1-11.
この世界の若い少女に取って、それは誰にでも起こりうる奇跡であった。
魔法少女の力の目覚め、当人と意思とは無関係にゲームマスター様から送られてくるギフトである。
そして他の魔法少女たちと同じように、ゲーム好きの少女に魔法少女の力が宿ってしまう。
「なんで私が魔法少女なんかに…。 ヤバい、これが皆に知られたら…」
"Tree"と言う名前でゲーム実況を投稿している少女、里津にとって魔法少女の力は有難迷惑な贈り物であった。
ゲーム好きの親の影響を受けて、物心付いた頃からゲームと共に過ごしてきた人生。
ゲーマーとしての才能があり、努力を怠らなかった彼女はゲーム実況の世界では一目置かれる存在となっていた。
特に彼女が自身を持っているのは鍛え上げたゲームスキルであり、本気でeスポーツの世界に足を踏み入れることを検討している程である。
しかし魔法少女の力は、里津のこれまで培ってきた物を全てぶち壊してしまう爆弾であった。
「隠し通す? それとも誰かに渡す? でもな…、何かあったら困るし…」
ゲーム仲間の間で魔法少女の力は、忌まわしきチートツールなどと同じ扱いとされていた。
仮に里津が魔法少女であると知られたら、これまで投稿してきたゲームプレイ動画が全て魔法少女の力を利用したインチキだと断定されてしまう。
それは自身のゲームスキルに誇りを持っている少女に取っては、決して許せない未来である。
それならば魔法少女の力を隠すなり捨てるなりすればいいのだろうが、それはそれで躊躇いを覚えてしまう。
モルドンと言う脅威と隣り合わせて生活してる現代において、唯一の自衛手段である魔法少女の力を手放す事は抵抗があるのだろう。
理想を言うならば魔法少女の力を持ったまま、ゲーマーとしての地位を保てる手段があればいいのだ。
里津は自身の魔法少女の力について悩みに悩み抜いて、ある結論に辿り着いたのだった…。
自身の正体が隠しきれないと判断した少女は、渋々と言った感じで自身の素性を話し始めた。
海翔は里津の声や目元からその正体を察したらしいが、確かに彼女の良く通る声は実況映えしそうである。
Tree、本名は里津という名前らしい少女は、確かに海翔の言う通りゲーム実況の動画を上げていたそうだ。
「よく分かったわね。 マスクドナイトのお仲間さんが、私の動画を見ているとは思わなかったわ」
「ふっふっふ、俺はゲーム実況の方が好きなんだよ。 こいつとは高校時代からの付き合いなだけで、魔法少女にはそれ程詳しくなくてなー」
「だったら分かるでしょう。 ゲーム好きの連中は魔法少女を毛嫌いしている、そんな中で私の力がバレたらあそこに私の居場所は無くなるわ」
魔法少女業界とは犬猿の仲であるゲーム実況者である彼女は、幸か不幸か魔法少女の力に目覚めてしまう。
しかしゲーム実況の世界において有名女子高生ゲーマーとしての地位を得ている里津にとって、魔法少女の力を持て余したらしい。
魔法少女の力でチート行為をした前例もあり、ゲーマーやファンたちの間で魔法少女という存在は忌避されている。
その中で自身の魔法少女の目覚めを知られたら、下手をしなくても炎上してゲーム業界から追放されることは間違い無いだろう。
「私が今のポジションを確保するには、ゲーム実況者として魔法少女に対決する姿勢を取る必要があった。
そのためには力が必要だったのよ、他の魔法少女たちを圧倒できるような…」
「それでわざわざ、モルドンを相手にレベル上げか…。 色々面倒くさいなー」
「"Tree"対魔法少女…、これは話題になるぞぉぉぉ!!」
「興奮し過ぎよ、森田」
里津がゲーム実況の世界から村八分にされないためには、魔法少女との敵対関係を明白にしなければならない。
彼女はそのための力を得るために、ホープの一件をヒントとしてブレイブを作り上げたのだろう。
魔法少女との対決を考えているならば、渡りのモルドンの存在も頭の中にあったかもしれない。
レベル上げの成果が出たのか、現状のブレイブは同格である魔法少女の麻乃を圧倒する力を見せた。
麻乃が戦い慣れしていない事もあるだろうが、ブレイブは確かに力を付けているようだ。
「ああ、それで共食いモルドンの話が、ゲーム実況界隈から出てきたのか。 まさかその正体が、現役ゲーム実況者だとは思ってなかったが…」
「そうそう、俺がゲーム実況のコミュニティから噂を聞きつけたんだよ」
「げっ、多分私の仲間が漏らしたのね。 みんな口が軽いなー」
ゲーム実況のコミュニティからブレイブの話が漏れたことを知った里津は、情報源に心当たりがあるらしい。
その反応を見る限り里津はブレイブによるレベル上げの件を、恐らく親しいゲーム関係の友人に伝えていたようだ。
そしてその事実を知った友人の口が滑ってしまい、部分的な内容がゲーム実況のコミュニティで広まった。
巡り巡ってゲーム実況ファンの海翔の耳に入ったことで、今回の一件が繋がったと言う事だ。
所詮は一個人が始めた企みであり、その秘密を守り通すのは難しかったのだろう。
当初の目的であった共食いモルドンの謎は、その正体は魔法少女の使い魔ということで解決した。
里津が他の魔法少女の縄張りを犯したと言う問題や、麻乃という魔法少女との戦闘が発生したと言う問題はある。
しかし互いに意思疎通が可能な魔法少女同士なので、問題は当人たちで解決してくれればいいだろう。
一通り確認が取れた千春は、用事が済んだので帰ろうかと考えていた。
「ねぇ、マスクドナイトNIOHさん。
折角だから、少し付き合ってくれない。 レベル上げの成果をね…」
「はっ、何を…」
そんな千春をこの場に留めたのは、ゲーム業界の刺客として魔法少女業界に殴り込み予定の"Tree"こと里津である。
何と彼女はある意味で魔法少女業界の有名人である、マスクドナイトNIOHに挑戦すると言うのだ。
これまで何人もの魔法少女と戦ってきたマスクドナイトであれば、確かに対魔法少女用に鍛え上げたブレイブの試金石に相応しい。
「私はこの子を完璧な存在にしてから、マジマジに殴り込みを掛けたいのよ。 だから秘密にしておきたかったんだけど、この様子だとそれは無理そうね。
だから私たちの計画をぶち壊しにしたあなたに、今日までのレベル上げの成果をあなたで試させて欲しいの」
「勝手なことを…。 まあ俺たちが君の邪魔をした事実は否定できないか…」
恐らく里津の念頭には、マスクドナイトの活躍を無断でまとめた例の動画のことがあるだろう。
今回の一件は今までの例を考えればほぼ確実に動画として上げられ、そこで里津が密かに温めていた計画も暴露されてしまう。
それならば現状のブレイブの力量を確かめるため、マスクドナイトNIOHに喧嘩を売った方が得だと判断したようだ。
しかし千春から見れば里津の事情など知った事では無く、この場でブレイブと戦う理由は全く無かった。
「ちょっと、私たちを無視して何を勝手に…」
「出しゃばるな、麻乃。 もう俺たちの出番は無さそうだぜ。
それに生でマスクドナイトNIOHの戦いを見るチャンスじゃ無いか、大人しくしておこうぜ! いいぞー、NIOH!! 俺たちの仇を売ってくれ…」
「バカ兄貴…」
千春と里津のやり取りを聞いていた麻乃は、自分たちを無視して話を進めている状況にいい加減切れたらしい。
声を荒げながら千春と里津の話に割り込もうとするが、それを止めたのは彼女を魔法少女の世界に引きずり込んだ兄であった。
以前から魔法少女ファンであった麻乃の兄としては、自分のすぐ近くでマスクドナイトの活躍が見れる事が嬉しいらしい。
すっかりギャラリーと化した様子の兄のあんまりな姿に怒りが萎えた麻乃は、何もかも馬鹿らしくなるのだった。




