1-7.
場の流れが共食いモルドンを放置できないと言う意見でほぼ固まり、千春たちの作戦会議は延長戦に突入していた。
既に喫茶店メモリーは閉店時間を迎えているが、寺下の好意で店内をそのまま使わせて貰っている。
閉店後の店内で千春たち一同は、他の客が居ないことを良い事に大声で議論を交わし合う。
しかし幾ら時間を掛けていっても、それに比例して良い案が出てくるとは限らないのが現実である。
例えば話し合いの最中で、海翔が自信満々に繰り出した作戦は以下のような内容であった。
「俺に良い考えがある。 あの鳥野郎があんなに簡単にモルドンへ奇襲を掛けられたのは、あいつがモルドンの出現を予測できたからだ。
モルドンを出待ちして一方的に襲い掛かるあいつのお株を、俺たちがそっくりそのまま奪ってやろうぜ!」
「おぉ、お前にしてはいいアイデアじゃ無いか! あれだな、狩り人が最も気が緩む瞬間は獲物を捕らえた時って奴だ! あいつのお食事タイムに割り込みを掛けるんだ!!」
あの共食いモルドンは理由は不明だが、モルドンの出現を予測することが出来ることはまず間違いない。
これまでもモルドンを出待ちして奇襲を掛けると言う手法で、効率的にモルドンを倒してきたのだろう。
海翔はそれと全く同じ戦法を取ることで、こちらから共食いモルドンに奇襲を掛けようと言うのだ。
確かにウィッチの占い能力を活用すれば、千春たちも同じようにモルドンの出現を予測できる。
実際に千春たちは先日、ウィッチの力を借りることで共食いモルドンの撮影に成功していた。
この撮影を奇襲に置き換えるだけなので、この作戦の成功は十分に見込めた。
「…それで、奇襲を掛けてどうするの?」
「ふっふっふ、よく聞いてくれた。 あいつがモルドンを食っている間に、ちょいと投げ網でも掛けてやれば簡単に捕まえられるぜ!!」
「それで捕まえた共食いモルドンを、俺たちの手で調べ尽くすのか。 うん、これはいい案かもな…。
次にモルドンが現れるまで日はある、その間に捕獲用の網を用意しないと…」
海翔は共食いモルドンに奇襲を掛けて、そのまま捕獲してしまおうと考えているらしい。
共食いモルドンのことを詳しく調べたければ、その身柄を確保してしまうのが手っ取り早いと言う安直な発想なのだろう。
友人の秘策を聞いた千春はすっかり乗り気になっているようで、既に具体的な予定について頭を巡らせている。
しかし盛り上がる元同級生の男たちに対して、元同級生の女の方は冷ややかな目線を向けていた。
「…それで、捕まえたモルドンを何処に置いておくのかしら?」
「えっ…。 ええっと…、マスクドナイトの秘密基地とか…」
「そんな施設、ある訳無いだろう。 そうか、捕まえた後に困るのか…」
「残念ながら私たち研究会でも、流石にモルドンを長期的に捕獲しておく設備は持っていませんよ」
共食いモルドンを捕獲する所で思考を止めてしまったお馬鹿な千春たちと違い、朱美や魔法少女研究会の面々はその先のことまで考えていた。
朱美の鋭い指摘を受けた千春はすぐさま現実を理解して、海翔は明らかに狼狽え始める。
海翔が言う様に仮に投げ網を使って共食いモルドンを確保したとして、その後の扱いに困る事は目に見えているからだ。
普通に考えてモルドンが大人しく網の中に納まっている筈も無く、すぐに持て余すことになるに決まっている。
短時間であればマスクドナイトの力があれば抑えられるかもしれないが、流石に千春に四六時中面倒を見て貰う訳にもいかない。
そして暴れるモルドンを置いておく施設の宛てもない千春たちが、共食いモルドンを捕獲して一体何になるというのか。
「そ、それなら魔法学部ならどうだ? あそこならモルドンの1体や2体…」
「あそこの研究施設は、渡りの襲撃を受けて半壊したんだぞ。 1か月やそこらで修復が終わるかよ…」
「駄目駄目。 流石に今の状況で、魔法学部に頼る選択肢は無いわよ」
「くっそー、良い考えだと思ったんだけどな…」
何とか自分の案を通したい海翔が苦し紛れに出した代案は、魔法学部に頼ると言う物だった。
魔法少女について研究している彼らであれば、確かにモルドンを長期的に確保出来るかもしれない。
しかし当の魔法学部は先日の渡りの襲撃の傷跡がまだ癒えておらず、そんな状況で頼るのは些か常識外れと言えよう。
加えて千春たちは魔法学部に対して密かな不信感を抱いており、胸の内を表に出さないようにやんわりと海翔の意見を却下する。
それに対して海翔は大げさな身振りでテーブルにもたれながら、自分の考えた作戦が否定されたことを悔んだ。
幾ら議論を重ねても、所詮は学生とフリーターの集まりでしかない千春たちでは出来る事は限られている。
彼らに現実的に出来る事と言えば、共食いモルドンの動きを今後も継続的に観察していくという消極的な活動くらいだろう。
とりあえず話の流れは前回と同様に、もう一度共食いモルドンの捕食シーンを撮影する方向で固まりつつあった。
「…それじゃあ、二回目の観察をしよう。 ウィッチはまた占いを頼むよ」
「はい! 次にあの辺りでモルドンが出る日時を占っておきます」
「次は事前にカメラを設置しておいて、多方向から撮影しましょう」
「ねえ、友里恵ちゃんだったかな…。 どうだ、次は俺の車で現場に行かないか?」
「ええー、どうしようかな…」
喫茶店メモリーで行われた作戦会議はお開きとなり、千春たちは次の遠征の準備について話していた。
前回の遠征が上手く行った事もあり、この場に居る者たちは特に不安を感じている様子はない。
誰もが次の遠征の成功を疑っておらず、仮に失敗があるとすれば共食いモルドンが現れずに空振りする可能性くらいしか考えていなかった。
海翔などは前回の一人ドライブが余程嫌だったのか、研究会の紅一点である友里恵をナンパしているくらいである。
この時の千春たちは、モルドンと言う常識に外れた存在に関わる事へのリスクをすっかり忘れていたのだ。
そして千春たちは次の遠征の日、予想外の事態に巻き込まれることになってしまった。
月が雲で覆われた薄暗い夜、外灯が余り整備されていない田舎道の視界は非常に悪かった。
千春たちはモルドンが現れるらしい道路から少し離れた場所にあった、廃屋の陰に隠れて待機している。
最初は順調であった、ウィッチの占い通りにモルドンが現れたし、それに奇襲を掛ける共食いモルドンも現れた。
前回を焼き増ししたような上空からの華麗な奇襲攻撃は、魔法少女研究会が事前に設置していた複数の高性能カメラにばっちり捉えられているだろう。
このまま共食いモルドンが獲物のクリスタルを咥えて、この場から飛び立てば千春たちの目的は達成である。
しかしこの時、千春たちに取っても共食いモルドンに取っても予想外の出来事が起きたのだ。
「。。。っ!?」
「…見つけた、モルドン! この街は私が守る!!」
「いいぞー、やれー!!」
何と先の海翔の作戦をなぞったように、獲物を捕らえた直後の共食いモルドンに向かって攻撃を放たれたのだ。
何処からか放たれた矢は共食いモルドンの体に命中したようで、その衝撃で咥えていたクリスタルを落としてしまう。
それをなしたのは見知らぬ中学生くらいの魔法少女と、その姿を背後で撮影する高校生くらいの青年であった。
どうやら彼女たちは相手が単なる一モルドンとしか思ってないようで、普段通りのモルドン退治を行おうとしているらしい。
こうして千春たちの予想に反して、共食いモルドンと魔法少女との戦いが始まろうとしていた。




