1-13.
本体はただの人間しかないゲーム実況魔法少女の里津に見えたのは、ブレイブとマスクドナイトの交差の結果だけだった。
それは同様に千春の戦いを観戦していた、朱美や海翔などの他のギャラリーたちも同様であろう。
一体どのような過程でその状態になったかは誰も理解できていないが、勝負の決着は明白であった。
翼を切り裂かれて地面に墜落したブレイブ、両刃の剣を構えたまま無傷のマスクドナイトNIOH。
秒の決闘と言うべき一瞬の攻防は、マスクドナイトの完全勝利に終わったようだ。
「えっ…」
「。。。…、。。…」
「…動きが単調なんだよ。 敗因は経験不足、もっと他の戦い方を覚えさせるんだな」
千春のやったことは簡単である、突撃してくるブレイブに対してヴァジュラでそのまま迎え撃ったのだ。
確かにブレイブのスピードは凄まじい物であり、UNの型で強化された感覚あっても完全にその動きを捉えきれない。
しかしその捉えきれない部分を、相手の動きを先読みして補うことが出来れば話は変わってくる。
「この鳥野郎とモルドンとの戦い、ついでにそこの魔法少女との戦いを見させて貰った。
基本的にこいつは自慢のスピードで、真っ直ぐ突っ込む事しかやってこない。 相手の視線から逃れる動きは見事だが、そこから先の動きは単調なんだよ。
まあ、確かにあれだけ速く飛べるなら適当に突っ込むだけで勝てるからなー」
実際にブレイブはUNの型の力で強化されている千春の視界からも逃れて、一瞬の内に彼の右斜め後方にまで移動して見せた。
ただのスピード自慢だけでは説明のつかない、諸々の物理法則を無視したブレイブの超常的な動き。
もしかしたらこれも使い魔ブレイブが持つ、能力の一つなのかもしれない。
しかし千春は相手の視界から外れた後のブレイブが、そのまま何の策も無く一直線にこちらへに向かってくると確信していた。
そして強化された五感が辛うじてブレイブの移動先を掴み、そこから自身への軌道上にヴァジュラの刀身を走らせたのだ。
「幾ら強キャラを使っても、ワンパターン戦法だと勝てるものも勝てないか…。 もしかしてさっきの雑談も、私への挑発だったのかしら?」
「さてね…」
千春がすんなりと里津の挑戦を受けてブレイブとの戦いを受けた理由の一つは、自身の勝利を確信していたことに他ならない。
恐らくこれまでブレイブは、自分のスピードに対応できる相手と戦ったことが無いのだろう。
相手の視界から外れるまでは中々であるが、そこからの攻撃は何処か単調な印象であった。
反撃されることなど考えていないようなブレイブの攻撃は、今のように意図も容易く壊れてしまうガラスの刃なのである。
「おお、すげーぞ、NIOH! 流石はNIOHさんは格が違ったぞ!!」
「そのワンパターン戦法に負けた私は何なの…」
先ほどの麻乃との戦いでも、彼女がもう少し冷静だったなら反撃の機会はあっただろう。
あの時のブレイブの動きには法則があり、相手のスピードに付いていけなくも動きを先読み出来る可能性はあった。
最もブレイブが本気を出せば一撃で麻乃を戦闘不能に出来た筈ので、その場合はそもそもの前提が成り立たない。
UNの型のようにブレイブのスピードに対抗できる能力が無ければ、そのワンパターン戦法だけで完勝できるブレイブの性能は確かに恐ろしい物と言える。
ゲーム実況魔法少女の里津にとって、今回のマスクドナイトNIOHとの戦いは想定外の物だった。
本来の予定では彼女はまだまだブレイブのレベル上げを続けるつもりであり、本番である魔法少女との戦いはもう少し先になる筈だったのだ。
準備不足であることは自覚していが、ここまで完璧に負かされるとは魔法少女の世界も奥が深い。
ファーストプレイでクリア出来る程、マスクドナイトNIOHという相手は容易い相手では無かったらしい。
「対戦ありがとうございました。 次は絶対負けませんからね、マスクドナイトさん、」
「俺はもうやらないぞ、勝ち逃げだよ。 これ以上そいつが強くなったら、もう手が負えないからなー」
「そんな、私はゲームは完全クリアするまで諦めない主義なんです! 絶対にリベンジしますから!!」
「勘弁してくれよ…」
使い魔ブレイブの一番恐ろしい所は、モルドンのクリスタルを取り込むことで更に成長すると言うことだ。
正直言って今の攻防もギリギリの所で成り立っており、あれ以上速くなられたらUNの型でも対応できないかもしれない。
更に言うならば再戦の機会があるならば、確実にブレイブのワンパターン戦法は改善されている筈だ。
そうなれば今回のように瞬殺と言うことは有り得ず、面倒なことになるのは目に見えていた。
「やったな、千春! それでこそ、俺の親友だ!!」
「お前なー。 と、とりあえず用事はこれで済んだろう、俺はもう帰るぞ。 行くぞ、朱美」
「え、ちょっと待ちなさい! 置いてかないでよ、バカ春!!」
「ああ、再戦の約束は…」
そして今回の異種対決の切っ掛けを作った海翔は、千春の肩に手を置きながら楽し気に笑って見せる。
友人の無邪気な笑顔を見て疲れがどっと押し寄せてきたのか、変身を解いた千春の表情は若干引き攣っていた。
そのまま千春は再戦を希望する里津から逃げるように、朱美を連れて近くに停めてある愛車の元へと走って行く。
未来の話はどうなるか分からないが、とりあえず今宵のゲーム実況界からの挑戦はマスクドナイトと言う壁に阻まれるのだった。
これ以上の面倒は御免と、千春たちはブレイブとの戦いが終わった後でさっさと引き上げていた。
縄張りの件やモルドンを横取りした件は、当事者である麻乃と里津、そして出演拒否中の魔法少女たちの間で結論を出せばいいだろう。
前回と同様に後ろに朱美を乗せてバイクを走らせる千春は、自然と車で移動している他の連中から先行する形になっていた。
「なあ、朱美。 あの鳥野郎はモルドンに偽装して、モルドンのクリスタルを取り込んでいた。
それならモルドンを偽装して、魔法少女のクリスタルを取り込む使い魔が居てもおかしくないよな?」
「千春、まだ魔法学部で戦った"渡り"のことを疑っているの?」
「…まあな」
「私が言えるのは、その可能性があるって言葉だけよ。 ソース無しの断定記事を出すほど、落ちぶれちゃいないわ」
帰り道の道中、信号待ちで止まっている時に千春は胸の中で渦巻く疑念を後ろの朱美に相談していた。
里津が生み出した使い魔ブレイブを、モルドンに偽装した使い魔の存在を知った千春はある可能性に思い至った。
二度目に対峙した時に感じた違和感に加えて、突然モルドンの探知能力に引っかからなくなった不可解さ。
魔法学部で戦った"渡り"が偽物であり、その正体がモルドンの探知に引っかかる筈も無い使い魔であれば全て説明が付くのだ。
しかし幾ら情報通の朱美でも千春の求める答えを持っている筈も無く、謎は深まるばかりであった。
昨年まで彩雲の教室には、誰も使われてない一組の机が置かれている。
教室の奥に置かれたそれは席替えの時にも対象外となり、掃除されるのも稀なので常に薄っすらと埃が積もっていた。
本来ならこの机を使うべき生徒は教室に来たことは一度も無く、主の居ない席は寂し気ですらあった。
「大丈夫? 授業には付いていけている?」
「勿論。 ずっと自主勉強はしてたの、病院に居ても他にやることが無かったから…」
しかし年明けからその机を使う生徒が登校してくるようになり、哀れな机は本来の役目を果たせるようになった。
彩雲と同じクラスに属しながら、遠方の病院で長期療養をしていたクラスメイト。
青白い肌や細い手が闘病生活の過酷さを物語っており、彩雲たちは病気に打ち勝った仲間を歓迎する。
「でも、少し分からない所もあるの。 後で教えてくれない、彩雲さん」
「勿論よ、志月さん」
たまたま席がクラスに復帰してきた彼女と隣だったこともあり、彩雲は自然とまらだクラスに馴染めない彼女の面倒を見るようになっていた。
志月、以前に千春が病院で遭遇したあの"奇跡の子"。
彼女は実に楽しそうに彩雲と話ながら、念願の学校生活を楽しんでいる様子であった。
これで今回の話は終わり、次回から新しい話になります
では。




