1-8.
ウィッチこと友香が備えるモルドンの出現位置と日時を占う能力は、当然であるが無制限に行える訳では無い。
例えば日時の方は精々数か月程度先までしか見えず、先の未来になるほどに精度も落ちていく。
そして範囲も精々一つの街を覆うくらいであり、流石に国全体をカバーする程の範囲は無い。
そのため彼女の占い能力を活用するには、モルドンの出現を占う地域を厳密に指定する必要があった。
今回の場合は朱美が調べた共食いモルドンの情報から、それが出ると思われる地域を指定して占っていた。
その範囲でヒットした次のモルドン出現予測を元に千春たちは、この場所に遠征してきたのだ。
「おい、どういうことだよ。 この街の魔法少女とは話が付いていたんじゃ無いのか?」
「あれは私たちがコンタクトを取った子とは違う…、別の魔法少女です」
「どうやらこの辺は丁度、縄張りの境目に近かったようですね。
街単位で言うなら此処は私たちが話を通した魔法少女の担当地域なのですが、彼女たちは縄張りを飛び越えて入ってきたのでしょう」
魔法少女が縄張りに五月蠅いと言っても、所詮は未成年の子供たちがやることである。
一般的に街単位で魔法少女が居る事が多いため、大体は街区単位で魔法少女の縄張りを区別するのが一般的だ。
ただし隣の町に一歩でも足を踏み入れたら咎められるという話でも無く、その辺りの線引きはどうしても曖昧になってしまう。
厳密に見れば共食いモルドンが現れた場所は、動画出演を拒否した魔法少女の縄張りの範囲内である。
しかし此処は隣町との境に近く、隣の街で活動している魔法少女が足を踏み入れてもおかしくない場所でもあった。
「…どうする、千春?」
「とりあえず様子見だ。 魔法少女がモルドンと戦うのを止めるって言うのも、おかしな話だろうし…」
「ではこのまま待機で。 折角ですから、このまま共食いモルドンの戦闘データを取ってしまいましょう」
人が住まなくなってから長いらしく、所々崩れている塀に隠れながら千春たちは共食いモルドンの様子を伺っていた。
知ってか知らずか隣接する魔法少女の縄張りを超えてやってきた少女と、共食いモルドンとの戦いが始まろうとしている。
どうやら食事の途中で邪魔された事に苛ついているのか、共食いモルドンに逃げる素振りは見られない。
予想外の事態に戸惑う千春たちは、ひとまずこのまま共食いモルドンの観察を続ける方向で話が決まった。
共食いモルドンの前に現れたのは、ファンタジー系のロールプレイングゲームに出てきそうな姿であった。
動きやすさを重視した軽鎧に細身の剣を腰に帯て、そして先ほどの奇襲に使用したクロスボウを構えた時代錯誤な格好だ。
鎧姿を言うなら千春のマスクドナイトも同じであり、魔法少女の世界において見た目に言及するのは野暮な事だろう。
騎士風の魔法少女は既に次の矢が装填されたクロスボウを構えて、共食いモルドンを射貫こうとする。
しかし次の瞬間、その魔法少女は己の目を疑うことになる。
先ほどまで居た筈の鳥の形をしたモルドンの姿が消えてしまい、目標を失った少女は狼狽えてしまう。
「っ!? あぁぁっ…」
「。。。。。」
少し離れた場所で彼らの戦いを観察していた千春には、共食いモルドンがやったことを理解できていた。
単に上空へと飛び立って魔法少女の視界から逃れて、そのままクロスボウに向かってダイブしただけである。
しかし言葉で説明するのは簡単であるが、共食いモルドンの動きは瞬きしたら見逃してしまう程の一瞬の早業だった。
目の前に居た魔法少女がその動きに気付かなかった事実から見ても、あの共食いモルドンの動きは相当な物であろう。
ミサイルのように飛んできた共食いモルドンの嘴に貫かれたクロスボウは、真っ二つに割れてしまった。
「お、おい! 大丈夫か、麻乃」
「くぅぅ、このぉぉ…」
魔法少女の戦いを後ろで撮影していた青年は、モルドンの攻撃を受けてクロスボウを破壊されてしまった魔法少女の事を心配している様子だ。
本来は魔法少女とモルドンとの力関係は明確であり、魔法少女がモルドンに負けることは有りえない。
そんなモルドン相手に魔法少女の武器が一方的に破壊されたことで、青年は目の前の相手の異常さに気付き始めたらしい。
しかし当の本人、麻乃という名らしい魔法少女は青年の声に耳を貸すことなく激高しながら腰の剣を引き抜く。
まだまだ麻乃の方は戦意を失っておらず、このまま剣で戦う気なのだろう。
「何だよ、あの速さは…。 やっぱり普通のモルドンとは一味違うな…」
「まずいですよ。 あのままだと、魔法少女がやられてしまいます」
「いや、このままでいい」
麻乃と共食いモルドンの戦いを観察している千春たちから見ても、両者の力の差は歴然であった。
彼らの視線は自然とこの状況を打破できる唯一の戦力、マスクドナイトNIOHこと千春の方へと向けられていた。
しかしどういう訳か千春は一向に動こうとはせず、じっと共食いモルドンの姿を見ているだけである。
「どういうことですか、あの子を見捨てる気ですか」
「共食いモルドンは武器の方じゃ無くて、あの子を直接襲うことも出来た。 もしくはクリスタルがある、剣の方を狙うことも出来た筈なんだ。
それをしないって事はもしかして…」
どうやら千春は共食いモルドンの動きを見て、ある可能性に思い至ったらしい。
それを確認するために千春は、非情にもこのまま共食いモルドンを放置することを決めたようだ。
万が一のことを考えて何時でも飛び出せる準備をしながら、千春は共食いモルドンの観察を続行した。
千春たちの見立て通り、そこからの両者の戦いは一方的であった。
共食いモルドンのスピードに全く付いていけない様子の麻乃の振るう剣は、相手に全く当たる様子が無い。
それに対して共食いモルドンの爪による攻撃は確実にヒットしており、彼女の鎧に傷が無い場所がない程である。
しかしどういう訳か麻乃の体自体は無傷であり、共食いモルドンは鎧だけを狙って攻撃しているようだ。
自分が遊ばれていることを理解した麻乃は、ますます激高して闇雲に剣を振るい始めてしまう
「おい、こいつはやばいって。 逃げた方がいいぞ」
「こいつめ、こいつめ! 当たれ、当たれぇぇ!!」
「。。。。」
共食いモルドンは麻乃の無駄な努力を嘲笑うかのように、彼女の剣戦を掻い潜っていた。
麻乃の手の届く距離で悠々と飛び回る共食いモルドンは、完全に彼女の反応を楽しんでいる様子だ。
しかしそんな共食いモルドンのお遊びは、この場に現れた新たな登場人物によって終わりを迎える。
「…ブレイブ、そろそろ止めきな」
「…えっ?」
「全く、なんでこんなに性格悪い奴になったの? 飼い主に似たとかなら、嫌だなー」
「。。。…」
その声を聞いた瞬間、共食いモルドンはお遊びをやめて一目散に声の主の元へと向かう。
その人物の足元に着地した共食いモルドンは、先ほどまでの暴れっぷりが嘘のように大人しくなってしまう。
共食いモルドンに対して声を掛けた人物は、高校生くらいの少女であった。
しかしその顔は黒いマスクで覆われており、麻乃はその少女の素顔を見る事が出来ない。
"ブレイブ"、共食いモルドンの事をそう呼んだマスク姿の少女は、足元で頭を垂れるの共食いモルドンを前に溜息を付いていた。
「N、NIOHさん!? あれは…」
「やっぱり、共食いモルドンはモルドンなんかじゃない。 あれは魔法少女の使い魔だったんだ!!」
共食いモルドンを観察していた千春たちもまた、当然のように共食いモルドンを従えるその人物を目撃していた。
否、共食いモルドンでは無い、前後の状況を考えればあれはモルドンでは無く使い魔であることは明白である。
モルドンに偽装された使い魔と、その使い魔の主らしき魔法少女の登場。
千春たちの今日の遠征は、彼らが予想だにしなかった方向に事態が進行していた。




