7-6.
"アヤリン"、彼女は魔法少女専門動画サイト"マジマジ"で活躍する魔法少女の一人である。
数年前から魔法少女として活躍しており、その人気はマジマジの上位陣に数えられる程だ。
入れ替わりの激しいマジマジという戦場において常に上位メンバーに名を連ねており、その人気は不動の物と言える。
しかし逆を言えば彼女の人気は常に上位層で停滞しており、一度もマジマジで頂点を掴んだことは無かった。
幼い少女が可愛らしい衣装に身を包み、ファンの声援を受けながら戦うテンプレート的な魔法少女。
まさにその典型というべきアヤリンは、他の魔法少女との差別化に苦戦していたのだ
「駄目、相変わらずチャンネルの登録者数が伸びてない…。 このままだとまずいわよ…」
動画の中では常に笑顔を見せるアヤリンであるが、内心では自分の立ち位置について悩んでいた。
アヤリンがマジマジで活動を始めたのは小学生の頃であり、まさに万人が魔法少女として思い描く年代だろう。
しかし時は流れていき彼女も今では中学生であり、否応なしに大人への階段へと昇っていく。
それは可憐で幼い魔法少女アヤリンのイメージから、徐々に外れていくことを意味していた。
実際に古参のファンが離れていく傾向にあり、このままでは頂点どころか今の地位を維持することも難しい。
「大丈夫だよ、アヤリン。 アヤリンならきっと上手くいくって!」
「はぁ、そんな訳無いでしょう…。 今のキャラクターを続けていても限界が来るのは目に見えているわ、何とか梃入れをしないと…」
チャンネル立ち上げ時期からの協力者である男は楽観的な言葉で励ますが、それを鵜呑みに出来ないことは当人が一番理解していた。
如何にもな感じの可愛らしい喋り方や仕草、世の魔法少女ファンのイメージを具現化したようなアヤリンというキャラクター。
しかしそれを演じる少女は動画の外では普通に喋り、真剣に自分の未来について悩むその姿は年相応の女子中学生でしか無かった。
このままアヤリンという偶像に縋っても、この先に待っているのは破滅である。
今後も彼女が今の有名魔法少女としての地位を維持するためには、何らかの策を講じる必要があるだろう。
「…やっぱりあの話を受けましょう」
「ええ、俺は反対だ!! あんな連中とコラボする必要ないって!!」
「その中にマスクドナイトNIOHが居れば話が別よ、彼とはちょっとした因縁もあるから丁度いいわ…」
悩めるアヤリンの元にそんな時に舞い込んできたのが、マジカルレッドこと花音が持ちかけた例の決闘イベントである。
マジマジの世界で考えるならば、マジカルレッド如きの零細チャンネルがアヤリンとコラボするなどは百年早い。
しかしその内容が今話題のマスクドナイトNIOHとの戦いであれば、話は大きく変わってくる。
少し前に起きた一件もあり、アヤリンチャンネルのファンたちはマスクドナイトNIOHに対して強い敵対心を抱いていた。
此処でアヤリンがマスクドナイトNIOHと対決するとぶちまければ、低迷しつつあるチャンネル人気を復活させる切っ掛けになるかもしれない。
「嫌だ! あんな奴がお前と組むなんて俺は認めないぞ!!」
「…兄さん、少しは大人になってよ」
魔法少女を生み出したゲームマスターの趣味によって、魔法少女を営利目的のために利用することは半ば禁止されている。
マジマジで人気チャンネルと言えども、所詮は金にならない趣味の産物でしか無いのだ。
アヤリンもその例に洩れず、彼女は魔法少女ファンである従兄の青年の力を借りてこれまで活動を行っていた。
根っからの魔法少女原理主義者である従兄は、男性変身者であるNIOHに対してファンたちと同じような敵愾心を抱いているらしい。
動画編集などの裏方業務を担当しているこの従兄を納得させなければ、マスクドナイトNIOHとの対決を行うことは不可能である。
意固地になる従兄との青年を説得するために、アヤリンは数時間に渡る無駄な時を費やす羽目になった。
魔法少女アヤリンとマスクドナイトNIOHとの間には、これまでに直接的な絡みは一度も無い。
しかし間接的な話であれば、彼女はあのヒーローとのちょっとした縁があった。
かつてマスクドナイトNIOHこと千春が交戦した、モルドン化した熊型使い魔のホープ。
実はホープが暴走を始めた地域は、アヤリンの活動拠点がある街だったのだ。
そしてホープを通常のモルドンと考えて戦いを挑んだ彼女は、あえなく返り討ちにあって破れてしまう。
「何のよ、あのモルドンは! 絶対普通じゃないわ、まさかあれが噂の渡りって奴なのかしら?」
「どうやら渡りって訳じゃなさそうだ。 これを見ろよ…」
「…マスクドナイトNIOHの動画、新作があがったのね」
魔法少女の力は基本的にはモルドンを上回っており、相性によっては苦戦することはあれども負けることはまずない。
事実としてアヤリンはあの戦いの時まで、モルドンを相手に一度も敗北したことは無かった。
しかしそんな過去の実績を嘲笑うかのように、あの熊型のモルドンは容易く彼女を倒してしまう。
これまでの彼女の魔法少女としての経験を覆すような、あの異常なモルドンの正体が何なのか。
その謎を解き明かしたのが、アヤリンが敗北してから数日後に投稿されたマスクドナイトNIOHの動画である。
「元使い魔のモルドンって…。 うわっ、あのモルドンはNIOH案件の奴だったのね!」
「くそっ!? NIOHめ、調子に乗りやがって…」
これまで少女しか足を踏み入れられない筈の魔法少女の世界に踏み込んだ世界初の男性変身者。
マスクドナイトNIOHこと矢城 千春は、良くも悪くも魔法少女の世界に騒動を起こしている。
"渡り"と呼ばれる異常なモルドンと戦い、魔法少女が引き起こした数々の事件を解決していく。
人々の間でNIOH案件と揶揄される程に、このヒーローは魔法少女業界を大きく動かしていた
「流石はマスクドナイトNIOH、って所かしら…。 あんな化け物と関わっているなんて…。
やっぱり何かが変わり始めているんだわ…、魔法少女の世界が…」
少し前までの魔法少女の世界は良く言えば安定、悪く言えば停滞している状況であった。
モルドンと魔法少女との勝敗の決まった戦いが、そこら中でただただ繰り返されている日々が続いていた。
しかしマスクドナイトNIOHの登場によって、閉塞感すら覚えるありきたりな魔法少女の日常が徐々に変わっている。
アヤリンとして魔法少女業界の最先端を走るアヤリンは、そんな時代の変化を敏感に感じ取っていた。
協力者である従兄の青年が臍を曲げそうなので、少女は胸に秘めていた本音を隠し通していた。
確かにマスクドナイトNIOHの知名度を活かして、自身のチャンネルの人気を復活させる事は重要である。
しかし集客云々は建前で、彼女はただただあのマスクドナイトNIOHと関りを持ちたかったのである。
マジマジでトップ層に位置するアヤリンに自己顕示欲が無い訳も無く、むしろ人一倍強いと言っていい。
そんな彼女が魔法少女の世界を変えるようなビックイベントが起きた時に、蚊帳の外の脇役未満の立場で居る事を認められる筈も無い。
アヤリンはマスクドナイトNIOHという渦中の人物と関わることで、自身も主演の一人として舞台の上に立ちたかったのだ。
「アヤリンでーす、今日はよろしくお願いしまーす!!」
「ははは、こちらこそよろしく。 いやー、まさかアヤリンとコラボが出来るなんてなー」
「そこぉ! 私の時と反応が違うわよ!!」
初めて会ったマスクドナイトNIOHの中の人、矢城 千春の印象は余りパッとしない物であった。
正直言って変身していない千春は、従兄や自身のファンと同類のオタク系男子と対して変わらない印象である。
魔法少女業界でそれなりに有名人であるアヤリンを前にして、嬉しそうに握手を交わす姿からは特別な感じは全く見られない。
内心で少々落胆したアヤリンは、本番でマスクドナイトNIOHの力を試せれば何かを得られるのではと期待する。
しかしアヤリンは予想以上に早く、マスクドナイトNIOHという存在の特異性を理解することになった。
「な、何よ、こいつ!?」
「渡り!? 本物なのか…」
「やっぱり正解だった…」
マスクドナイトNIOHとの対決イベント、そのオープニングの最中にそれは突然現れたのだ。
直接はその存在に会った事は無かったが、その姿は動画を通して何度も見たことがあった。
夜の闇に溶け込むような漆黒の体、その姿は大きな口と長い尾を持つ二足歩行の蜥蜴型モルドン。
渡りと呼ばれる特異なモルドンと直に対面したアヤリンは、千春たちが狼狽する中で一人ほくそ笑む。
普段の営業スマイルとは全く異なる、本心からの笑みを見せるアヤリンの姿がそこにあった。
一週間以内に更新できたから、セーフ!!
…すいません、次は遅くとも土日までには更新します。
では。




