36話 商人の闘い方
交易都市の新興住宅地。
その区画で、二つの勢力による戦闘は行われていた。
「滅びよ、ヒトよ。そしてヒトが作りし紛いものの街よ……!!」
勢力のうちの一つは、アビスフェンリルだ。
住宅地の建造物を壊しにかかり、時には、家から逃げ出す人々を、その腕で押し潰そうとする。
そして、そんなアビスフェンリルの相手をしているのは、
「皆さん! まだまだ、持ちこたえますよ!」
「応!!」
服を半ばまで焦がしたロウと、武器を手にした兵士たちだった。
そう、邸宅でブレスを食らってから今の今まで、ロウ達の戦闘は続いていた。
……ブレスが来る瞬間、魔法防楯で僅かに逸らせたのは、本当に行幸でした。
そしてブレスの余波で邸宅が破壊されたことで、脱出したのだ。
……と言ってもアビスフェンリルを野放しに出来ず、戦っている訳ですがね……。
脱出してから、逃げようと思えば、逃げる事は出来たのだろう。
けれどロウも、周囲にいる兵士も、このような危ない魔獣を、放っておく事は出来なかった。
「応援が届くまで持ちこたえるんだ!」
ここは町外れだ。
兵士の詰所の位置を考えても、まだまだ時間はかかる。
それで自分達が逃げてしまえば、この凶悪な魔獣は、都市を壊し、人を食らっていくだろう。
それは到底許せない事だ。
故に、ロウ達は、アビスフェンリルに立ち向かい、己の武器や道具を用いて、アビスフェンリルの攻撃を捌き続けていた。ただ、捌けていても、戦況は芳しくなかった。なにせ、
「――【サモン・シャドウウルフ】」
「くそ、潰しても潰しても、どんどん呼び出しやがる……!」
そう。フェンリルは自らの影や、周辺の建造物の影から、シャドウウルフを生み出し続けているのだ。
……魔法でしょうから、無尽蔵ということはないでしょうが……
それでも、一体倒すだけでも大変なシャドウウルフが大量に出てきて、こちらに襲い掛かって来るのはとんでもない負担だ。更には、
「やばい! ブレスがきます!」
「っ!?」
フェンリルの本体からも目は離せなかった。
三つある口に魔力が溜まった瞬間に、威力のあるブレスを放ってくるからだ。冷気と炎と雷撃の三種類。
「【サンダー・ブレス】……!」
今回は一番左の口から、雷撃が飛んでくる。
石畳を削りながら、一直線に、兵士と自分が集まる場所へ。
「く――【魔法防盾】……!!」
だからロウは瞬時に、符を正面に投げた。
それだけで、大きな灰色の壁が生まれ、雷撃を受け止める。
魔眼を発動させていたことで、ブレスの予備動作には気付いていた。
故に、素早く貼る事は出来た。だが、
――バアン!
一発を受け止めただけで、灰色の壁は粉々に砕け散った。
そればかりか、防ぎきれなかった威力が、壁の背後にいたロウに当たる。
「ぐ……」
大部分は防いだとはいえ、雷撃を受けたロウは膝を付いた。
「ろ、ロウ様?!」
「大丈夫か?!」
そんなロウを見て兵士たちは、自分達の近くにいるシャドウウルフと戦いながら声を飛ばして来る。
彼らの様子を見た限りでは、彼らに雷撃は行かなかったようだ。
……そうです。ここで優先すべきは、戦える人材を残し続ける事なのですから。
だから、今の防衛は成功だ。
「ええ、少し痺れただけですとも。ただまあ、この術式が入った札はかなり強力で、高価なんですがね……。一発でオシャカにして、しかも貫通してくるとは……」
兵士たちの武装でも止められない。
どうしようもない威力の攻撃だ。
「しかも、在庫がもう、ないと来ましたからね……」
持っている符はあと二枚。
……つまり攻撃を防げるのは、あと二回……。
じり貧にもほどがある。
ただ、符がなくなっても、まだ、魔眼がある。
兵士たちに、攻撃のタイミングを教える事くらいは出来る。
やれる事はまだまだあるのだ。
そう思って立ち上がろうとした、
「ぐ……」
足がいう事を聞かない。
相当効いているようだ。
「む、無理をするんじゃない……! ロウさんは戦闘職じゃないだろう!」
「確かに、あのブレスを防げるアイテムを使えるのはロウさんしかいないが、我々の為に前線に居続けなくてもいいのですよ……!」
シャドウウルフを片づけた何人かの兵士がこちらに駆け寄りながら声をかけてきた。
確かに、自分は戦闘職ではないし、本音を言えば無理せず撤退したい気持ちもある。だが、
「今は、それでも、無理をしなければいけないでしょう。応戦できる者が足りないのですから。……こんな相手に――僕達がカンパニーを置いている交易都市を破壊しようとするものが目の前にいるのならば、出来る限り抗わなければなりませんよ」
それがこの街の雰囲気を好み、この街の風景を好んでカンパニーを置いている、自分達のやるべき事だ。
好きな所に身を置いているなら、そこを守るための力は惜しむべきではないのだから。
そう思いながら立ち上がって、フェンリルを見据えていると、
「うむうむ……体が慣れてきた。そろそろ遊戯は終いだな」
そんな風に、楽しそうな声で告げてきた。更に、
「では、本番だ、シャドウウルフ。一斉に掛かって始末しろ!」
大きな声で指示を、飛ばした。
それだけで、今まで生み出されたシャドウウルフが一気に、全員に襲い掛かった。
「不味い……! これでは、対処が間に合わない……!」
一人に対して、複数の狼が来る。
今までは一人が一匹倒すか、拮抗するのが精々だったのに、この数は押し切られる。
……くっ……魔法防楯で、狼の動きを止めれば、まだ処理は可能でしょうか……!
その中でロウは必死に対処を試みようとした。が、そんな時に、
「さて、こちらも試してみようか」
ロウの魔眼は、それを捉えていた。
アビスフェンリルが、二つの口に魔力を溜め始めている事を。そして、その口の咆哮が、街中へと向いている事を。
「二つの頭から、別方向にブレスを……!?」
避難も済んでいない街中に向かって、雷撃と冷気を打ち出そうとしている。そして、
「【サンダー・ブレス】……!
「【ブレイズ・ブレス】……!」
実際に、ブレスが発射される。寸前、
「――【魔法防盾】!!」
ロウは手持ちの符を二枚、飛ばしていた。
符の行き先は、街へと向いている二つのブレスの一直線上だ。
その符は、即座に灰色の壁に変わり、二つのブレスを受け止め、そして爆発する。
「ち……無駄な時間稼ぎを……」
フェンリルに吐き捨てられるが、街への攻撃は逸らせた。が、
「ガウゥッ!!」
目の前まで来た、影で出来た二匹の狼の攻撃は、どうする事も出来なかった。
「……く」
「ロウさん!!」
兵士の声が飛んでくるが、彼らも彼らで自らを襲う狼を相手に手一杯だ。
こちらには来れない。
自分にはもう、守る符もない。
逃げようもない。
……精々、今使えるのは、自分の拳だけ。
相手は、兵士たちの剣ですら弾く影の狼だ。
近接戦闘を苦手とする自分が拳を振るっても、何ら効果もないだろう。それどころか、弾かれて、骨すら砕かれるかもしれない。けれど、
「最後まで……この街を守るために、立ち向かうと決めたのです……!」
だから、振るおうと、振りかぶった。その瞬間、
「いい覚悟の言葉だ」
背後から声が響いた。そして――
「――ッ!?」
目の前にいた影の狼は二匹とも、己の横合いから出てきた杖の一振りで地面に叩き落とされた。そのまま、声を発する事も無く、黒い粒子となって消え去っていく。
だが、ロウの目はそんな狼の姿よりも、横で杖を振るった存在に向いていて、
「あ、アイゼンさん……!?」
「ああ。皆が戦っている声がしっかり聞こえたから、どうにか駆けつけられたよ。――俺たち皆でな」
そこには、かつて自分を助けてくれた男とその仲間達がいたのだった。




