3-2.
今回のお話に出てくる撮影風景はろくに下調べもせず、私の勝手な妄想を描写した内容であることをご了承ください。
では。
千春が幸せな現実を受け入れるまで、それから暫く時間が掛かったらしい。
そして遅まきながら現状を理解した千春が、この極上の餌に飛びつかない筈も無かった。
そこからはとんとん拍子に話が進んでいき、あっと言う前に運命の撮影当日を迎えることになる。
残念ながら指定された日は平日であり、学生である香は泣く泣く不参加を決めたようだ。
特撮撮影に付き物の早朝撮影のため、千春は眠そうにしている朱美を後ろに乗せて意気揚々と指定された現場へと向かった。
「へー、本当に街中で撮影の準備をしているわ。 流石はマスクドシリーズ、スタッフが沢山居るわねー」
「おお、この絵は!? マスクドシリーズお約束のロケ地じゃ無いか、すげーすげー!!」
「ほら、興奮しないでさっさと挨拶に行くわよ」
既に現場では十数人のスタッフが忙しく走り回っており、照明やら何やらの準備をしていた。
そこは素人が見ればただの街中の一角にしか見えない場所だったが、千春から見ればそこは一種の聖地と呼べる場所だった。
様々な制約よって特撮物の撮影に使える場所は限られており、どうしてもマスクドシリーズでは同じような現場が使いまわされる事が多い。
そこはマスクドファンであれば誰でも見たことがある風景であり、街中のシーンを撮影用に使われるお決まりのロケ地なのだ。
一人興奮する千春を朱美が無理やり促して、二人はスタッフの元へと向かって行く。
「すみません…、矢城 千春を連れてきました。 此処に来ればいいって聞いてたんですけど…」
「ああ、来てくれましたか。 すみません、本当ならこちらから迎えを寄越すべきだったんですが…。 こっちです、バイクの方は一端こちらで預かりますね」
「ああ、よろしくお願いします」
バイクを手押ししながら近くのスタッフに声を掛けた所、事前に千春たちの来訪を聞いていた彼らはすぐに対応してくれた。
どうやら千春たちはこの現場ではお客様扱いらしく、スタッフたちは皆にこやかに千春を出迎えてくれる。
千春たちは乗ってきたバイクを別のスタッフに預けて、そのままスタッフの後に付いて行こうとする。
「足立さん、その前に…」
「あっ! 申し訳ないんですが、現場に入る前に身体検査と荷物検査をしてもいいですか? 規則なんで…」
「え、身体検査に荷物検査? 別にいいですけど…」
「…どうぞ」
しかし千春たちが移動を開始しようとした直前、また別のスタッフに声を掛けられて足止めされてしまう。
どうやら現場に入る前には検査とやらが必要なようで、案内役をしてくれている足立という名のスタッフはそれを忘れていたらしい。
足立からのお願いに千春は特に違和感を覚えることなく、言われるがままに体を許して身体検査と荷物検査を受けていた。
一方の朱美は若干不審そうにしていたが、それを口に出すことなく女性スタッフに荷物を差し出していた。
千春たちは足立と言う名の若いスタッフに連れられて、現場の奥の方に止められていたワゴン車の群れまで案内される。
ワゴン車の近くにはキャンプ用の椅子や机などが並べられ、此処は臨時の撮影拠点という所だろうか。
そして撮影の機材を運ぶための車両の群れの中に、一台だけ場違いな乗用車がの姿があった。
どうやらその乗用車の中に居た人物は中で千春たちの到着を待ち侘びていたらしく、彼らが来ると当時にドアを開けて誰かが出てきた。
「遅いですよ、千春さん。 相変わらず女性を待たせる人ですね」
「時間通りだよ。 そっちが早すぎるんだよ、白奈」
「あら、それなら山下さんに文句を言うべきでしょうか」
「止めてやれ、わざわざ運転手役まで買って出てくれた人なんだから」
「そうですね、ふふふふふ…」
そこから現れたのは病的なまでに青白い少女、簡素な病院着では無く可愛らしい私服姿の白奈であった。
病弱の体を冬の寒さから守るためか、何枚も重ね着をしているようで普段より横に一回り大きく見える。
その腕には自身の分身とも言える存在、犬のぬいぐるみのような姿をしている使い魔のシロが抱えられていた。
彼女に続いて車から出てきたのは普段の白衣では無く、千春が初めて見る私服姿の看護師の山下だった。
今日は白奈が山下に無理を言って外出許可を取って貰い、わざわざこの撮影現場まで連れてきて貰ったのだ。
滅多に病院から出られない少女はこうして外に出ていることが余程嬉しいのか、実に楽し気な様子であった。
病院で療養している筈の白奈が撮影現場に居る訳は、千春と同じ理由であった。
マスクドシリーズに取って重要な要素、それはヒーローの相棒と言うべきマシンの存在である。
そしてマスクドナイトNIOHの相棒と言うべき、翼を生やして大空を飛び立つバイクと合体したシロは実に絵になるマシンだ。
今回の撮影で千春はシロとセットで出演することになったのだ、その話を聞いた白奈が突然我儘を言い出したのだ。
シロを通して今回の撮影の話を聞いた彼女は、その生みの親である自分も撮影に同行したいと言い出したらしい。
「…体は大丈夫なのか?」
「平気ですよ。 問題があるなら外出の許可なんて出ないですから…」
「そ、それもそうだよな」
「…本当は病院から出るのは余り良く無いんですよ。 見学が終わったらすぐに帰りますからね、白奈さん」
「分かってますよ、山下さん」
千春も詳しい経緯は分からないが、最終的に彼女がシロと共に此処に居ると言うことはお医者様からのお許しも出たようだ。
看護師の山下が苦い顔をしている所を見ると本当は余り宜しくないのだろうが、偶には白奈も息抜きが必要と言うことだろう。
興味深そうに撮影現場を見回す生き生きとした白奈の姿を見て、千春も自分まで嬉しい気分になってきた。
「やあ、みなさんお揃いのようですね。 始めまして、監督の篠原です。 今日はよろしくお願いします」
「し、篠原監督! 始めまして、今日はよろしくお願いします! 監督のマスクドエースは最高でした!!」
「はっはっは、それは嬉しいね…」
千春が白奈と話している間に、スタッフのワゴン車の一つから中年の男性が出てきた。
この撮影現場の頭と言うべき人物、劇場版マスクドメビウスの監督様がわざわざ千春の元へ挨拶に来てくれたのだ。
過去に何度もマスクドシリーズ作品の監督を務めてきた篠原を前にして、千春は酷く緊張した様子で応える。
非常に鯱張る千春とは対照的に、篠原監督の方は偉ぶる様子も無く実にフレンドリーな雰囲気を出していた。
「さて、まずは君に見せたい物があるんだ。 おい、もういいぞ」
「はい!! 出番だ、出てくれ」
「…見せたいもの?」
「…何かしら?」
千春たちの傍に控えていたスタッフの足立は篠原の指示を受けて、何やら手元の通信機で呼びかける。
事前に聞いていなかった展開に、千春たちは一体これから何が起こるのかと訝しむ。
しかし千春たちの疑問は、別のワゴンから降りてきた者の姿を見ることですぐに解消された。
「おお、来た来た。 どうです、大した物でしょう?」
「これは…、NIOH!?」
「うわっ、話には聞いていたけど…」
「そっくりですねー」
何処か自慢げな響きで篠原監督が紹介してきたのは、赤い鎧を纏い仮面を被ったヒーローであった。
マスクドナイトNIOHのAHの型、仁王像をモチーフにした中華風の鎧を纏う千春のもう一つの姿。
その雄姿がどういう訳か、マスクドナイトNIOHこと千春本人の目の前に現れたのだ。
千春は初めて間近に見る変身した自身の姿を前に、唖然とした表情を浮かべていた。




