7-12.
自身を取り巻く予想外の状況を把握して軽く混乱していた千春だったが、落ち着きを取り戻したのか話を本筋へと戻した。
魔法学部の実験場に突如現れ、そして再び姿を晦ました"渡り"と呼ばれている蜥蜴型モルドン。
この場に渡りとの戦いに巻き込まれた魔法少女たちを呼び寄せた理由は、言ってしまえば単なる注意勧告の一環である。
「…とりあえず話を戻すぞ。 俺たちは渡りのモルドンと呼称される、とんでもない化け物と遭遇して交戦した。 あいつの強さは、身をもって体験しただろう」
「そうね…。 噂には聞いていたけど、あれは私たちが普段戦っているモルドンとは別物よ…」
「ふふふ…、そうでしょう、そうでしょう! まぁ、私は知ってたんだけどねーー!!」
建前上は勝負となっていた渡りのモルドンとの戦いであるが、実質的には魔法少女6人分の戦力による共闘である。
これがただのモルドンであれば虐めと言い程の過剰戦力であるが、あの超級のモルドンはその戦力を前に互角以上に戦って見せた。
仮にあのモルドンを魔法少女一人で相手をしろと言われたら、どう考えても絶望的な戦いになるだろう。
"アヤリン"と名乗る魔法少女はこの前の戦いの記憶を呼び覚ましたのか、普段から浮かべている営業スマイルが鳴りを潜めていた。
アヤリンだけでなく他の魔法少女たちも渡りの脅威を思い出したのか、お世辞にも明るい雰囲気とは言えない。
しかしこの中で唯一、過去に渡りとの交戦経験があったマジカルレッドこと花音はここぞとばかりに他の面々に対してマウントを取ろうとしていた。
「クリスタルを狙ってくる渡りのモルドンは、全魔法少女たちに取って脅威だ。 そこで渡りのモルドンに備えて、魔法少女同士で協力関係を結びたい。 とりあえず今のとこはこの前の戦いに参加したメンバーだけだが、いずれは他の魔法少女たちにも警告を…」
「最終的には全ての魔法少女の力を一つにして、巨悪の戦うのね! くぅぅぅ、燃えるぅぅぅぅ!!」
「はしゃがないでよ、お姉ちゃん! 恥ずかしいよ!!」
渡りのモルドンがこれからも魔法少女のクリスタルを求めるならば、再び千春たちの前に姿を見せてもおかしくない。
そしてあの強大な力を持つモルドンが相手では、魔法少女一人分の力ではとても対抗できないだろう。
逆を言えば今回のイベントの時のように、複数の魔法少女級の戦力が集めて初めて戦いの土俵に足を踏み入れられる。
対"渡り"を考えるならば魔法少女同士の助力は必須であり、千春はこの場に居る魔法少女たちと協力関係を結びたいと言う。
恐らく千春の提案を半ば予想していたのか、この場に集められた魔法少女たちの中で拒否反応を示している者は見当たらない。
特に魔法少女同士が手を組むイベントは特撮脳を持つ花音としてはクリティカルだったようだ、異様なテンションが高くなっていた。
協力関係を結ぶと一口に言っても、その程度によっては負担が大きく変わってくる。
その疑問を解消するために、学校の授業の様に手を挙げて質問を投げかけたのは佐奈であった。
「すいません、少し確認させて下さい。 協力という事は、もしかして私たちから打って出るということですか? 確か千春さんたちは、前は自分たち渡りのモルドンの動きを察知して…」
「それも考えたが、どうも無理そうなんだ。 どうやら今の渡りのモルドンは、魔法少女の探索を回避する手段を持っているらしい…。 前の戦いで渡りのモルドンの位置を見つけて貰った魔法少女に確認したが、奴の動きは全く掴めないそうだ」
モルドンとの戦いが義務付けられている魔法少女に取って、モルドンの出現位置を把握することは非常に重要である。
そのためモルドンの出現位置を予測する能力を持つ魔法少女はそれなりに存在しており、千春の先輩魔法少女と言うべきウィッチこと友香もその一人だった。
かつての千春たちも渡りのモルドンを見つけるために、有料料金でモルドンの位置を調べる魔法少女にコンタクトを取った。
金の力で標的の次の出現位置を把握することで、千春たちは渡りのモルドンと交戦して一度は撃退に成功したのだ。
しかしどういう訳か現在、魔法少女の力であのモルドンを探す事は不可能であるらしい。
「え、だって前はそれでモルドンの出現位置が分かったんでしょう? なんでよ…」
「分からん。 朱美が伝手を通じてそれ系の能力を持つ何人かの魔法少女に聞いてみたが、全滅だそうだよ…」
「私の占いでも駄目でした…」
「だから協力関係と言っても、何かあった時に助け合うってだけの緩い繋がりだな。 それ以上の事は出来そうにないし…」
もしかしたら渡りのモルドンは奪った魔法少女の能力を使って、ジャミングのような真似をしているのかもしれない。
理由はどうであれ、現状ではこちらから渡りのモルドンに挑む事は事実上は不可能と言える。
今出来る事と言えば前述の通り注意勧告くらいであり、渡りのモルドンが出てくるのを待つことしか出来ないのだ。
「アヤリンからも質問。 あの化け物に備えておくってのは分かるけど、それなら魔法学部の人たちを混ぜた方がいいんじゃ無いの? あの人たちに協力して貰った方がいい…」
「まあ、それも考えたが…、これ以上はあの人たちに迷惑を掛けられないだろう。 奴にクリスタルを奪われた時に、研究室があった建物が半壊して大変らしいし…。
とりあえず今の所は、俺たち魔法少女の関係者だけの話って事にしておいてくれ」
来るであろうと予想していた質問を投げかけたアヤリンに対して、千春は予め用意していた回答を返す。
魔法少女と言っても千春たちは単なる一個人でしか無く、この場に居る面々が力を合わせても出来る事はたかが知れている。
そのためより大きなことをするには組織を頼るのが得策であり、恐らく今千春たちに一番力になってくれる組織は魔法学部があるあの大学に違いない。
しかし先日の渡りのモルドンとの一件で魔法学部には少なくない被害が出ており、その後始末で忙しい筈である。
そんな状況の魔法学部を頼るのは気が引けるとして、千春は彼らの助けを借りる選択肢を排除したと説明した。
「ふーん…」
「そうですね、まずは私たちの力で何とかしましょう」
「そうよ! マジカルレッドとマスクドナイトNIOHの二大ヒーローが力を合わせれば、何でも出来るんだから!!」
「よーし、やってやろうじゃない。 見ててください、先輩! 私、頑張ります!!」
「いいか、万が一に渡りのモルドンの情報を手に入れたら…」
千春の説明に対して佐奈たちは素直に受け入れたようだが、アヤリンだけは意味深な反応を示していた。
恐らく彼女は千春の発言が嘘では無いにしても、魔法学部から距離を置いた本当の理由で無いと察したのだろう。
アヤリンと呼ばれている少女に取って、その如何にもな衣装や言動は魔法少女としての自身を演出するためのツールに過ぎないようだ。
自身の内心を見透かされたように感じる千春だが、それが顔に出てない事を祈りながら緊急時の連絡手段の話を始めようとしていた。
はっきり言ってしまえば、千春は魔法学部という存在に疑いの目を持ち始めていた。
今回の渡りのモルドンの一件は、少なからず粕田教授たち絡んでいるのでは無いかと千春は推測している。
千春が彼らを疑う最大の理由は、魔法学部という組織が魔法少女たちに取って都合が良すぎる存在であるからだ。
幾ら大学の宣伝目的のためとは言え、ただの学部の教授があそこまで協力してくれるだろうか。
そして渡りのモルドンに因縁がある千春たちが一堂に会する瞬間に、渡りのモルドンが襲撃を掛けてくるなど話が出来過ぎと言える。
そう考えて見れば、わざわざ千春たちを集めて渡りのモルドンを想定した実験をしたことも怪しく思えてくる。
「どう考えても黒幕ポジションだよな…、魔法学部って…」
「ある意味で分かりやすいですよね、今回の一件であそこに疑いを持つ人も増えて…。 いや、多分ほとんどの人は魔法学部に疑問に持つことは無いでしょうね。 残念ながら…」
「例のゲームマスター様の調整よね。 魔法少女関連の事柄はフィルターが掛かるから、余程疑わなければそういう物だと認識するでしょうね…。 下手すれば魔法学部も、ゲームマスターの肝いりで出てきたお助けポジションかもしれないし…」
魔法少女たちと集会を開く少し前に千春は、朱美と魔法少女研究会の浅田と共に魔法学部への疑念を相談していた。
どうやら彼らも少なからずは魔法学部に疑いの目を向けており、むしろ何を今更と言う反応を示されたのだ。
しかし魔法学部へ疑いを持つ最大の理由は、彼らの立ち位置が創作の劇中に登場する黒幕ポジションと同じだろうと言う一種のメタ的な読みでしかない。
そもそもこの世界はゲームマスターという存在の手によって、魔法少女やモルドンと言う異物が混ぜ込まれた異常な状況となっている。
もしかしたら冷静に見れば違和感しかない魔法学部も、ゲームマスターの干渉によって生まれた無害な存在である可能性もあるのだ。
所詮は神では無い一キャラクターの立ち位置である千春たちには、魔法学部という存在を完全に黒と断定することは出来なかった。
「ふっふっふ…。 マスクドナイトNIOHを影から支える私たち魔法少女研究会が、実はすべての黒幕と言う可能性もありますよ」
「ないない、あんたたちオタク共はラスボスの器じゃ無いって…」
「まあ、とりあえず暫くは魔法学部には関わらない方がいいかもな…。 どうせそっちで色々と調べるんだろう、何かわかったら教えてくれよ」
「任せて下さい、矢城さん。 あんな怪しいぽっと出の連中より、長年魔法少女の研究をしてきた私たちの方が役に立つことを証明して見せます」
「当然よ。 まずはあの個体に襲われた魔法少女たちと、魔法学部との関係をもう少し詳しく追ってみるわ。 そこから魔法学部と例のモルドンの繋がりも見えてくるかもしれない」
最近は魔法学部の影に隠れてしまっている魔法少女研究会の会長である浅田としては、千春が自分たちを頼ってきたのが嬉しいのだろう。
浅田は怪しく眼鏡を光らせながら、マスクドナイトNIOHこと千春に対して全面的な協力を約束する。
そしてジャーナリスト志望の朱美としてもこんな面白い題材を放っておく筈も無く、進んで魔法学部と渡りのモルドンとの繋がりを調べるに違いない。
魔法学部に関する疑惑の調査を彼らに任せた千春は、当面の脅威である渡りのモルドンに集中することにしたようだ。
「頼むよ。 上手く行けば、あのモルドンの正体も分かるかもしれない…」
「その口ぶりだと、あんたはまだあれが前の"渡り"とは別物だと思っているの?」
「しかしあの姿にあの実力が偽物だとは…。 確かにモルドンが昼間に現れたことには違和感がありますが…」
「確かにそうなんだが…、何か気になってな…。 すまん、今の話は忘れてくれ。 話がややこしくなるから、まずは魔法学部の方だけを追っかけて…」
そして千春は魔法学部の存在だけでなく、渡りのモルドンがかつて戦った個体とは別物では無いかと疑っているようだ。
千春と魔法少女たちを圧倒した二足歩行の蜥蜴型モルドンが、渡り以外の何物であるかと言われたら反論は難しい。
しかし千春は自分でも具体的には説明できないのだが、魔法学部の実験場で戦った例のモルドンに対する違和感を拭いきれていないらしい。
二人の反応の悪さもあって前言を翻す千春であるが、その表情からは未だに納得している様子は無かった。
そんな風に千春たちが魔法学部や渡りのモルドンに掛かりきりになっている頃、NIOHチャンネルの主である香は一人勉学に励んでいた。
半ば強制的に行かされている塾の冬季講習であるが、幾ら気が乗らなくても手を抜くわけにはいかない。
何しろ冬休みを潰した成果が三学期の成績に現れなければ、NIOHチャンネルの動画作りを禁止される可能性も出てくる。
今後もマスクドナイトNIOHの活躍を世間に伝えるためには、この冬期講習で成績アップを果たさなければならない。
「へー、これが前に言っていた奴ね。 とうとう完成したの、彩雲ちゃん」
「まだラフですけどね。 ようやく納得のいくデザインになりましたよ」
「ふふふ、これが出来たらお兄さんが喜ぶわね…」
しかし香も二十四時間全てを学問に費やしている訳も無く、合間に友人と雑談する余裕はあった。
教育熱心な母親の意向で香と同じように冬季講習に参加していた彩雲と、香は塾終わりに集まって話をしていたのだ。
香は彩雲が持って来たスケッチブックの中に描かれた、AHの型ともUNの型とも違う今まで見たことの無いマスクドナイトNIOHの姿に感心している様子だ。
千春に対して力を授けた二人の特異な魔法少女たちは、まだ見ぬマスクドナイトNIOHの新しい力に思いを馳せていた。
魔法学部の台頭、渡りのモルドンの復活、そして千春の知らない所で進行する分かりやすい強化フラグ。
マスクドナイトNIOHこと千春の戦いは、いよいよ次のステージへ足を踏み入れようとしていた。
これで今回の章は終わります、色々と詰め込んだせいか本当に難産でした…。
今回の話で第二部も終わり、次からはいよいよ第三部に突入ですよ。
また更新が1か月滞ることがないようでに少しプロットを見直したいので、次の章の開始は少し先なりそうです。
年明けの1月か2月あたりになるので、気長に待ってくれると嬉しいです。
では。




