4-3.
千春たちが空へ消えてから、天羽たちは喫茶店メモリーで彼の帰還を待ち続けていた。
唯一のバイト店員が居なくなった店を助けるため、なし崩し的に代理で朱美が店員の真似事をさせられてしまう。
流石に中学生を働かせるわけには行かず、天羽の方は店奥の休憩スペースで千春の情報を集めていた。
しかし天羽が幾ら調べても千春たちの情報は出てこず、気付いたときには店の閉店間際になってしまう。
「…さーて、そろそろ閉めようかな。 朱美くん、今日はありがとうね」
「ちゃんとバイト代下さいよ、バカ春の給料から抜いていいで…」
「はっはっは、勿論だよ。 ぶっちゃけ、君の方が千春くんより客受けが良かったしね。 どうだい、このまま看板娘にでもなってみないか?」
「ごめんなさい、私は大学の新聞部の方が忙しいんで…」
客層の大半が中年から年配の男性客であるこの店では、若い女性の給仕は非常に受けたようだ。
それは今日の売り上げにも反映されていたのか、店長の寺下は半ば本気で朱美を店に誘う。
しかし朱美は大学で所属している新聞部の活動を理由に、誘いをあっさりと断りながら店の入り口まで移動する。
閉店の札を掛けるために扉を開けた朱美の視界には、日が落ちてすっかり暗くなった外の風景が広がった。
丁度その時、夜の闇を切り裂くようにそれが店の前に飛び込んできたのだ。
「よーしっ、いい子だ。 グッボーイ、グッボーイ」
「□□□□っ! □□□!!」
それは今から数時間前に空へと消えたバカ一名と、バカのバイクを奪った筈の魔法少女の使い魔らしき存在だった。
しかしこの僅か数時間の間に両者の関係はすっかり一変しており、絶対にクリスタルを破壊してやると息巻いていた千春の姿は何処にも見当たらない。
まるで犬をあやすかのようにハンドルを撫でまわす千春、それを受けてバイクは喜びを表現するかのようにその場で跳ね回る。
あまりの変わりように朱美は言葉が出ず、呆然とした面持ちで千春たちのじゃれ合いを眺めていた。
閉店の札を掛けた店内の中に、変身を解いた千春の傍には天羽たちが初めて見るバイクに取りついていた白い奴の本体の姿があった。
バイクを店の駐車場に置いた後で、店へと入っていく千春に着いていくようにそれはバイクから離れたのである。
千春の言う通り顔のない犬のぬいぐるみというべきそれは、千春の足元で完全に寛いでいた。
目や口の無いのっぺらぼうの顔ではあるが、それを千春の足に擦り付けるその姿は完全のただの犬である。
「…で、何があったのよ?」
「ふっ、語れば長くなるが…・」
「三行でまとめなさい」
「えっ…。 い、色々あって、"シロ"と仲良くなりました。
どうやらシロは、単に遊んでほしかっただけみたいなんだ。 だからシロと一緒にその辺を飛び回ってたら、何か自然と懐いてきてさ…」
魔法少女としての超常の力に対抗できるのは、同類である魔法少女だけである。
そして魔法少女によって生み出された"シロ"と対等に遊べる存在は、魔法少女以外にはあり得ないのだ。
どうやらこのシロに取っては今日の一連のやり取りは単なる遊びであり、それに全力で付き合ってくれた千春に懐くのは当然の帰結である。
まるで本物の犬のように千春のあしにじゃれつき、気持ちよさそうに頭を撫でられているその姿はまさにペットそのものだった。
「遊んで仲良くなるって、本当に子供ね…。 まあ、精神年齢が近くて分かりあえたって所かしら。
それより、"シロ"って言うのはその子の名前なの?」
「おお、いい名前だろう。 白い名前だからシロ、分かりやすくていいだろう」
「予想はついていたけど、バカ春が名付けた名前か。 …この子が魔法少女が生み出した存在なら、多分他にちゃんとした名前があるわよ。
あれ…、でもシロって名前で反応するわね。 シロ…、お手」
「□□!」
一緒にお空の散歩をしている内に打ち解けた千春は、勝手にこの存在に"シロ"と言う安直な名前を付けていた。
普通に考えれば産みの親である魔法少女からもっとましな名前が付けられており、そのような名前に反応しないのが筋だろう。
しかしどういう訳かそれはシロという名前に反応しており、朱美の問いかけにも素直に応じてお手にも応じてみせる。
「ふん、こいつの面倒を放棄してる魔法少女なんか知るかよ。 お前は今日から家の子になるんだよなー、シロ」
「□□□っ!!」
「凄いですよ、お兄さん! これだけ暫くは動画のネタに困りませんよ、とりあえず次は私も後ろに乗せてください!!
空中散歩か、どんな感じなんだろう、楽しみー…」
「はぁ…、呆れてものも言えないわ…」
すっかりシロに夢中になっている千春は、シロのぬいぐるみのような体を抱き上げる。
シロはそれを嫌がるどころかむしろ喜ぶ素振りであり、このままでは本当にこの正体不明の存在をペットにする勢いであろう。
能天気な千春たちの反応に、朱美は疲れたようにため息をつくのだった。
色々あったが最終的に千春に変わったペットが出来た、だけで話が終わるかと思えば最後に一波乱あった。
それは朱美が千春の代理で喫茶店の手伝いを始めて、携帯を休憩室に置いていた事によって発覚が遅れる事になる。
例のモルドンの出現予想の連絡、タイミングの悪いことにそれは朱美が接客中の時に届いていたのだ。
遅まきながらその一報に気付いた朱美からの指示を受けて、千春はすぐさまモルドンの出現予想地点をへと向かう。
「はははは、いいぞー、シロ!! 目的地まで一直線だぁぁぁっ!!」
「いやー、怖いぃぃっ! でもこれは絶対、視聴者数を稼げるぅぅぅっ!?」
移動手段は当然、千春は先ほどのようにバイクへと取り付いたシロに乗ってである。
つい先ほどの希望が叶えられて、後ろには恐怖と戦いながら撮影を続ける天羽の姿があった。
若さゆえの暴走か、"マジマジ"への強い執着か。
命綱も無しに片腕だけで千春の背に捕まり、もう片方の手で撮影を行う天羽は無謀という他ないだろう。
「…でも、風とかは全然来ないですね。 高いのは怖いですけど、それだけで…」
「ああ、それもこいつの力っぽいぞ。 俺たちの周りに、こいつが作ってくれた風除けがあるみたいなんだ」
「□□□□□っ!!」
これも尋常ならぬ魔法少女の力の一端なのか。
空飛ぶバイクの上で剥き身になっている千春たちであるが、その体はシロの力によって保護されているのだ。
そのお陰で千春たちは空の上の風や寒さを全く感じることなく、優雅な空の散歩を楽しめていた。
空の上からショートカットした千春たちは、陸路の何倍の早さでモルドンが現れるという指定された目的地にたどり着く。
千春たちと並行して寺下の車で朱美がこちらも向かっているのだが、彼女たちは道中の信号で捕まっているのだろう。
当初の約束では朱美たちの到着を待つ筈なのだが、空中散歩でテンションの上がりきっている千春はそのままモルドンへと戦いを挑んでしまう。
「よーしっ、シロ! 俺とお前との初めてのお散歩はまだ終わってないようだぜ、こいつを片付けて〆るぞ!!
「□□□□□っ!!」
「頑張ってください!! ばっちり撮影しますからね!!」
「任せとけ…、変身っ!!」
天羽の激励を受けながら、千春はお決まりの変身ポーズでマスクドナイトNIOHへと姿を変える。
東洋風の鎧を纏った赤き仮面の戦士、マスクドナイトNIOHのAHの型。
その横では巨大なマシン、シロが取り付いて巨大化した千春のバイクが相手を威嚇するように前輪部分を上下させていた。
魔法少女の力によって誕生した変身ヒーローと、同じく魔法少女の力によって誕生したモンスターマシン。
そこだけ見れば特撮作品のワンシーンにしか見えない、一人と一体の奇妙な共闘が始まろうとしていた。




