5-1. 「全話完走してみた」
魔法少女が作り出したと思われる、千春が勝手に"シロ"と名付けた存在。
顔のない犬のぬいぐるみというべきそれは、すっかり千春に懐いてしまっていた。
シロは全く変える様子は見せず、そのまま千春の一人暮らしするアパートの新たな住人となる。
実はこのアパートはペット禁止なのだが、厳密には生き物ではないシロはセーフであると千春は勝手に判断していた。
「□っ、□□□っ!!」
「…ん、朝か? 分かった、今起きるから…」
それ以降、千春の朝はぬいぐるみもどきのダイブによって起こされるようになる。
こちらを急かす様に布団の上で飛び跳ねるシロ、そんな状態では寝てられないので千春は渋々と寝床から出てきた。
そして顔を洗って身だしなみを整えた千春は、シロと共にアパートの駐輪場へ止めてある愛車の元へと行くのだ。
「おい、もう少しスピードを落とせ!!」
「□□□□っ! □□□□っっ!!」
この街にシロがやってきて以来、街では早朝朝に空飛ぶバイクが目撃されるようになった。
シロが取り付いたバイクが、千春を連れて毎日のお散歩をしているのだ。
最初にバイクを奪って千春を振り回していた事から見ても分かる通り、このシロはどうもヤンチャな性格らしい。
この空中散歩でガス抜きをしなければ何をする気か分からず、千春の生活習慣にこの朝の散歩の日課が強制的に加えられることになる。
ちなみにシロが取り付いた状態のバイクはガソリンで動いていないようで、経済的に裕福ではない千春としては密かに助か燃費が浮いた事を喜んでいた。
シロがどこぞの魔法少女が作りだした使い魔であることは明白である。
幾らシロ自体が千春に懐いているとは言え、親である魔法少女の許可無しにシロを飼ってもいいだろうか。
とりあえず"マジマジ"に投稿すれば、親である魔法少女から反応がある筈だ。
そんな言う見切り発車で先日に上げられた動画によって、千春たちの予想もしていない展開を迎えていた。
「"はーい、今日はシロが何処からか持ってきた手紙の内容を公開しまーす! この手紙の送り主はなんと、シロを作った魔法少女さんです!"
"なになに…、シロの名付けられたその子はあなたに譲ります。 私ではその子と満足に遊んであげられないから、あなたたと居たほうが幸せだと思いますので…、ですって!"
"うわっ、面倒を見切れなくなったペットを捨てるなんて最悪です。 みなさんも、ペットは最後まで面倒をみましょうね"」
なんとシロを生み出した魔法少女から来た手紙によって、名実ともにシロは千春のペットになってしまったのだ。
知らない間に親である魔法少女から手紙を受け取っていたシロ経由で、その手紙は千春たちの元に届けられた。
どうやらこの顔も名前も知らない魔法少女は、自分が生み出した存在であるシロの奔放さに手を焼いていたらしい。
面倒を見切れずに放置していた所を千春に拾われて、これ幸いとシロを手紙一つで譲ってきたのだ。
シロを躊躇い無く捨てた魔法少女には思う所があるが、こうしてシロは名実ともにマスクドナイトNIOHチームの一員となっていた。
次々と新しい話題を"マジマジ"に送り込んでくる、マスクドナイトNIOHチーム。
その隠れメンバーとも言える少女、千春の妹である彩雲はその熱狂から一人蚊帳の外に置かれていた。
母親に魔法少女の秘密を隠すため、彩雲は千春と天羽に対して自分の持っていた力を全て譲ったのだ。
その甲斐もあって母娘の関係には全く変化はなく、彩雲は母にとっての良い子のままで居られた。
しかし"マジマジ"で楽しそうにしている千春たちの姿を見ると、寂しさと僅かな後悔が彩雲の胸を打つ。
「ほら、これが朝に撮影したマスクドナイトの動画だよ」
「うわっ、本当に空を飛んでるよ。 流石は魔法少女だな…」
「それってシロって子だよね? 動画で見たけど、動くぬいぐるみみたいで可愛いかったなー。 あんな子を捨てるなんて、信じられない…」
「はぁ…、帰って塾に行かないと…。 あっ!?」
若者の間で話題の"マジマジ"は彩雲の中学校でも人気であり、そこで活躍する彼らの街を守るニューヒーローの話題が出ない筈はない。
この日クラスの中で、千春がシロと共に始めた空中散歩を偶然目撃して動画に収めた生徒がクラスに居た。
それが原因で今日の放課後までマスクドナイトの話で話題となり、右も左も彩雲の兄の話で持ち切りだった。
彩雲はその話題に意図的に避けながら放課後までやり過ごし、いそいそと荷物をまてめて帰ろうする。
しかし鞄を持ってさあ帰ろうという所で、帰宅を急いだせいか彩雲は鞄を机に引っ掛けてせっかくまとめた荷物をぶちまけてしまった。
「ああ、もう…」
「…矢城さん、ノートを落としましたわよ。 あれ、その絵ってマスクドナイトNIOH様よね?」
「っ!?」
慌てて落ちた荷物を拾い始める彩雲、それを見ていた近くのクラスメイトも手伝い始めてくれる。
しかしクラスメイトが拾いあげようとしていたノートがたまたま開いており、そこに描かれていた物を見られたことが彩雲の運命を変えた。
基本的に優等生である彩雲も完璧超人では無く、気分が乗らない時には授業中に落書きをして時間を潰すなどの悪戯をすることもある。
そこに描かれていたのは彩雲がデザインしたマスクドナイトNIOHの姿であり、落書きに目敏く気づいたクラスメイトの少女がそれに食いついてしまう。
「やっぱりそうですよね!? これは、前に"マジマジ"に上がってたNIOH様のデザイン元のスケッチと全く同じ!!
ねぇ、もしかして、マスクドナイトNIOHは矢城さんがデザインしたのですか!!」
「そ、それは…」
「矢城さん、あなたはマスクドナイトNIOHチャンネルと関係がありますのね! そうよ、そうに違いありません!!」
此処で彩雲が機転を利かせて適当な良い訳でもすれば話が終わっただろうが、残念ながら焦った彩雲は曖昧な対応しか出来ない。
その反応を見て彩雲がマスクドナイトNIOHに関りがあると直感したクラスメイトの少女、甲斐 泉美は異様な迫力で詰め寄る。
彩雲の知る甲斐は自分と同じく、クラスの中では余り目立たない存在であった筈なのだ。
艶やかな長い黒髪に大人びた容姿、これで愛想がもう少し良ければクラスの人気者になっただろう。
甲斐は滅多に感情を露にすることは無く、彩雲は彼女が声を荒げる所など一度もみたことは無い。
そんな彼女が今まで見たことの無いような剣幕でこちらを追及してきており、それに彩雲が屈するのは時間の問題であった。
数日後の土曜日、そこには白旗を上げた彩雲が甲斐と共に兄の元へと向かう姿があった。
その場所は勿論、マスクドナイトNIOHチームの溜まり場となっている喫茶店メモリー。
詳しい話は兄としてくれと、千春に全てを丸投げした彩雲は若干憂鬱な気持ちで兄の職場へと向かう。
しかし目的地の店に入った途端、そんな彩雲の憂鬱な吹き飛ばすくらいの甲斐の暴走が始まったのだ。
「うわっ、凄いです!? これってもしかして、元ネタは"マスクドウインド"ですか!? それとも"マスクドファング"の方?」
「えっ…?」
「もっと近くで見ないと。 写真にも取らないと…」
店の中を見渡すなり、甲斐がいきなり訳の分からないことを叫びだしたのだ。
困惑する彩雲を尻目に、甲斐は駆け足で店の奥へと入っていきとあるテーブル席の一角の前に立つ。
そしてそのテーブル席をしげしげと眺めながら、携帯を取り出して写真を撮り始めたではないか。
「…ほぅ、あれに気付くとは若いのに意外とやるな」
「あ、兄さん…」
「妹、あれがお前に言っていたクラスメイトか。 俺が言うのもなんだけど、中々濃いキャラクターだなー」
「学校ではあんな風では無いんですが…」
何時の間にか妹の傍まで来ていた兄の千春は、何故か関心したような様子で甲斐の奇行を見ていた。
確かに千春の言う通り、今の甲斐はどこからどう見ても変人のそれである。
学校の中では一度も見たことの無い、突然のクラスメイトの変わりように着いていけない。
「流石はリアルマスクドの秘密基地ですわ!? うふふふ、テンション上がってきましたわぁぁぁぁっ!!」
「分かる、分かるぞ、名も知らぬ少女よ」
「…何なんですか、これ?」
彩雲にはただの喫茶店のテーブルにしか見えないその場所は、甲斐に取っては聖地か何かにでも見えているのだろうか。
異様な雰囲気で写真を撮り続ける甲斐の姿に、千春は若干芝居かかった態度で頷いてみせる。
兄とクラスメイトの奇行を前に、彩雲は呆然と二人の様子を見ているしかなかった。




