2-3.
バイト店員である友香の願いが通じて、ようやく佐奈たちの注文を取ることが出来たらしい。
テーブル席には店長自慢のコーヒーが並び、彼女たちは思い思いにコーヒーを味わっていた。
「へー、やっぱり本物は違うわね。 インスタンスとは一味違うわ…、これはマンデリンかな?」
「えー、そんなに違うかな? 何時ものと変わらない気がするけど…」
「これだからお子様舌は…。 そんなに砂糖を入れたら、コーヒーの風味も全部飛んじゃうわよ」
「だってー、苦いじゃんかー」
梨歩は違いの分かる小学生のようで、何も加えていないブラックコーヒーを美味しそうに啜っている。
彼女の鋭敏な舌は、本日の日替わりコーヒーに使っている豆の種類を見事の当てて見せた。
一方のあんずは小学生らしく苦い味が嫌いのようで、砂糖を何杯も入れてからコーヒーに口を付けている。
寺下店長が豆からこだわった自慢のコーヒーも、それでは砂糖の味しかしないだろう。
「はい、セットのケーキです。 凄いわね、本当に味だけで豆の種類が分かったの?」
「いやー、まぐれですよ」
「ふん、偉そうに…」
注文の品を運んできた友香は、コーヒーの種類を当てて見せた梨歩に関心している様子だ。
友香が注文を受けた時、この少女があえて豆の種類を聞かずに日替わりコーヒーを頼んだ事は知っている。
個人店である喫茶店メモリーでは日替わりコーヒーの内容を張り出しておらず、注文時に店員が客に教えるシステムを取っていた。
こんな些細なことでイカサマをするとは思えないので、この少女は本当に自身の舌で豆の種類を当てたのだろう。
「店員さん、こいつは別に凄くないよ。 この店のコーヒーはもう何杯も飲んでいるから、当たるのは当然なんだよ」
「ふん、同じように何杯もコーヒーを飲んでいるのに、違いが全く分からない奴に言われたくないなー」
「くぅぅぅぅ…」
共に佐奈の元で学ぶ魔法少女である小学生コンビは、同い年ということもあって互いをライバル視していた。
今もあんずは梨歩が褒められている姿が気に入らないのか、横から口を出してライバルを貶めようとする。
しかし今回は梨歩の方が一枚上手であったようで、逆襲を受けたあんずは悔し気に睨みつけた。
逆に梨歩の方は更にご機嫌になったようで、勝ち誇った顔を見せながらゆったりとコーヒーを啜っていく。
この小学生たちは少し前までは、魔法少女の力を使って派手な喧嘩をするほどに仲が悪かった。
今でも二人の仲が余り改善してないようだが、すぐに手が出なくなっただけ昔より成長したと言えるかもしれない。
「ほ、ほら、二人とも仲良くして。 そんな事よりうちのコーヒーを何杯もって…、あなたたちは前にもこの店に来た事があるの?」
「違うよ。 そこに居る佐奈さんがね、通販でこの店のコーヒーを一杯買ったんだよ。 佐奈さんと会う時は、毎回そのコーヒーを飲まされるんだ」
「モカ、キリマンジャロ、マンデリン…、一通りの種類は飲んだよ。 店で飲む方がずっと美味しいけどね…」
この店のコーヒーは飲みなれていると言うが、友香はこの小学生らしき少女たちが店に来た所を見たことが無かった。
まだ店員歴が短い友香は此処で働き始める前の話だと思ったようだが、彼女たちの言うコーヒーは店で出す物では無く通販の方らしい。
確かに少し前から喫茶店メモリーのオリジナルブランドとして、コーヒーの通販事業を始めている。
あんずと梨歩が言うには、彼女たちは通販のコーヒーを味の違いが分かる様になる程に飲んでいるそうだ。
「前に買った在庫が残ってても、定期的に通販で新しい商品を買うからなー」
「佐奈さんは絶対貢ぐタイプだよ、悪い男に騙されないか心配。 いや、もう騙されているような…」
「ああ…」
少女たちの話を聞いた友香は、この店で通販業務を担当している千春が少し前に悩んでいたことを思い出した。
千春の顔見知りのとある人物が、定期的に通販でコーヒーを大量購入してくれると言うのだ。
通販が売れて儲かるのは良い事だろうが、欠かすことなくコーヒーを買ってくれるその人物に千春は若干の恐怖を覚えているようだった。
その時の話では千春はその人物の正体を明かさずにぼかしていたが、思わぬ所でその正体が判明してしまった。
友香は千春に対する熱狂的なファンというべき佐奈に対して、自然と生暖かい視線を向けていた。
「こら、あなたたち! こ、こんな場所でそんな話をしないの。 友香さん、そうじゃないの。 私は純粋にこの店のコーヒーが好きなだけで、別に千春さんとは…」
「気にしないで、佐奈さん。 私もあなたのことを応援するわ!!」
「違うの、そういうのじゃ無いの!!」
自分に向けられている視線の意味を感づいたのか、これまで沈黙を守っていた佐奈が顔を真っ赤にしながら騒ぎ出す。
あくまでコーヒーが目的と言う彼女のバレバレの言い訳に対して、友香は素晴らしい笑顔と共に激励の言葉を投げかけた。
佐奈と友香が最初に顔を合わせたのは、魔法少女たちが喫茶店メモリーで対"渡り"の協力関係を結んだ時になる。
共に高校一年生であり、華々しいマジマジの世界に背を向けて街の平和を守るためだけに戦う魔法少女たち。
共通点の多い二人は初対面ながら互いに意気投合したようで、長年の友人であるかのような良好な関係を築けていた。
「えっ、この人がウィッチなの! そうか、この店で働いているって話だったもんな…」
「知っている、NIOHのヒロイン候補からモブ落ちした人でしょう!!」
「っ!? モブ落ち…、モブ落ち…」
「ふ、二人とも、友香さんに失礼でしょう! すみません、失礼なことを言ってしまって」
しかし容赦のない小学生たちの言葉が、意図も容易く彼女たちの友情に亀裂を入れてしまう。
今時の子供らしくネット上での噂に詳しい二人は、マスクドナイトファンたちの間におけるウィッチの評価をそのまま口にしてしまったのだ。
モブ落ち、マスクドナイト関連の動画でほぼ活躍が無い魔法少女ウィッチは、何時の間にか世間からその他大勢扱いされるようになっていた。
ウィッチこと友香も自身の評判を断片的には耳にしていたが、人から直接言われるのは流石にショックが大きいらしい。
明らかに表情が暗くなった友香の様子を見て、佐奈が慌ててあんずと梨歩を静止する。
「わ、私だって頑張ってるんですよ、この街のためにモルドンと戦って…」
「マスクドナイトの居ない所でね」
「何時も留守番ばかりだから、相棒ポジションを佐奈さんに取られたんだよね」
「ぁぁっ!?」
千春がマスクドナイトとして活動する際、基本的にウィッチこと友香は留守番役としてこの街に残っていた。
魔法少女としてはマスクドナイトの代わりにモルドンと戦い、喫茶店メモリーでは千春の代わりに店員として働いている。
そのためマスクドナイトが活躍を収めた例の動画には、街で留守番をしている彼女が登場することはまず無いのだ。
例の動画を通してマスクドナイトの活躍を追っている者たちから見れば、どうしても彼女は影の薄い存在となってしまう。
最初はマスクドナイトの先輩魔法少女として、ウィッチはそれなりの立ち位置に居た。
ファンたちの間ではヒロイン候補の一人として名前を上げられて、マスクドナイトとの共闘などを期待された物だ。
しかし今ではそのポジションは、後追いであるNASAこと佐奈に取って代わられたと言っていい。
「わ、私だってこの前の動画だと、それなりに活躍してたし…」
「最初にちょっと出てきて、後はモルドンについて占っただけじゃん」
「あそこで学校なんて気にせずに、NIOHの遠征に着いて行ったら出番も増えたのにねー」
「■■■■■!!」
「友香さん、友香さん!! お気を確かに…」
ドラマや漫画について議論するのと同じ感覚で語られている、マスクドナイトNIOHファンたちの噂話。
ネットで飛び交う評判などは、所詮は便所の落書きのそれと同じである。
そんな場所の評価を気にする必要ないことは理屈としては分かるが、理屈だけで感情を抑えられるとは限らない。
小学生たちの辛辣なダメ出しを受けて発狂した友香が、まるでモルドンのような声にならない声で喚きだした。
佐奈はそんな友香の名前を呼びかけながら、彼女の正気を取り戻そうと試みるのだった。
もうお気づきだと思いますが、今回の話はおふざけ重視のコメディ回です。
たまには適当なノリで話を書きたかったので…。
では。




