6-16.
そのままだと佐奈たちが戻ってきそうなので、とりあえず二人には問題無いから帰って欲しいと先に通知しておく。
個人経営である喫茶店メモリーのライバルとも言える、全国展開中のコーヒーチェーン。
その駅前店に入った千春は天羽と共に適当に飲み物を購入した後、それを持って奥のテーブル席で向かい合う。
とりあえず千春は注文したコーヒーをブラックのまま口に入れて、寺下のコーヒーの方が美味いとの感想を抱く。
一方の天羽は自身のカフェラテに手を触れず、ボツボツと今日彼女がおかしかった原因を話し始めた。
「…親の介入ね。 まあ学生あるあるだよな、家の親も厳しかったから良く分かるよ」
「自分では上手くやってたつもりだけど、母さんはそう思って無かったみたいなの。 塾の話もそうだし、これから色々と口を出してきそうなの…。
きっと今まで見たいに、マジマジで活動ができなくなるわ…」
天羽から聞かされた話は、年頃の子供が居る一般家庭では良くある悩みなのだろう。
千春もかつては教育熱心な母親に口煩く言われていたので、同じような立場になっている天羽の気持ちは理解できる。
もっとも出来の悪い千春の方は早々に母親から見放されてしまい、自由な学生生活を手に入れることになた。
しかし千春と違って成績はそう悪く無さそうな天羽であれば、その母親が彼女を見放すことは無いだろう。
子供の将来を考えて、マジマジなどと言う生産性の無い趣味に時間を費やしている現状を止めようとするのは仕方ない。
「はぁ…。 あそこの大学がもう少しましなら、塾に行かなくても良くなったのにな…」
「最終ゴールの大学が既に決まっているなら、中間地点の高校は適当でも構わないって理屈か? それは無茶だろう…」
結局の所、中学生である天羽が勉学に勤しむ理由はより良い大学に進むためにある。
その大学を今の時点で決められるならば、今から塾などに通って勉強漬けになる必要は無いかもしれない。
魔法少女であればあの大学にフリーパスで入れると言う話を聞いた天羽は、そのような都合のいい道筋を考えていたらしい。
少し前に粕田から貰ったパンフレットを片手に、ネットであの大学の評判を熱心に調べていた理由はこれだったようだ。
「なぁ、何でお前はそこまでマジマジに拘ってる? もうNIOHチャンネルはマジマジでそれなりのポジションだ、ここいらで満足しておくのも手じゃ無いのか?」
「駄目よ、私たちはもっと有名になるの! マスクドナイトNIOHは、私のヒーローは…」
「…? 天羽自身じゃ無くて、NIOHを有名にしたいのか?」
千春の認識としては、天羽は自身が有名になるためにマスクドナイトNIOHという存在を利用している筈だった。
事実として世界初の男性変身者であるその存在は、瞬く間にNIOHチャンネルを有名にしてくれた。
そしてNIOHチャンネルの躍進は、チャンネル主である天羽の注目を集めることに繋がる。
天羽が千春に協力を持ちかけた時、彼女は自身がマジマジで有名になりたいのだと確かに言っていた。
しかし天羽が口に出した言葉が本音であれば、彼女が真に重要視している物は自身では無くてマスクドナイトNIOHという事になるでは無いか。
千春は天羽の真意が理解出来ず、不思議そうに天羽 香と言う中学生の少女の姿を見つめた。
何時の世の若者も少なからず、自らの存在を世間に認めさせたいという承認欲求を抱くものである。
魔法少女という特別な力に目覚めた天羽は、その力を使って魔法少女たちが活躍するマジマジで注目を集めたかった。
そのために彼女は熱心にマジマジについてや、視聴者受けが良さそうな能力について熱心に研究してきた。
今ではその念願が叶って天羽は、NIOHチャンネルのチャンネル主として確かな知名度を得ている。
自身の現状に満足感を覚えていることは認めるが、天羽がマジマジに拘る理由はそれだけでは無かった。
「…私はお兄さんも有名になって欲しかったの。 私を助けてくれた、あのヒーローをみんなに知って貰いたかった。 あれならマジマジの頂点を掴めるかもって、打算も確かにあったけどね」
「…それでお前は打算側の理由だけを全面に出して、俺との動画作りを持ちかけたのかよ。
なんだよ、つまりお前はマスクドナイトNIOHのファン一号って訳だ。 自分の推しを世間に広めたいってのは、ファン心理だもんな…」
「もう、身も蓋も無いな…。 確かにそうかもしれないけどさ…」
天羽が当時はまだNIOHという名前が無かった、千春が変身したあの姿に注目したのはマジマジのためだけでは無い。
彼女は純粋に、自身を救うために颯爽と現れたヒーローの姿に心を奪われてしまったのだ。
千春の言う通り天羽はあの瞬間、後にマスクドナイトNIOHと名付けられたヒーローの最初のファンとなったのだ。
そして天羽はNIOHの一ファンとして、自分を救ってくれたヒーローの凄さをみんなと共有したかった。
こうして天羽自身が有名になると言う実益も兼ねて、マスクドナイトNIOHこと千春とのマジマジでの活動を始めたのである。
「それならそうと早く言えよ…。 別に隠す事も無いだろう…」
「嫌よ。 何か恥ずかしいじゃない…」
「はいはい、年頃は難しいな…」
これが複雑な乙女心という奴か、天羽は自身の思いを隠したまま千春と接していた。
あくまで自身がマジマジで有名になりたいと言う理由だけを全面に出して、マスクドナイトNIOHの知名度を上げると言う目的を今日まで隠していたのである。
この隠し事のこともあって、天羽はあえて千春と距離を置いてビジネスライクな付き合いに徹したのだろう。
しかし自身の家庭環境の変化から千春に迷惑を掛けてしまい、その事実にショックを受けたことで天羽の仮面に罅が入ってしまった。
これ以上は千春に隠し事は出来ないと考えて、天羽はこうして本音を曝け出してくれたようだ。
恥ずかしそうに顔を赤くしながら拗ねたような顔を見せる天羽の姿は、千春がこれまで見たことの無い彼女の一面であった。
母親から愛想を尽くされた経験のある千春としては、天羽にそのような道を辿って欲しくはない。
動画作りと母親との板挟みになっている天羽に対して、千春は自分と同じ過ちを繰り返さないように説得を試みる。
「天羽、大人しく塾に行っておけよ。 少し動画作りのペースが落ちるかもしれないが、このまま母親を敵に回すよりはその方がいいさ」
「それだと…」
「俺たちのチャンネルの活動時間はまだ半年くらいだろう? まだまだこれからだよ、気長にやっていけばいいさ…。
後1年…、だと高校受験シーズン真っ只中だな。 それなら後2年もあれば、NIOHチャンネルがマジマジのランキングトップに出来るさ」
マジマジでの活動期間が1年にも満たないNIOHチャンネルは、あの界隈ではまだ新人同然だろう。
最古参であるファミリアショーは勿論、それ以外のマジマジの上位チャンネル陣は大抵は数年単位のベテランだ。
千春は今すぐに頑張らなくても、時間を掛けて行けばマジマジのトップに辿り着くと天羽を諭す。
その話を聞いた天羽は渋い顔をしながら、暫く考えている様子であった。
「…分かったわよ、お兄さんの下手糞な口車に乗ってあげる。 でもいい、言質は取ったわよ! 私たちのNIOHチャンネルはマジマジの頂点に立つんだからね、絶対に約束よ!!」
「ああ、分かってるよ」
暫くして天羽は渋々であるが、千春の意見を受け入れることを決める。
彼女自身も親に逆らってまで、無理をして動画作りを続けることはまずいと考えていた筈だ。
今後も千春が動画作りを手伝ってくれると改めて約束してくれた事だし、此処で意地を張るよりは今は妥協した方が得だと判断したらしい。
「それなら今後も一緒の動画作りをしてくパートナーとして、お兄さんに一つお願いがあるの」
「何だよ、天羽。 そのお願いってのは…」
「それよ、それ。 なんで私の呼び方が何時まで経っても名字なのよ。 他の魔法少女のことは、平気で名前呼びしているのに…」
「いや、それは…。 別に変える必要も無かったし…」
そして改めて協力関係を結んだ千春に対して、天羽は自身の呼び方に対する改善を要求してくる。
確かに千春は彼女に対する呼び方として、彼女の姓である"天羽"を使っていた。
千春としてはその呼び方に拘りは無く、単に最初に使った呼び方を今日まで続けていただけの話である。
しかし天羽の知る限り、これまで千春が新たに知り合った魔法少女に対してはその殆どを"姓"では無く"名"で呼んでいた。
どうやらこの少女は、何時までの名前を呼んでくれないパートナーに内心で不満を持っていたらしい。
「はいはい、分かったよ…。 香、これからもよろしく頼むよ」
「ええ、お兄さん。 私とお兄さんの存在を世界中に知らしめてやりましょう。
ああ、これは返しておくわね…」
天羽 香の手から生まれた青色の光が、一瞬の内に矢城 千春の体に吸収される。
一時的に没収されていたUNの型とヴァジュラの力が、元の持ち主である香の手によって千春の元に戻された。
共にマジマジでの動画投稿を行うと言う契約の証である力が返されて、千春と香の関係は元通りに修復された。
思いを新たにした一人の魔法少女と一人の青年のコンビによる、マジマジでの戦いはこれからも続いていくのだ。




