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俺はマスクドナイト  作者: yamaki
第三部 "渡り"事変
153/384

3-7.


 劇場版マスクドメビウスの撮影スタッフも、偽NIOHに狙われている現状に困っていたのだろう。

 千春が用心棒役を買って出てくれたことは、彼らにとっては渡りの船になった。

 こうして誕生したのが臨時の新米スタッフであり、千春はその日から撮影現場で働く事となる。

 新米スタッフとして撮影に常に張り付き、脅迫犯を待ち構えると言う単純な作戦だった。


「…店のことはいいから、君はそっちに集中しなさい。 マスクドシリーズの看板に泥を被せた、その不逞の輩を必ず捕まえなさい」

「は、はい!!」

「うわっ…」


 千春が暫く仕事を離れて、劇場版マスクドメビウスの撮影に張り付くことを喫茶店メモリーの店長は快く認めてくれた。

 オールドエイジ時代からのマスクドシリーズファンである寺下にとっても、撮影を妨害した偽NIOHの存在は許しておけないらしい。

 寺下の淡々とした声の内に込められた激情を察した千春は、温厚な店長の初めて見る姿に微かに動揺しながら事件解決を誓った。

 後にその場に同席していた朱美は語った、あの時の寺下は店内で暴れようとしていた魔法少女たちを止めた時より切れていたと…。






 お客様扱いであった前回の撮影の時とは違い、今回は表向けは新米スタッフとして撮影に潜り込んでいた。

 予算の関係で常に人手不足気味である現場に、下っ端として配属された人間がどのような扱いを受けるかは目に見ている。

 まだ若くて体力のある千春は、使い勝手のいい労働力として現場を右往左往させられていた。


「へー、小道具ってこうなっているんだなー。 お、これはメビウスブレイドか」

「新米! よそ見をしている暇があったら、仕事をしろ!!」

「はい、足立さん!!」


 しかしその現場が愛すべきマスクドシリーズの撮影現場ということもあり、千春は意外に楽しみながら仕事に励んでいた。

 無造作に置かれている撮影用の小道具や、仕事の合間に遠目で見学できる劇場版マスクドメビウスの役者たちの演技。

 画面越しにしか作品に触れられていない千春に取っては、画面の裏側の撮影風景は非常に興味深い物であった。

 毎日へとへとになるまで働かされていたが、マスクドオタクである千春に取っては幸せな時間と言えた。


「…来ないな、偽NIOH。 もしかしてお前のことがバレたのかな?」

「そうですね、あれで終わりって事は無いと思うんですけど…」

「もう撮影の終盤に近いぞ、新米。 このまま終わってくれれば、万々歳なんだが…」

「いいでは無いですが。 犯人が捕まらないのは残念ですけど、無事に撮影が終われればそれで…」


 撮影の合間の貴重な休憩時間、千春は仕事の面倒を見てくれている足立を含む撮影スタッフたちと偽NIOHのことについて話していた。

 偽NIOHの妨害を警戒して撮影現場に潜り込んだ千春であるが、予想に反して一度も妨害を受ける事が無く撮影が進行している。

 犯人を誘き寄せるために他のスタッフに協力して、千春は顔や名前を隠して名無しの新米スタッフとして働いていた。

 本物マスクドナイトNIOHが居ると警戒されないための一芝居なのだが、もしかしたら脅迫犯は千春たちの偽装に気付いたのかもしれない。


「しかし新米、お前良く働くよなー。 どうだ、本当にうちのスタッフにならないか?」

「ダメダメ、それなら役者さんの方でしょう。 何しろ、リアルマスクド様よ」

「凄かったもんな、あの変身。 撮影が終わったら、もう一回見せてくれよな」

「は、はい…」


 脅迫犯を捕まえることは出来なかったが、撮影スタッフとしては無事に映画が完成すればそれでいいのだろう。

 再び妨害されることなく撮影が進んでいることに気を良くしたスタッフたちは、このまま何事も無く終わるのだろうと楽観的になっているようだ。

 しかし他のスタッフたちとは対照的に、帽子で顔を隠している千春の表情は何処か浮かない物であった。

 これまで何人もの魔法少女と戦ってきた経験から、千春は脅迫犯である魔法少女は絶対に何かをやらかすだろうとほぼ確信している。

 まだ見ぬ魔法少女の姿を思いながら、千春は先輩スタッフが奢ってくれた缶コーヒーを口に入れた。











 震える手でスマホを持つ少女は高校生くらいのようだが、その髪はろくに手入れをしていないのか酷く乱れていた。

 雑誌やゴミなどが散乱する部屋の中央で、野暮ったいスウェット姿の少女はスマホ画面を凝視している。

 そのぼさぼさ髪が怒りの表情が相まって、さながら幽鬼のような佇まいの少女だ。


「何よこれ…、、何よこれ!?」


 この少女に取ってマスクドシリーズは神聖な物であった。

 人付き合いの下手な少女には同年代の友達は無く、理解の無い両親たちは彼女を明らかに疎んでいた。

 学校でも家でも孤独であった少女の慰めは、マスクドシリーズのイケメン俳優たちだったのだ。

 まだ両親と仲が良かった頃、父親の趣味で無理やり見せられたニューエイジのマスクドシリーズ。

 ストーリーや特撮独特の戦闘シーンに全く興味は無かったが、物語を彩る格好い主人公たちに少女はときめいた。

 父親との仲が悪化した後も、少女は一人でマスクドシリーズの主人公たちを応援していた。


「なんでよ、なんでNIOHなんて偽物が永路くん映画に…。 だめよ、だめだめだめ! そんなのは許せない…」


 そんな少女に取ってマスクドナイトNIOHは、忌むべき偽物でしか無かった。

 元はただのフリーターでしかない千春は、残念ながらマスクドシリーズの俳優陣たちに比べたら見劣りするのは仕方ない。

 そしてマスクドシリーズのファンでありながら、変身などの特撮部分に興味を持たない少女に取っては中の人の見た目が全てである。

 マスクドナイトを名乗る千春が、少女に取って無価値なマジマジの世界で活躍している分には問題は無かった。

 しかし常日頃からネット上でマスクドシリーズの噂を集めている少女のアンテナが、マスクドナイトNIOHの映画出演の話を拾ったのが不幸の始まりだった。






 少女から見れば紛い物でしかない出来損ないのマスクドが、あろうことかマスクドメビウスの劇場版に出るなど許せる筈が無い。

 怒りの感情と共に衝動的に動き始めた少女は、劇場版マスクドメビウスの関係者に思い直すよう脅迫状を送り付けた。

 その脅迫状の内容は徹底的に千春を貶しめており、とてもで無いが本人には見せられる物ではなかった。

 撮影スタッフは脅迫状そのものを出せず、要点のみをまとめて千春に伝えるしか無かった程の酷い内容である。

 してマスクドナイトNIOHの撮影が完了したという噂がネット上に上がったことで、少女の思いが撮影スタッフに伝わらなかった事を知る。

 ついに彼女は強硬手段に打って出る、あの偽のマスクドナイトNIOHによる襲撃だ。


「どういうこと、何がコラボ動画よ! どうして、どうして私のやることは何時も…」


 不運なことに千春には鉄壁なアリバイがあり、少女が送り出したNIOHは即座に偽者であると暴かれた。

 これでマスクドメビウスという作品は守られて、ついでにNIOHなどという紛い物の地位を貶められる筈だったのだ。

 それが蓋を開けて見れば彼女の目論見は殆ど空ぶりしてしまい、千春は気の毒な犠牲者として同情される立場になる。

 どうして、どうして自分のやることはこうして裏目に出るのか。

 少女は幸せな人生とは言い難い日々を過ごしており、唯一の慰めはマスクドシリーズの主人公たちを愛でることくらいだ。

 自分とは対照的にこの紛い物は腹が立つ程に人生を楽しんでおり、とうとう本家のマスクドシリーズにお声がかかる立場になっていた。

 まるで自身を嘲笑うかのような幸運を見せた千春に対して、少女からの理不尽な敵意がますます増していた。


「駄目、絶対に許せない。 どんな手を使っても、このNIOHを倒すのよ! …あなたもそう思うよね、永路くん?」

「…」

「ふふふふふふふ…」


 少女は先ほどまでの険しい表情とは打って変わった、にこやかな笑みを右方に向ける。

 先ほどまで少女以外は居なかった筈の部屋に、何時の間にか一人の青年の姿があるでは無いか。

 少女の右隣に立つ青年は、彼女に答えるように無言のまま爽やかな笑みを浮かべていた。

 マスクドメビウスこと永路を演じる、俳優の長谷 飛鳥に瓜二つの青年を前にして少女は不気味な笑みを浮かべていた。




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