4話
炎狐を助けた一件から数時間。
俺たちは、魔法都市の入り口まで来ていた。
入り口と言っても、関所や城壁などはなく、街道からそのまま街中の大通りに繋がっていたりする。
……交易都市でも思ったが、関所がなくなると、入るのも出るのも楽でいいな。
邪神との戦争時代では考えられなかった事ではあるけれど。本当に暮らしやすくなって良いことだ。などと思っていると
「では、魔法都市に入りますが、炎狐はどちらにいます?」
ロウが御者台からこちらを見て言ってきた。
「ああ、今はここにいるぞ」
言いながら俺は、自分の服の胸元をわずかに開ける。
そこにある大型のポケットがあるのだが、そこには今、
「きゅうん」
炎狐が体を入れていた。
前足を引っかけて顔だけ出している。
それを見て、先程まで手指で炎狐を撫でたり遊ばせていた、リンネやフィーラは微笑む。
「懐が気に入ったのですかね」
「分かるわあ。マスターの心音を聞ける場所にいると安心度が段違いだものね」
「というか、この子はここから離れたがらなくなったからな……」
出来るだけこのポケットに入ろうとしてくるのだ。
俺としては、目の届かないところに行かれるよりはずっといいので、むしろありがたくはあるのだけども。
それはロウも同意見らしく、
「アイゼンさんの近くにいるなら問題なさそうですね。……ではまず、このまま市庁舎に行きましょうか。あっちにある背の高い建物ですね」
ロウが視線を送ったのは、通りの先に見えた石造りが目立つ建物だ。
城というには若干の細さは目立つものの、重厚そうな感じが見た目から伝わってくる。それに何より、この距離から見えるという事はかなり大きい事が分かる。
「市庁舎ってことは、あそこで色々な手続きが出来るのか」
「はい。魔獣を街中に入れて滞在する許可を取っておいた方が楽ですし――なにより、交易都市の市長を探すための情報収集にもなりますし」
「ああ。そうだな。本来の目的は、それだしな」
馬車の荷台の一角に置いた手紙に目をやる。
交易都市の副市長から受け取ったものだ。
元よりロウと俺たちは、交易都市の市長に手紙を渡すという目的があって、魔法都市に来ているのだ。
そして手紙を渡した終わり際に、少し挨拶が出来ればいい程度の感覚で俺はきているわけだが。
何にしても、交易都市の市長を探すのが先決だ。それと同時に炎狐の許可も取れれば一石二鳥で良いし。
「では、このまま中央にある市庁舎へ向かいますね」
「ああ、頼む」
そのまま俺たちは魔法都市の中央通りをいく事になった。
石を敷き詰められた中央通りはかなり広いもので。
馬車が通っても問題ないどころか、向かいから馬車が来ても、余裕ですれ違うことが出来るくらいの道幅があった。
更には、人が歩きやすいように、段差式の歩道まで作られていた。
そこには多くの人が歩いていて、
「交易都市に負けず劣らず、賑やかで、奇麗な街だな」
一目見るだけでもそう思えるくらいの都市であった。
「魔法都市の名前だけあって、街を発展させるための魔法なども多く使われていますからね。区画整理や、道路整備なども頻繁に手軽に行われているそうですし。それ以外にも食事についても、魔法が応用されていますし」
「ほう、そうなのか」
「ええ、より効果力で調理できる魔法の炊事場とかもありますし。食事はもちろんですが、魔法としではスイーツも美味しい店がありますね。魔力を使った氷菓子なども有名です、後ほど、ご案内しますよ」
「おお、それはいいな」
街の特産物を食するのも良いが、各都市ごとの料理の特徴を知るのも面白いし。
「わあい! マスターとお食事できるのね!!」
「魔法都市だと、また違った、美味しい物が味わえそうで、楽しみですね先生」
女性陣二人も喜んでいるし。
各都市ごとで、職を楽しめるのは本当にいい事だ。
「ああ。楽しみな食事の為にも、まずはこの手紙を市長に届けないとな」
「はい!」
・・・
街を見ながら中央通りを進むこと数分。
市庁舎に着いた俺たちは、庁舎前の馬車置き場で降車した。
そして、ロウが馬車を置くのを待ってから、庁舎内へと足を踏み入れた。
魔法都市の市庁舎は、目の前まで来るとその背の高さがより強調されるほど大きかったが、
……中の広さも結構あるな。
一階のロビーには、複数のカウンターが置かれており、それぞれに集まった人を職員たちが対応している。
この辺りは交易都市のそれに近いというか、ほぼ一緒だ。ただ、
「なんだか、せわしなく動いている人たちがいるな」
「そう、ですね。私が普段訪れている時は、もっと落ち着いた感じなのですがね」
カウンターの奥に見える職員たちの表情には、忙しさが見て取れた。
ロビーにはそこまでたくさんの人が集まっている訳じゃないし、カウンターの前に並んでいる人もほとんどいない。
ロウのユニコーンや、炎狐の許可申請もすぐに取れてしまったくらいに、対応は素早かったし。激務をしている、という感じではないのは分かるが、
「なんだか、焦ってる風には見えるな。それと、その焦りを住民に伝えないようにしている感じも」
「フィーラちゃんも、それは感じるわ。感情がフワフワしているのが」
「先生と街中の様子を見た時は、普通でしたけど……どうしたんですかね」
「もしかすると、何か市庁舎で起きたのかもしれませんね。……とりあえず、魔獣の許可申請はとりましたから、次のカウンターに行きましょうか」
などと、リンネたちと喋っていた。
その時だ。
「あれ……ロウ様?」
そんな声がよそから掛けられたのだ。
〇
「やっぱり、ロウ様ですか。どうしてこちらに?」
魔法都市の市庁舎の中で、自分にそんな風に声を掛けて来た女性を、ロウは知っていた。
「メリッサさん。貴女はこちらにいたのですね」
小奇麗な服装の女性――メリッサにそう言葉を返すと、彼女はしっかりと頷いた。
「勿論。交易都市の市長秘書として勤めを果たさないといけませんからね」
そう言いながらメリッサは、自分の近くにいる面々に目線をやった。
「それで、どういうご用件で? それにそちらの方々は? フィーラ様もご一緒にいらっしゃっているようですが……」
「同行者に気付くあたり相変わらず敏いですね。ともあれ、こちらにおられる方々は私の用に関わるというか、交易都市の市長へのお客さんになります。魔法都市にいらっしゃるという事なので、送らせて頂いている、という訳です」
軽く説明すると、メリッサは首を傾げた。
「お客さん……ですか? フィーラ様は分かりますが、その他の方々には見覚えはありませんけれども。――いや、というか、フィーラ様も雰囲気が違うような」
メリッサは、今もアイゼンにくっついてニコニコしつつ、こちらの目線に手を振り返しているフィーラを見てそう言った。
「まあ……雰囲気が違く見えて当然でしょうね……」
彼女は交易都市から、ここしばらく離れていたのだし。
……アイゼンと再会する前のフィーラの様子しか知らないのですしね。
変容ぶりは相当だし、気持ちはよく分かる。
そんなことを思っていると、
「フィーラ様がああしてくっつかれるような御仁も初めて見ましたし、何か事情がおありなのですね。とりあえず、市長のお客さんという事であれば、紹介して頂けますか?」
「あ、そうですね。今のうちにさせて頂きましょうか」
交易都市の秘書である彼女に話を通しておけば後が楽になるし。そう思って、ロウはアイゼンの近くに向かった。
「アイゼンさんとリンネさんは、初対面だと思いますのでご紹介します。こちら交易都市の市長秘書を務めているメリッサさんです」
その言葉に合わせて、メリッサも一礼する。
「初めまして。《秘書》のメリッサと申します」
「こちらこそ初めまして。アイゼンだ。こっちは仲間のリンネだ。よろしく頼む」
アイゼンも気さくに返してくれる。
そのお陰で、メリッサの表情にあった、僅かな警戒も和らいだようだ。
「よろしくお願いします。……それで、今回は市長に何のご用件でしょうか?」
「市長に手紙を渡してくれって、交易都市のウッズさんから頼まれてな。詳しくはこの手紙に書いてある」
言いながら、アイゼンは、一通の封筒を渡した。
ウッズからの手紙だ。
それはメリッサも一目見れば分かるようで、
「確かに副市長からの魔法印……ですね。確認させて頂いても?」
「ああ、大丈夫だ。ウッズさんから、秘書さんが先に見るかもって話は聞いていたしな」
「ありがとうございます。では確認させて頂きます。……っと、立ち話もなんですから、向こうの椅子でお茶でも飲みながらにしましょうか」
「おう。了解だ」
そのままロウは、アイゼン達やメリッサと共に、ロビーにある喫茶スペースに移動した。
そしてお茶を飲んで一息ついている間に、メリッサが手紙に目を通すこと数十秒。
読み進めていくにしたがって、メリッサの額に汗が浮かび始めてきて、一分も経つ頃には、目を見開いた。
そして目線を、アイゼンと手紙で行ったり来たりさせていた。
……気持ちは非常に分かりますよ、ええ。
「いつぞやの私やデイビットみたいな反応をしてますね」
「そういえばそうだな。手紙の中に俺の素性のことも書いてあったからかな」
アイゼンの言う通り、手紙の中身には、交易都市に魔獣が襲ってきたこと以外にも、アイゼン達がなぜいるのかという事も描かれている。
出立前にウッズから、自分を含めて、アイゼン達にも手紙の内容は見せられているので、把握済みだ。
……よりスムーズにやり取りを進めるためにそうした方が良いだろう、とアイゼンさんを含めて、判断したのもありますが……。
手紙を書く前に、内容についてウッズは、自分やアイゼンと相談してきたのだ。
交易都市の市長周りは口の堅い人物が多く、みだりに言いふらしたりもしないということで、それが可能になったわけだが。
確かに目の前のメリッサは、目を見開くだけで、騒いだりはしなかった。ただ、
「ロウたちもそうだけど、やっぱりこういう反応になるんだな」
明らかに挙動不審ぶりが強まっていた。
「こうならない方がおかしいですよ。英雄に近しかったり、伝説を知るものならば猶更です」
百英雄は戦争の英雄と言うだけでなく、社会の発展を支えてくれて、今もなお活躍している方々だ。
そんな彼らが一様に語る師匠の存在は、自分だって、半分伝説として受け取っていたのだ。それが目の前の人物だと知らされたときの衝撃ともなると、当然、大変なものになる。
だから知らせる人については気を付けないといけないのだが、
……それでも、メリッサさんは、落ち着いている方ですよね。
などと思っていると、メリッサは声のボリュームを落としながらも、こちらに震える声を飛ばしてくる。
「この内容、真実……なのでしょうね……。副市長の魔法印が付いた手紙ですし。ロウ様も、これをご存じ、なんですよね?」
「そこに記されていることに間違いも嘘もないですよ。すべて真実です」
「しかし、なるほど……これは、フィーラ様の雰囲気も変わって当然、というべきでしょうか……」
そういうメリッサの視線の先では、
「リンネちゃんリンネちゃん! ティーポットの中に魔力で花を咲かせてるわよ!」
「本当ですね。普通のお茶だと思っていましたが、さすがはメニュー表に魔法都市の特産茶葉と書かれていただけありますね。面白い仕組みです……!」
などと、アイゼンの隣で、はしゃいでいるフィーラやリンネの姿があった。
このはしゃぎっぷりは、交易都市では常に優雅で美しい姿を見せていたフィーラからは想像できないだろう。
だからこそ、これほどまでに印象を変える、アイゼンの存在にも納得できたのだろうか。
「お手紙の内容、分かりました」
手紙をたたんで、ゆっくりとアイゼンに返しながら、メリッサはそう言った。
「大丈夫そうか?」
「勿論です。アイゼン様たちのご用件も把握しましたので、市長とただいまお取次ぎします。ちょうど先程、魔法都市との会議が休憩に入ったところだったので」
そう言って、メリッサが椅子から立とうとした。
その時だ。
「その必要はありません。メリッサ」
「え?」
メリッサの背後から声がした。
ロウがそちらを見ると、そこには、
「私は既に来ましたから」
狼の耳と尻尾を生やした女性が立っていた。
「ええ。交易都市の現市長ルネット・ストライク、参上しました。我が師よ」
そう、そこにいたのだ。
自分たちが所属する都市の市長が。
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