7-9.
魔法学部に襲撃を掛けた目の前に居る謎のモルドンに対して、千春はある違和感を覚えていた。
モルドン特有の黒一色の体、巨大な口と長い尾を持つ二足方向の蜥蜴と言うべき異形の姿が見える。
それはかつてマジカルレッドこと花音の活動地域である、あの土手で対峙した渡りのモルドンとほぼ同じ造形であろう。
しかし千春は内心ではあれが、あの時に戦った渡りのモルドンであると断定出来ずにいた。
あの時の土手は夜の闇の中で光源が月明かりしかなく、視界の悪さから渡りのモルドンの姿を完全に把握できなかった。
それはシロや花音の弟の楽人が撮影した映像も同様であり、千春たちは渡りのモルドンの全貌を捉えられていないのだ。
「あぁぁ、馬鹿力がぁぁっ!!」
「ヲヲヲヲヲヲっ!!」
目の前のモルドンが長い尾を振り回す、その何でもない一振りを掠めただけで千春の体が持っていかれそうになる。
通常のモルドンとは思えない規格外のパワーを見せるそれが、渡りのモルドン以外の何であると言うのか。
しかし千春はそれでも、これが本当に渡りなのかと言う疑問を拭えずにいた。
「隙ありです!!」
「ヲヲヲ!? ヲヲっ!!」
「硬っ!? ああ、逃げるなぁぁぁ!!」
危険を推して千春が近接戦闘を挑んだことで、渡りの注意にこちらに集中している。
その隙を逃さずにアヤリンのライフルから放たれた正確な射撃が、渡りの足に命中していた。
しかしその弾丸は渡りにとっては虫に刺された程度の物だったのか、ダメージを受けた様子も無く動きを止めない。
足止めに失敗して追撃はお預けになったが、確かにこちらの一撃は確かに届いていた。
かつての戦いで最後まで殆ど有効打を与えられなかった渡りを相手に、数で押したとは言えこんなに簡単に当てられる物なのか。
「よし! やっぱりこいつ、あの時のバリアを作れないみたい! 全員で押せば勝てるわ」
「…千春さん」
「…とりあえず今はあの子の言う通りにしよう。 このまま勝てれば問題ない、問題ない筈なんだ…」
かつての渡りは魔法少女を上回る圧倒的な身体能力に加えて、複数の能力を使いこなすテクニシャンでもあった。
多重展開する障壁、口から吐き出される炎、そして常にこちらの位置を把握して自身の死角を無くした探知能力。
しかし今回のモルドンはそのような能力を使う素振りは無く、ただただ強力な身体能力で暴れるだけである。
その規格外の身体能力だけで十分に脅威であるが、以前の渡りと比べたら随分と戦いやすい。
このある種の手ごたえの無さが、千春の抱く違和感の原因になっているのかもしれない。
ただのモルドンが最初からあれだけの多彩の能力を持つ筈が無く、かつての渡りが使うそれには種があった筈だ。
あの時に見せた能力は、渡りのモルドンが摂取したクリスタルに由来する物であると推測されている。
例えばウィッチのクリスタルを取り込んだ渡りは、彼女の火炎放射らしき能力を使えるようになっていた。
そして千春たちを苦戦させた障壁などの能力もまた、同様に魔法少女から奪った能力に違いない。
「はははは、前の戦いで私たちはお前がため込んでいたクリスタルを砕いた! 奪われたクリスタルは元の魔法少女たちの元に戻り、お前はあの時の力を失っている!!
そんな相手に、このマジカルレッドが負ける筈が無いのよ!!」
「おいおい、大丈夫かよ」
千春たちは以前の戦いで渡りのモルドンその物は倒せなかったが、一矢報いることには成功していた。
花音が自信満々で語る通り、渡りの口内に蓄えられていた魔法少女たちか奪ったと思われるクリスタルの破壊に成功したのだ。
これによって渡りのクリスタルの一部を喰われていたウィッチは、魔法少女としての力を取り戻すことに成功している。
恐らくの渡りの被害にあった他の魔法少女たちも、あの戦いの後で再び魔法少女の力が蘇った筈である。
そしてそれは渡りのモルドンがこれまで蓄えた魔法少女の力を失った事を意味しており、その結果が今の状況なのだろう。
渡りのモルドンとの交戦経験のある花音は、千春と同様にこの渡りのモルドンが不自然さに気付いたようだ。
その事実から花音は渡りが劣化したと判断したようで自信を取り戻し、ああして相手の正面に立って大見栄を切っていた。
しかし千春としては花音の判断は早合点としか思えず、万が一に備えて注意深く渡りのモルドンの様子を観察する。
「ヲヲヲヲヲヲっ!!」
「っ!? 危ない!!」
「きゃっ!?」
そして千春の予感は的中した。
足を止めて貯めのような姿勢を取った渡りのモルドンの様子に嫌な予感を覚えた千春は、咄嗟に花音の元に近寄ってその体を引っ張る。
花音が千春の手によって地面に倒されるのと、先ほどまで彼女が居た場所に光の光線が放たれるのはほぼ同時であった。
あと一歩千春の動きが遅かったら、マジカルレッドこと花音の体は黒焦げになっていた事だろう。
光線はそこまで射程が無いのか観客の元に辿り着く前に消失したが、あれがもう少し延びていたら犠牲者が出ていたかもしれない。
渡りが見せた新たな能力に衝撃を受ける千春たち、特に先ほど死にかけた花音は見るからに動揺した様子である。
「な、な、何なのよ…、あれ」
「自分で言っただろう、あいつはクリスタルを喰う事で魔法少女の力を手に入れる。 あいつは此処に来る前に、何をしたんだ?」
「…あっ!?」
確かに渡りのモルドンは千春たちの手によって、苦労して集めた魔法少女のクリスタルを失うことになった。
この渡りがかつての力を失っているのは当然かもしれないが、だからと言って何の力が無いという訳でも無い。
何しろこいつは先ほど、魔法学部が保管していた多数のクリスタルを喰っているのだ。
渡りのモルドンがクリスタルを喰らう事で魔法少女の能力を取り込むならば、新しい能力に目覚めているのは当然だろう。
千春は先ほど、渡りのモルドンが口から放った光線に見覚えがあった。
以前に魔法学部を訪れた時、千春は魔法学部が収集した魔法少女たちが使う能力の記録映像を見せて貰っている。
その中に今のモルドンと同じように、光線を放って見せた魔法少女の映像もあった。
あの時の映像は魔法学部にクリスタルを譲った元魔法少女にお願いして、能力使用時のデータを記録に納めた物である。
渡りのモルドンが魔法学部のクリスタルを全て腹に納めたなら、記録されていた光線の能力を使っても不思議ではない。
「気を付けろ、どんな能力を使ってくるか分からな…」
「くらえぇぇ!!」
「ヲヲヲっ!?」
魔法学部来訪時に千春が見せて貰った記録は、魔法少女数人分の能力だけである。
あそこに集められたクリスタルの全ての能力を把握出来ておらず、この渡りがどんな手を使ってくるかは分からない。
千春は先ほどの光線を見て固まっている周囲の魔法少女たちに、渡りの出方に注意するように呼び掛ける。
しかし一人だけある意味で空気が読めない少女が、千春の指示に逆らうかの様に攻撃を仕掛ける。
少女の叫びと共にモルドンの体は炎に包まれてしまい、自身の異変に気が付いたモルドンは驚いたような声を出す。
「…おいっ!」
「見たか、モルドン。 これが私と先輩の力よ!!」
そこには掌を前方に突き出しながら、不敵な笑みを浮かべている朋絵の姿があった。
発火能力、朋絵が魔法少女の力を使って再現した超能力の一つである。
この能力は発動するまでに少々時間が掛かるようで、絶えず動き回っていた渡りに対して上手く狙いが付けられなかったようだ。
そこで光線の発射直後で硬直している所を見て、思い切りよく能力を食らわせたらしい。
「…そうよ。 相手に能力を使わせる前に、倒してしまえばいいのよ!! アヤリン、いくわよ!!」
「わー、レッドちゃん、脳筋ー!! でもでも、今はガンガン推してくのが正解かもー」
「一発じゃ駄目ならもう一発ぅ!!」
朋絵の行動を見て腹が決まったらしい花音が、仲間であるアヤリンと共に一斉攻撃に打って出る。
近未来風の光線銃を取り出して構える"マジカルレッド"、"アヤリン"も同じように巨大なライフルを標的に向けた。
"ジュニア"は未だに炎に包まれている渡りのモルドンに再び発火能力をぶつけるため、意識を集中する。
恐らく今日の対マスクドナイトNIOHのために、練習でもしていたのだろう。
マジカルレッド率いるマスクドナイトNIOH包囲網の面々の息の合った攻撃は、渡りのモルドンへと向かって行った。




