0. 始まりの魔法少女
"魔法少女"、そう呼ばれる彼女たちが生まれたのは今から10年程前のことだろうか。
その始まりは何処の家庭でも見られる、何でもないやり取りからであった。
「イヤー、"スィート・フルーツ"を見たいー! 早く見たいの-!!」
「ダメ、ぼくのばーん! 今日は"マスクドナイト"を先に見るのー!」
日曜日の朝にやっている子供向け番組、それは対象年齢真っ只中の子供たちに取っては非常に重要な存在だった。
"スィート・フルーツ"、お菓子をテーマにした衣装に変身する可憐な少女たちの日々を描く変身少女アニメ作品、"スィート"シリーズの最新作。
"マスクドナイト"、仮面を纏ったヒーローが戦いを繰り広げる変身ヒーロー特撮作品、"マスクド"シリーズの最新作。
日曜朝の丁度同じ時間に放映されているこの少年向け・少女向けの番組のチャンネル権をめぐって争う、幼い姉弟たちの表情は真剣そのものだ。
当然であるが余程の困窮した家でもない限り、家族持ちの家には同時録画可能なレコーダーが存在する。
子供たちが争っている番組を予約済みであり、三十分我慢すればチャンネル争いに負けたほうもお目当ての番組有り付けるだろう。
しかし幼い子供たちにそんな大人の理屈が存在しない、彼らにとって重要なのはリアルタイムで愛する番組を見ることなのだ。
「こら、今日はたーくんが先に見る番でしょう。 お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい」
「えぇー、でも今日は"スウィート・ストロベリー"が…」
「我慢しなさい。 ほら、たーくん、チャンネルを変えていいわよ」
「わーーーいっ!!」
「スィート・ストロベリー…」
幼い子供たちの戦いは、無慈悲な大人の仲介によって一応の決着を見た。
どうやらこの姉弟は週替わりでチャンネルの優先権を交換しているようで、今日は弟である少年のターンであったらしい。
姉である彼女もその事実は自覚していたが、無理を通してでも今日の"スィート・フルーツ"を一刻も早く視聴したかったようだ。
結局その無謀な戦いは敗北に終わり、彼女は仮面の騎士たちの戦いに心躍らせる弟の姿を恨めし気な表情で見ているしか無かった。
彼女は一番のお気に入りのキャラクター、"スウィート・ストロベリー"。
その名に恥じないイチゴをイメージした、可愛らしい衣装を纏う少女は今日のお話の主役として扱われる筈だった。
先週の予告でその事実を知った少女は、愛するスウィート・ストロベリーの活躍を今日まで心待ちにしていたのだ。
「"仮面の騎士、マスクドナイトが麗しい少女のためにこの命を懸けて戦おう!!"」
「わー、いけー、マスクドナイト!!」
騎士鎧をイメージさせる鋭角な白いパーツを各所の備えたスーツを纏い、顔にはこれまた騎士兜を思わせる白銀のフルフェイスマスク。
テレビの中では悪の組織の手からヒロインを救った仮面の騎士が、ヒロインの前で決めセリフと共に見栄を切る。
お約束とも言えるその光景に、少年は手に汗握りながら仮面の騎士の戦いに没頭する。
そんな少年とは対照的に、少女は頬杖を突きながらつまらなそうな顔をしていた。
今この瞬間に裏番組では、スウィート・ストロベリーが活躍しているのだろう。
愛するヒロインの姿を夢想しながら、少女は何が面白いのか分からないマスクドナイトが終わるのを待ち続ける。
やがて少女の夢想は画面の中のスィートストロベリーではなく、自らがスィートストロベリーとなる光景へと変わっていた。
イチゴのショートケーキを思わせる白と赤のカラフルな衣装、フリルが可愛らしいその姿はまさにお姫様という佇まいだ。
「…私の可憐な魔法を見せてあげる。 スィートマジック、ストロベリーパワーチャージ」
テレビの中で派手に切りあう無骨な仮面の騎士たちの姿を無視して、スィートストロベリーとなる自分の姿を想像していた少女の口から自然と言葉が出てくる。
彼女の口から小声で出てきたそれは、何を隠そうスウィート・ストロベリーの変身時のお決まりの決めセリフだった。
テレビの中のヒーロー・ヒロインに憧れて、自分もそうなりたいと考えて真似をする子供たちは星の数ほど居る。
スィートストロベリーに憧れる少女が、スィートストロベリーの変身を真似るのは決しておかしなことでは無い。
この時点までは平凡な家庭の一ページだったろう、決めセリフと共にいきなり少女の体が光に包まれるまでは…。
"スィート・フルーツ"、それは甘い果物の魔法を使って悪と戦う少女たちの物語であった。
夜の闇と共に現れて、女の子が大好きな果物やお菓子を台無しする悪者たち。
恐ろしい黒きカビの化身たちに立ち向かい、街の平和を守るのが彼女たち"スィート・フルーツ"の使命である。
変身するヒロインを題材にしている"スィート"シリーズは、シリーズごとに世界観は一新されていた。
過去には超科学的な力で変身する少女たちも居れば、妖精さんの超常的な力で変身する少女たちも居た。
そして今作品である"スィート・フルーツ"は、甘い果物の魔法を使って悪と戦う魔法少女たちの物語であった。
少女はテレビの中の可憐な少女たちに憧れて、自分も同じような魔法少女になることを夢見ていた。
それだけなら何処にでも居る夢見がちな少女で終わっただろうが、ある日その少女は本当になったのだ。
「お、お姉ちゃん…。 そ、その姿は…」
「えっ…、わーーい! すごいよ、ママ! 私、スィートストロベリーになってる!!」
少女が軽く念じれば普段着は可憐な衣装に代わり、ちょいと指を振れば何もない場所から果物が降ってくる。
その日からである、この少女のような不思議な力を宿した少女が現れ始めたのは…。
彼女たちの先駆けとなった最初の存在、スィートストロベリーと同じ力を持ってしまった少女。
スィートストロベリーの力の源である六角形の赤い石、"クリスタル"が嵌め込まれた杖を高らかに掲げながら少女は満面の笑みを浮かべていた。
何事も始まりが肝心である、最初の存在である彼女が"スウィートストロベリー"となった事で世界の方向性は決定付けられた。
この少女の誕生によって彼女たちは世間からこう呼ばれるようになったのだ、"魔法少女"と…。
そして魔法少女の誕生と共に、奴らが世界に現れるようになった。
「■■■■■■!!」
「ひっ!? 化け物ぉぉぉっ!!」
「じ、銃が効かない!? う、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
闇の如き黒い異形の存在が、体に埋め込まれた漆黒の"クリスタル"を怪しく煌めかせながら人々を襲い始めたのだ。
それは奇しくもあの"スィート・フルーツ"に出てくる、架空の敵キャラクターに似た異形であった
必然的に奴らは"スィート・フルーツ"のそれと同じく、"モルドン"と言う名前が与えられることになる。
甘いお菓子は果物の天敵であったカビ(mold)の化け物が、魔法少女と同じく現実世界に浸食を果たしたのだ。
…この世界ではプ〇キュア枠とラ〇ダー枠の番組は、それぞれ別のテレビ局で作成されている事にして下さい。