第6話 既に軽く有名になった精霊術士への贈り物
「カードの製作を終えられた方々に、ギルドから餞別をご用意しています。お急ぎでなければ、少々お待ちくださいませ」
受付の女性――カティアからそんな言葉を貰った俺は、ギルドの飲食スペースでリンネと共にお茶を飲んでいた。
「無事に作成できてよかったな」
「本当です。こんな簡単に作れてしまうんですねえ」
そういうリンネの手には、彼女のカードが握られていた。
職業は魔術師、とある。
そして魔力のランクは、俺と同じCだ。
ただ、彼女の魔力は本来、もっと強い。だから、
『リンネは別に俺に付き合って調整する必要はなかったんだぞ? 君の名前を、デュークや他の弟子は知らないだろうし』
リンネが俺の所に弟子として来たのは、後の方だったし。リンネは、手紙などのやり取りで他の俺の弟子の事を知っていても、リンネの事はあまり知られていないから平気だろう。
そう言ったのだが、
『いえいえ、先生と同じがいいので! あと、私の名前が知られてなくても、先生の旅に影響を出る可能性がゼロではないので、念のためです!』
そんな流れで返され、結果として俺たちは二人とも、cランクになっていた。
結果として、二人揃って同ランクになった為か、結構目立ったようで。
「Cランクの新人魔術師と精霊術士のコンビか。開拓の都市で生まれた久方ぶりの有望株だな、ありゃ」
「そうねえ。将来が楽しみ過ぎるわね」
ギルドのロビーで見ていた人たちから、そんな声が聞こえてくる。好奇心も交じっているが、期待するような目線も感じる。
……まあ、悪い印象も出してないみたいだし、これでいいんだろうな。
身分証明は手に入れたのだ。あとは、
「受付さんからの餞別を受け取ったら、この街や周囲を観光――いや、冒険していこうか、リンネ。折角、『冒険者』になったんだから」
「ですね。この街周辺だけでも、お手紙に書いてあった見どころは沢山ありますし」
そんな事をリンネと話していたら、
「アイゼン様、リンネ様。お待たせしましたー」
カティアの声が聞こえた。
見れば、カウンターの奥からぱたぱたと小走りで来ている。
ただ、やってきたのは彼女一人だけではなく、背後に、壮年の男性を引き連れていた。
「あれ、受付さん、そちらの方は?」
誰だろうと思って尋ねると、彼女はにこっと笑って答えてきた。
「Eランク精霊術士のドミニクさんと言います。十年選手のベテランで、今回の餞別講習を担当して下さる方ですね」
「えっと、餞別講習?」
「はい。グローバルギルドでは新人さんがカードを作ったときは毎回、最低限の知識や技術、もしくはスキルを身に付けて頂くために、無料で講習を行っているのです」
「ああ……そういうモノがあるのか」
各職業の技術を覚える方法は、基本的に教本を使うか、既に使えるヒトに教えて貰うか、の二通りになる。
例外として、天性のものがあったり、天からの声や内からの声で閃くという事もあるのだが、あくまで例外であり、基本は習うものだが、
「無償で教えてくれるって太っ腹だな。しかも教本じゃなくて、人で、なんて」
そう言った技術は、各職業者、各カンパニーの飯の種になり得るものだ。それを無償とは、グローバルギルド側の持ち出しが多い気がするのだけれども、
「ええ、まあ。グローバルギルドでは教本を取り扱っておりませんし、どこかのカンパニーの教本を使うと贔屓になってしまうので使う事は出来ないのですが。その代わりに、ギルド所属の職業者を雇って、最低限の範囲でも、教えて貰えるようにしてあるんですよ」
「なるほどなあ」
「因みに、これもギルドマスターの相談役の英雄さんが作った仕組みなんですよ。この講習があれば職業者の品質が保てるので、カンパニーにとっても、ギルドの信用にとってもいい、との事でした」
確かにその方がいい。
何もかも分からないところからスタートするより、先達から教えを受けて、各職業での仕事に臨んだ方が効率も上がるし。感覚も掴めるのだから。
そう思っていたら
「ギルドとしても金銭的な負担は増えましたが、結果的に楽になったんですよね。だからギルド全体で相談役の英雄――フェリシアさんというのですが、彼女にお礼を言ったら、『師匠に相談して、このアイデアが出してもらったんだし。アタシじゃなくて師匠に感謝して』なんて言われてしまいましたけど。……その時は本当に、英雄の方が語る師匠さんは、凄い人なんだなあ、って思いましたよ」
ふふ、とほほ笑みながら何気なくカティアは言ってくる。
向こうからすると何てことない世間話なのだろう。
だが、所々の単語が微妙に俺の方にヒットしていて、少しだけ気恥ずかしい。
……そういえば、確かにフェリシアの手紙で相談には乗ったし。色々と返信もしたけれどもさ。
まさか、そんな事になっているとは。
更にはその結果が目の前にあるとは。
……これも巡り合わせって奴なのかなあ。
そんな風に、心の中で首を捻っていると、目の前のカティアはリンネの方に申し訳なさそうな表情を向けた。
「ただ、魔術師の職業を持つ方は、今、出払っていて、代わりの方が見つからなかったので。リンネ様に対しては、また後程の提供という形になってしまうのですが、宜しいでしょうか……」
「あ、私の方は全然、大丈夫ですよ、カティアさん。お気になさらず」
その言葉を受けて、カティアはホッとしたように微笑む。
「そう言って頂き、ありがたいです。――それでアイゼン様は講習の方、お受けになられるでしょうか? もしも時間がないとか、直ぐにやるべき事がある、というのであれば、断られても大丈夫ですが」
そしてカティアは俺にそう言ってくる。
確かにやりたい事はあるが、急いではいないのだ。それに、十年選手の先達から知識を得られるチャンスをみすみす逃すのは、勿体ないし。
「折角、今すぐ教えてくれる人がいるのだから、有り難く受けようと思うよ、受付さん。……ドミニクさんも、今回はよろしく頼む」
そういうと、カティアの後ろでこちらを見ていたドミニクは、首を振って嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、こちらこそ期待の新人と話せて有り難いぜ、オーティスさん。いきなりCランクの人に教えるのは、Eランクのオレじゃあ力不足かもしれんし、断られるかもって思ってたけど……知識だけは、多少、教えられるから、講習を受けてくれるっていうなら、全力でやらせてもらうぜ、オーティスさん。どうかよろしくお願いするよ」
そして俺とドミニクは握手を交わす。こうして俺はギルドからの餞別として、精霊術士としての知識を受け取る事になったのだった。