれ奇妙な鳴き声で千春の声に応じていた。
「ああ、可愛いぃぃぃ! 今のやり取りは最高ですよ、NIOHさん!!
使い魔がこんなに一杯居るなんて、なんて幸せなのぉぉっ!! あ、後で私のチャンネルにあげてもいいですよね?」
「……」
そんな千春の使い魔たちのやり取りは、使い魔を愛しすぎているマジゴロウにはクリーンヒットだったようだ。
先ほどまで千春や作戦の成り行きを心配していた姿が嘘のように、愛らしい使い魔の姿に夢中になっていた。
嬉々として使い魔たちの姿をカメラに収めるマジゴロウこと真美子の様子に、里津は若干呆れている様子である。
そんな彼女の白い目にも気付く事なく、マジゴロウさんは実に楽しそうに使い魔たちを愛でるのだった。
先週は日曜の更新をすっぽかしてすみません…。
世間がウマ娘に熱狂している中で、一人ダビスタ熱が再燃して日中ダビスタしてました…。
お陰で念願のダービー馬を作れましたよ、レースに勝つまで滅茶苦茶リトライしたけど…。
基本はリトライなしでやっているのですが、ダービーだけは何度やっても勝てないので禁を破った次第です。
では。




