第8話 予測通りな部分と、幸運な巡り合わせ
ギルドからの餞別により精霊術士の知識を教わったあと、俺たちはギルドで貰った、街の宿屋の位置が記された地図を広げていた。
「もうそろそろ良い時間だし、この辺りで宿屋を探すか」
「ですねえ。ギルド周りには良質なお宿が多いって、カティアさんは仰ってましたね」
窓の外を見れば、既に日が傾き始めている。
今の内に寝泊まりするところを見つけるのが良いだろう。あとは、場所選びになるが、
「そうだなあ。持ち合わせはそこそこあるし、この街には一週間くらい滞在する事を考えると、利便性の良い所を選びたい所だな」
俺は出かける時に持ってきた、革袋の中身を見る。
見た目以上に物が入る、魔法の袋だ。
中には幾らかの日用品、財布に入った紙幣と貨幣、また、レッサートロールを倒した時に得た魔石が入っている。
……酒場で食事をする時に、店主と話して価格を確かめたけれども、昔とそれほど金銭価値が変わっている訳ではなかったしな。
その時聞いた感じでも、三か月は、普通の宿に寝泊まり出来る位はあるとの事だった。
「私の方もしっかりお金を持ってきたので、先生との二人分を合わせたらしばらくはお金に困りませんね」
「ああ、あと、受付さんが言っていたけれど、『冒険者』として行った場所についての情報をギルドや地図士カンパニーに伝えると、それだけでも金が稼げるらしいからな」
もしも足りなくなったら、それで稼げば良い、とカティアは言っていた。
更に資金が入り様になった時は、『冒険者』としてカンパニーやギルドからの依頼を受ければいいと。
資金稼ぎの目途も立っている事だし、今回、宿選びで重要視したいのは安さよりも街を巡りやすい場所、という部分だ。
となると、街の中央にあるギルド周りの宿を探すのが一番いい。そう思って、俺たちは地図上で幾つか泊まる宿の目星を立てて、それぞれにペンで丸を付けていく。
そんな時だった。
「――あ、やっぱり! アイゼン様とリンネ様ではありませんか!」
俺たちの座る席の前方から声がした。
綺麗なコートを着た女性の姿があった。それはこの街に来た時に見た人で、
「あれ、君は鍵を失くしていた――」
「――はい! 錬金術師のユリカといいますの!」
俺の言葉に、女性は食い気味に声を発してきた。
ユリカと名乗った女性は、以前予測した通り錬金術師のようだが、、
「良かった。何やらギルドの近くで、アイゼン様やリンネ様の名前が話題に出ていたので、色々と聞きこんでから来てみたのですが……本当に会えるなんて……!! これも運命のお導きでしょうか……!!」
なにやら凄く感動しているようだ。というか、
「ユリカさん。俺たちの名前、なんかそんなに広まっているのか?」
「さんはいりませんよ、アイゼン様。それと、少なくとも、私の知人であるギルド周りに詳しい職業者は知っていましたわね。なんでもアイゼン様とリンネ様は、新しくグローバルギルドに登録されたばかりで、素晴らしい力を持っているコンビだと仰っていましたし」
つまり、さっきまで酒場で話されていたネタが外に出たのか。人の噂は出回るのが早い物だ。
「私からすると、既にその優秀な力の一旦でアイゼン様に助けられていたので、道理で!と得心した気分でしたわ」
「助けたっていうか、鍵を見つける手伝いをしただけ、なんだけどな」
「私が出来なかった事をして頂いたのですから『だけ』なんてことはありませんのよ」
ユリカは若干、息荒めに言ってくる。
まあ、彼女にとって、助けになれたのであればそれで良いのだが。そんな風に思っていると、
「ええと、その時の話で、お二方が『冒険者』になられたと聞いたのですが、本当でしょうか?」
ユリカが、おずおずと尋ねてきた。
「ん? まあ、そうだな」
別にそこは間違った情報じゃない。だから頷くと、ユリカは嬉しそうな表情になった。
「――で、でしたら! 是非、この近くにあるウチの店に――『錬金術師のアトリエ』にお越しくださいませんか? 冒険者の方々に役立ててもらえる物資を取り扱っていますのよ!」
「あれ、そうだったのか?」
「はい! 錬金術で作った薬品から装備品まで揃っていますし、魔法具もありますの。だからお力になれる筈ですのよ」
「なるほどなあ……。だとしたら行ってみたい所だが……宿屋探しもしなきゃいかんのだよな」
大都市だから宿の部屋が全部直ぐに埋まるとは限らない。が、早めに取っておいた方が良いだろうし。その後で店に寄らしてもらった方がいいのでは、と思ったのだが、
「あ、もしかして、今日のお宿が決まっておりませんのですか? それならば、ウチの店は宿屋も兼ねているので、是非とも宿泊して頂ければと」
ユリカはそんな事を言ってきた。
「うん。錬金術師のアトリエが、宿屋なのか?」
「はい……ええと、アイゼン様たちが見られているその地図の、ここが錬金術師のアトリエになりますので」
そう言って彼女が指差した場所は、俺たちがペンで丸を付けた内の一つだった。ギルドにほど近い、良い位置の宿だ。
「おお、そうだったのか。なら、泊めて貰えればと思うが。部屋はあるのか?」
「勿論ですの! こういう時の為にしっかり部屋数は確保してありますわ。お代は私が払いますので、是非泊まっていって下さいませ」
ユリカは笑みと共にそう言ってくる。
「え。宿泊費は別に払うけど……」
「いいんです! その位させてくださいませ!」
ユリカの瞳には断固とした決意が見て取れた。
……これ以上断るのも、宜しくはないだろうし、素直に礼として受け取っておくか。
元々泊まろうと思っていた場所の一つに宿泊できるのであれば願ったり叶ったりなのだし。
「リンネも、そこで大丈夫か?」
「無論です! 先生と同じなら、どの宿のどの部屋でもよいです!」
リンネも特に問題ないようだ。ならば、
「それじゃあお言葉に甘えて、その宿に行こうと思うよ、ユリカ」
「ありがとうございます! では、案内しますので、付いて来て下さいませ!」
そして、俺たちはユリカに連れられるようにしてギルドを後にした。
そのまま歩く事数分。
「ここです。ここがウチの店です!」
ユリカが足を止めて、目の前の建物を指差した。
そう、グローバルギルドを更に何倍も大きくした建造物を。
「店って……随分と、デカいな」
その建物の入り口には、確かに『錬金術師のアトリエ』との文字があるので、間違いではないようだ。
「ええ。有り難い事に、一応この街で一番大きなお店ですのよ。――あ、入り口はこちらですわ」
ユリカは照れるように頬を赤らめながらそんな事を言ってくる。その表情のまま、俺たちを店の中へと導いていく。
そうして、俺たちが店に入ると、まず入り口にいた男性がユリカに声を掛けた。
「あ、お帰りなさいませ、ユリカ社長。何やら用があると急いで飛び出して行かれましたが、もう宜しいので」
「ええ、有り難い事に。幸運なる出会いがありましたので」
そんなやりとりを聞いて、俺はリンネと顔を見合わせた後、首を傾げた。
「社長?」
「あ、はい。――申し遅れてましたわね。私、錬金術師カンパニー『錬金術師のアトリエ』の社長を務めておりますユリカ・グリフォンと申しますの。以後お見知りおきを」
どうやら、あの時助けた女性は、結構な立場を持っているようだった。