6-12.
事前の約束では訓練場の複数個所で撮影されている実験風景は、後で天羽にも渡されることになっていた。
恐らく最終的には様々なアングルから取られたこれらの映像を編集して、投稿用の動画を作成することになるだろう。
しかしだからと言って天羽が訓練場の風景を撮影しない理由は無く、観客席に居る少女はカメラを構えながら千春たちと3号の戦いを観戦していた。
「もう、何をやっているのよ。 お兄さん…」
「リュー、頑張ってっ!!」
渡りのモルドンを想定しているとは言え、流石にあんな化け物を魔法学部が用意できる筈も無い。
恐らく今回の実験は形式的な物であり、そこまで苦戦しないだろうと言うのが直前までの千春たちの認識であった。
千春の見解を聞いていた天羽自身も、この実験がそこまで大それた物にならないと考えていたのだ。
それが蓋を開けて見れば千春たちは見事に相手に翻弄されており、あろうことか千春の体が交通事故のように吹き飛ばされる光景も見せられてしまった。
「お兄さん…負けないよね…。 勝ってよ、お願いだから…」
天羽は今更ながら、感情に任せて千春から力を取り上げたことを後悔していた。
あそこで千春が動画作りから降りると言った言葉は、彼の本音で無いことは重々承知している。
しかし母親の介入によって今後のマジマジでの活動が難しくなり、その悩みで頭が一杯であった天羽はその言葉に過剰反応をしてしまったのだ。
仮に千春がヴァジュラやUNの型を使える完全な状態であれば、もう少しましな展開になっていたかもしれない。
自身の幼稚な感情の発露が原因でマスクドナイトNIOHが…、天羽の愛するヒーローが敗北してしまう。
そんな未来にはとても耐えられない天羽は、身勝手なことだと自覚しながらも千春たちの勝利を強く願った。
渡りのモルドンを想定した、模擬戦闘実験という現在の状況。
実際に渡りのモルドンを思わせる戦闘能力で、魔法少女四人分もの戦力を翻弄する3号の脅威。
これらの要素に翻弄されていた千春たちは、肝心なことを見逃していた。
相手は複数の魔法少女のクリスタルを取り込んだ特異なモルドンでは無く、ただのモルドンでしか無いのだ。
「いいか、無理をするなよ! 時間を掛ければ掛けるだけこちらが有利になる」
「…そこっ!!」
「○○っ!!」
「□□□っ!!」
他のクリスタルを取り込むことで自身の体を強化した、それこそ渡りのモルドンであれば話は別であろう。
しかし3号は魔法少女と比べて性能的に劣っている、何の特異性も無い一般的なモルドンであった。
そんなモルドンを渡りクラスにまで押し上げる強化を受けて、その体がただで済むはずが無い。
千春は3号が受けている強化には時間制限があると踏んで、仲間たちに時間稼ぎをするように指示をしていた。
決して相手に深入りすることなく千春たちは、多方向からのヒットアンドアウェイを繰り返す。
「■■■■っ!!」
狸によく似た雰囲気の4足歩行の獣型モルドンである3号は、強化された身体能力を活かして縦横無尽に訓練場を駆け回っていた。
しかし3号が相手に近づいたかと思えばすぐに逃げられてしまい、それに気を取られていたら他から攻撃される。
数の差に加えて安全マージンを十分に取ってくる千春たちを前にに、3号は思う様に戦うことが出来ない。
互いに決定打が与えられない戦いが続けられ、時間が悪戯に過ぎて行った。
これまで何度も触れたが、魔法少女が作り出す能力には基本的に忖度は発生しない。
魔法少女のリソースで再現出来る範囲の代物であれば、彼女たちが思い描いた能力がそのまま再現されるのだ。
自分自身を強化する能力であれば無意識の内に自身の体を庇って、大抵は体への負担を考慮した形に構築される。
しかしそれが自身では無く他者への強化であり、能力を作り出そうとしている魔法少女が体への負担について頭が回らなければどうなるか。
その結果が生まれるのは体の保護に掛けるリソースを全て強化に次ぎ込み、肉体へ過大な負荷と引き換えに超パワーを与える産廃能力である。
「まあ、魔法少女あるあるだよな…。 妹はその辺を考慮してくれて、助かったよ…」
「■■■っ、■!!」
「ほら、こっちこっち!!」
ちなみにマスクドナイトNIOHの生みの親である、魔法少女の彩雲はしっかりとその辺りを意識して構築された能力を譲渡してくれた。
特撮作品に良くある展開として、物語の中盤以降に超強化し登場人物がその反動に苦しむ事がある
最終的にその反動やダメージが何時の間にか消えているのもお約束であるが、この手の作品を見ていれば自然と強化と負担がワンセットであると刷り込まれる筈だ。
"マスクドナイト"を全話視聴した上でNIOHを生み出した彩雲は、抜かりなく兄である千春の体を考慮して能力を構築していた。
そのお陰もあって徐々に動きが鈍りつつある3号とは対照的に、ダメージを受けている筈の千春はまだ十分に戦うことが出来ていた。
「ああ、何やっているのよ、モルちゃん3号! 彩花、もっと3号を強くしてよ」
「無理っすよ。 これ以上やったら、あいつの体が持たないっす…。 本当Strength(強化)を維持するのも、そろそろヤバいっすからね…」
「もう彩花さんの能力の欠点を見抜きましたか…。 こちら側の失言があったとは言え、流石ですね…」
意図的か単なる失敗かは分からないが、彩花の能力は千春の予想した通りの欠陥が存在していた。
ただのモルドンを魔法少女以上の戦力に押し上げる、彼女のStrength(強化)の効果は絶大である。
しかしその力はノーリスクでは無く、強化状態を維持すればするほどに3号の体に負担が掛かってしまう。
この負担が掛かる強化状態の上で、更に瞬間的な超強化を行うCharge(突撃)を使ってしまったのだ。
事前に3号に対して自身の能力を試していた彩花は、その限界点も凡そは把握していた。
今の状況でCharge(突撃)などを使って3号へ更なる強化の上乗せをすれば、その瞬間にあのモルドンが崩れ落ちてもおかしくない。
「何でCharge(突撃)を喰らっておいて、まだ戦えているっすか!? あれで一人は落とせると思ったのに…。
教授、あのモルドンはもう長くは持ちません。 そろそろ次のフェイズに移ってもいいっすよね?」
「ああ、やってください。 さて、彼らはどのように対処するのかな?」
「了解、うちのカードで目にものを見せてやるっす!」
このままでは時間と共に3号は強化の反動によって弱っていき、千春たちに嬲り殺しにされる結果が目に見えていた。
実験の第一フェイズである、身体能力を強化された対モルドン戦のデータ取りをは十分だろう。
今回の戦いはあくまで対渡りのモルドンを想定した事件であり、何でもありの戦いでは無い。
効率よくデータ取りを行うために、彩花たちの方にも制限が課せられていたのだ。
上司である粕田教授に許可を取った彩花は、これまで禁じ手であった新たなるカードをデッキから取り出した。
幾ら強化された身体能力を持つとは言え、こちらには数の利が存在する。
深入りさえしなければ、相手の攻撃を捌きながら時間を稼ぐことくらいは十分に可能だった。
今の戦いを続けていれば何処かのタイミングで3号が限界を迎えて、千春たちの勝利は確実である。
しかし簡単に行き過ぎている状況を楽観せず、千春は注意深く3号の動きを警戒していた。
そして千春の懸念は的中して、実験を次の段階へ進めた彩花の新たなるカードが発動される。
「…Arrow(矢弾)!!」
「ちぃ、やっぱり飛び道具があった! 佐奈!!」
「千春さん!!」
彩花の能力の元ネタであるトレーディングカードについて把握していた千春は、彼女が使うカードの少なさに違和感を覚えていた。
メインとモンスターを支援する形で進行するこのカードゲームにおいて、その支援方法はモンスターを直接強化する類のものばかりでは無い。
千春の予想通り相手のメインモンスターを直接狙う、支援攻撃系のカードも彩花は能力として再現していたようだ。
彩花によってカードが発動されると共に、3号の周囲に展開した数十本の矢が千春たちに向かって狙い付けられる。
千春たちが矢の群れに気が付いたときには、既にその矢は一斉に放たれてしまう。
咄嗟に千春は近くに居た佐奈の元へと駆け寄り、彼女を庇う様に腕をクロスした状態で矢群を待ち構えた。
彩花が新たに繰り出した矢弾は、それほど威力が高くは無いようだ。
Charge(突撃)の一撃にさえ耐えた千春の鎧を貫けず、降りかかる矢の群れは全て弾かれてしまう。
しかしこれは頑丈な鎧を纏っている千春だからこその結果であり、あの場で咄嗟に佐奈を庇ったのは正解であった。
防御力は余り期待できそうに無いボディースーツ風の衣装を纏う佐奈であれば、そこそこダメージを喰らっていたかもしれない。
佐奈が空を駆けている状態であれば庇うことは不可能だったが、彼女が地面に降りた瞬間を狙って射出したのが逆に幸運だった。
「□□□っ!?」
「■■■■っ!!」
「リュー。 くそっ、矢を目くらましにしたのか!!」
「リュー、逃げてぇぇ!!」
恐らくこの一連の流れは、事前に彩花と3号との間で打ち合わせされていたのだろう。
どうやら威力が余り期待できないArrow(矢弾)の狙いは、千春たちの連携を分断する目的があったようだ。
千春たちが矢の対処に気を取られている間に、3号は自身を襲うためにリューへと飛び掛かっていた。
3号を狙うためかリューは地上すれすれまで来ており、それを狙い打たれた形だろう。
リューは力尽くで地面へと引き摺り下ろされてしまい、拘束から逃れようと抵抗しているようだ。
しかしマスクドナイトNIOHのAHの型を上回る、強化された3号のパワーからはどうしても逃げられない。
愛する使い魔の危機を前に、観客席にいた千穂の悲鳴に近い叫び声が訓練場に響いていた。




