6-14.
彩花による強化カードの反動を受けて元々弱っていた所で、千春とシロを相手に袋叩きにされたのだ。
クリスタルこそ破壊されていないが、シロに串刺しにされた3号はどう見ても戦闘不能だろう。
勝利を示すかのように千春が片腕の高々と突きあげて見せて、それと同時に静まり返っていた観客席が動き出す。
「なんだよ、それ!! それでもヒーローかぁぁっ!!」
「そんな終わり、ありかよぉぉっ!」
「卑怯っす! あんなの反則っすよぉぉぉぉ!!」
「モルちゃん3号ぉぉぉっ!!」
この幕引きは当事者である彩花やことみは勿論、ギャラリーとして集まった魔法学部の菅家社に取っても不満が残ったらしい。
過程はさておき見事に勝利を納めた千春たちに降りかかったのは、勝算では無くブーイングであった。
しかし千春は外野の声などに気にすることなく、3号の体かから機械羽を抜き去ったシロの元へと慌てて駆け寄る
3号はクリスタルが無事なのでまだ生きてはいるが、最早自力で起き上がれないらしく地面へと横たわっていた。
「シロ、大丈夫か? バイクの状態を確認したい、一回合体を解け」
「〇〇? ○○…」
言われるがままにバイクとの合体を解いて、ぬいぐるみのような姿のシロの本体が姿を現す。
そしてバイクの方は先ほどまで生えていた機械羽などが無くなり、ただのバイクへと戻っていた。
千春は心配そうにバイクの状態を詳しく確認して、焦げ目や塗装の禿が出来てるもの本体に異常が無い事を確かめて一安心する。
「よかったぁぁぁ、俺のバイクは無事だ…。 全く、あそこで火は無いだろうに…」
「千春さん…。 もしかしてバイクの事に怒って、あんなに大人げない真似をしたのかしら? まさかそんな…」
千春のことを頼れる大人だと思っていた佐奈は、意外に子供染みた彼の一面を見せられて困惑している様子であった。
普段の千春であれば実験の趣旨を理解して、あんな反則まがいの手段は取らないだろう。
しかし先ほどのシロを火あぶりにした彩花の選択は、どうやら千春の怒りを招いたらしい。
以前に乗っていた千春のバイクは戦闘の最中に大破して、最終的に炎に包まれて消えて行った。
火だるまになったシロの姿からかつての愛車の最後を思い出した千春は、その頭から容赦の二文字を消してしまう。
その結果がご覧の有様であり、こうして魔法学部が企画し模擬戦闘実験は呆気なく終わってしまった。
下手をすれば暴動すら起きそうな雰囲気であったが、粕田教授の一言によって観客席はすぐに静まり返った。
このスーツが似合う魔法学部の教授の影響力は、この大学においては絶大なのだろう。
観客席に居た魔法学部の学生たちは不満そうにしながらも、教授の指示に従って撤収作業に取り掛かる。
そして千春たちは一足先に訓練場を後にして、粕田教授と共に再び応接室へと訪れていた。
「本当にありがとうございます。 リューを治してくれて…」
「□□□!!」
「気にしないで欲しいっす。 この位はおちゃのこさいさいっすよ…」
応接室では怪我一つないリューを抱えた千穂が、彩花に向かって深々と頭を下げていた。
先ほどの戦いで3号に深手を負わせられたリューが、今ではすっかり元気になっているのだ。
戦いが終わってからまだ1時間も経っていないのに、これはどういう事なのだろうか。
Heal(回復)、それがリューの怪我が消えている理由であった。
他者を支援する魔法少女である彩花は、お約束ともいえる回復魔法を使うことも出来たのだ。
事前に千春たちはクリスタルの破壊以外は何でもありという、中々に物騒な取り決めの元で今回の実験を行っていた。
少々危険なルールだとは思っていた、それは彩花の回復魔法と言う保険があった上での事だったらしい。
この場に居ない3号も千春やシロから受けたダメージは、彩花の魔法によってすっかり回復していた。
「回復か、そんな手札もあるんだな。 もしかしてこれが、取っておきって奴か?」
「そんな訳無いっすよ。 それにこのカードは回復完了するのに時間が掛かるから、戦闘中には使え無いっす…」
「ああ…、そういえばそうだったな。 流石にゲームみたいに、一瞬で回復はしないか…」
戦闘中に回復などされたら、それこそクリスタルの破壊以外に決着付ける方法が無くなってしまう。
ゲームで例えれば回復をしてくる敵を倒すために、命中率の低い一撃必殺を狙うしか無いと考えればその難易度は理解できるだろう。
しかし彩花本人が言う様に、この回復の能力には致命的な欠点が存在していた。
実際に千春がリューと3号の治療風景を見た限りでは、リューたちの傷が修復されるまでそれなりの時間待たされた。
普通ならば数週間単位で待たされると考えれば凄まじい効果と言えるが、残念ながら状況が刻一刻と変化する戦場においては時間が掛かり過ぎる。
「矢城さん、今日は本当にありがとうございました。 お陰で実験は大成功です、いいデータが取れましたよ…」
「そんな…。 すいません、最後の方は少し調子に乗ってしまって…」
粕田は実験を終えた千春たちに向かって笑顔をみせて、今日の実験が成功したと感謝を述べる。
しかし戦いが終わって冷静さを取り戻した千春には、自分の暴走によって実験をぶち壊しにしたとしか思えないのだ。
幾ら魔法少女と言えでも相手はまだ子供であり、戦闘中に気を取られてしまうことは有り得るだろう。
そんな彼女たちの隙を突いて大人げなく3号を倒してしまった事を恥じた千春は、粕田に対して謝罪を口にする。
「いやいや、油断した我々が悪いのです。 矢城さんが気にすることは…」
「…そうよ、卑怯者! あんたがあんな卑怯なことをしなければ、モルちゃん3号は勝ってたのよ!!」
千春の謝罪に対して粕田は、あくまで実験をあんな形で終わらせた原因は自分たちであると主張する。
しかし粕田が大人の対応をしようとした所で、名実ともに子供であることみが感情のままに話へ割り込んだ。
どうやら使役するモルドンが敗れた事実に納得出来ていないのか、ことみは子供らしい高音の声で千春を責め立てる。
「止めないか、ことみ!!」
「…だって。 …ごめんなさい、パパ」
「あまり怒らないでやってください、粕田さん。 その様子だとやっぱりお二人は…」
「ええ、親子です。 この子の存在が、私が此処で働くことになった理由の一つかもしれませんね」
怒りが収まらない様子のことみを黙らせたのは、低い声で少女を静止した粕田教授であった。
最初の自己紹介でことみが粕田を名乗っていた事もあって予想していたが、どうやらこの二人は親子であるらしい。
実際に魔法少女を子供に持つ親が、魔法少女について研究するために魔法学部の職に就いた。
父親に怒られたことみは不満そうな顔をしているが、千春への不満を口にしなくなった。
今回千春たちが参加した実験への参加を依頼したのは、魔法学部教授である中年の方の粕田だ。
その本人が実験は成功だと言い張れば、雇われの立場である千春たちがこれ以上言うことは何もない。
これで此処での千春たちの仕事は全て終わり、後は分かれの挨拶をして帰るだけだと考えていた。
しかし千春たちは実験後の応接室で、予想外の攻勢を受けることなってしまう
「…本気ですか、俺をこの大学に招きたいって?」
「はい、矢城さんはまだ若い。 今から大学で学び直しても、構わない筈です! 我々の魔法学部に来てくれるならば、学費は全てこちらで持ちます。 是非ご検討を…」
「…学費を無料!?」
応接室の机の前に広げられたのは、魔法学部のあるこの大学を紹介するパンフレットである。
何と粕田は現在フリーターをしている千春に対して、この大学の魔法学部に入らないかと提案してきたのだ。
高校を卒業してからもうすぐ二年である千春は、浪人生の存在も考えれば今から大学に入ってもそれ程おかしくない。
加えて粕田は学費の全額負担などという凄まじい好条件を掲示して、千春の心を揺さぶってきた。
マスクドナイトNIOHとして魔法少女業界に名を馳せている千春には、そこまでて取り込む価値があるという事なのだろう。
「あの…、私はまだ高校一年生ですし…。 今から大学を選ぶのは速すぎる…」
「そんなことは有りません、高校生活なんてあっという間ですよ! もし我々の大学への入学を約束してくれるならば、特別推薦枠での入学を保証します! 学費もその大半は補助して…」
そして粕田の矛先は、現在高校一年生である佐奈に対しても向けられていた。
まだ大学選びなど早いと言う佐奈に対して、粕田は大学選びに早すぎる事は無いと激しく詰め寄る。
魔法学部に取って研究対象である魔法少女が入学してくれるのは、一番理想的な展開なのだろう。
現時点での最高齢の魔法少女は高校二年生であり、後一年と少しで大学生魔法少女が誕生する状況なのだ。
出来るだけ多くの魔法少女を取り込みたい魔法学部に取って、佐奈も将来に向けた青田刈りの対象であった。
「事実、今日あなたたちと戦った彩花くんも、魔法学部への入学を約束してくれています」
「そうっすよ、この人には色々とお世話になっているっすから…。 家への入学を約束してくれるなら、割のいいバイトも紹介してくれるっす」
「あれ、もしかして今日の実験もバイトなのか? 一体どれくらい貰えるんだ…」
「ふっふっふ、特殊な技能を活かした仕事っすからね。 普通の高校生では稼げないレベルにはね…」
粕田教授の娘であることみと違い、繋がりが余り見えなかった彩花が此処に居る理由もそれであった。
どうやら彼女は一足先に粕田に目を付けられて、魔法学部への入学を約束しているらしい。
魔法学部の事実上の身内である彩花は、その関係でアルバイトして今日の実験に参加したようだ。
金払いが良さそうな魔法学部のアルバイトとなれば、それなりの給料を貰っているのだろう。
彩花は手でお金を意味する輪を作りながら、千春たちに自慢するように嫌らしく笑って見せた。




