31話 的中
研究者の邸宅に招かれたロウ達は、そのままの足で、玄関近くにあった大部屋に通されていた。
『荷物はこの部屋に置いていき、終わり次第かえってくれ』
と言って研究者本人は他所の部屋にいってしまった。
……玄関先で受け渡しするのが定例だと、ウッズさんは言っていましたが……
やり方が変わったのだろうか。
何とも不用心に見える。
もしくは、本当に研究以外に興味がないのかもしれない。
現時点だとどっちなのか判断が付きかねるなあ、と思っていると、
「……ロウ様」
荷物を運んでいた兵士の一人が、こそこそと声をかけてきた。
呆けている時間はないという事だろう。
「分かってます。丁度、監視している人もいないですからね」
ロウは兵士と同じく小声を返し、
「【鑑定魔眼……】」
その左目に魔力を集中させて、魔眼を起動させた。
瞬間、景色の色づきが変わる。
所々に、魔力の残滓や形跡や、色として見えてくる。
弱い魔力は淡く、白に近い色に、強い魔力は濃く、黒い色に見えてくるのだ。
……通常の生活だと、灰色以上に強い魔力を持った物や場所など、そんなにないのですが……。
どうだろう、と思いながら大部屋を眺めていると、
「――」
一か所、強い魔力の反応が見えた。
それは大部屋の壁を、四角く区切るような形で存在している。
普通の目で見ればただの壁であるが、魔眼で見れば、一発だ。
「……ここに隠し扉が、あるみたいですね。しかも、この感じだと、相応の魔力を通せば開くタイプ、かもしれません」
これまでなんどか潜入の依頼をこなしてきたけれども、そこでも、こういった魔力感知型の隠し扉はあった。
同タイプであるなら、開ける事も可能になる。
「……入れるなら、一応、見ておきますか?」
「お願いします。責任はこちらに押し付けて構いませんので」
「了解です。では……」
ロウはゆっくりとした動きで壁に触れる。
そして僅かに、手のひらから魔力を通す。
すると、それだけで、
――カッ
という軽い音と共に、壁の一部がスライドした。
扉が、開いたのだ。
すると、その先には、大部屋よりは小さい位の部屋があった。
そして、その部屋にあったのは、全体を見渡せる程度の明かりと、
「……なんともまあ、見つけたくない物を見つけてしまった気分ですね……」
真っ黒な狼がいたのだ。
しかも、
「警戒を、ロウ様。こいつは、魔獣ですぞ」
兵士の言う通り、全身が真っ黒な影で出来ているような狼は明らかに、尋常ではない魔力を放っている。
更に、異常な雰囲気を漂わせたその狼は今、口元を血塗れにして、メタルシープを食っていた。
「メタルシープの体毛を食いちぎれる辺り、確かに普通の狼ではないですね」
狼はこちらなど眼中にないかの如く、メタルシープの銀色の毛と、その下の肉をかじっている。 だが、いつこちら来るかも分からない。だから、様子をロウは静かに観察する。
そこで気付いた。
……メタルシープの首に、首輪が付けられていますね……。
既に体を半分ほど食われたメタルシープの首には交易都市の紋章が入った首輪がある。
ということは、このメタルシープは元々、交易都市の牧場にいたモノだろう。
……基本的にあそこの職員はメタルシープを買いこそすれ、売ったりはしない筈……。
ということは、購入したという可能性は限りなく低い。
盗んできたか、もしくは窃盗した者から購入したか。
図らずも、デイビットが受けている依頼と関わりある事柄を見つけてしまっただろうか、と、そんな事を思っていると、
「お、おい、あれを見てくれ……」
兵士の一人が、声を震わせながら、部屋の奥を指差した。
そこには――
「あれは、人骨、ですか……」
かじられ、所々かけた頭蓋骨がそこにあった。
さらには、旅人らしき衣服も。
「まさか、あの狼に人を食わせていたってこと……なのか?」
兵士の一人が、そんな言葉を口走った時だ。
「――誘い込んだ餌どもが、こちらの手順を変えねばならんようなを発見しおって」
狼のいる部屋の奥から声が響いた。
先ほど大部屋からいなくなった研究者だ。
よその部屋と、ここが繋がっていたのだろう。
だが、もはや見つかったことは、問題では無かった。
……既にこの研究者が魔獣を許可なく、家に置いている事は確定したのですから……
故に、ロウは追求する。
「そこのメタルシープと、人骨はなんなのですか……!」
言えば答えてくれるわけもない。
だが、牽制としてまず言った。すると、
「両方ともワシが取って来ただけの餌だが? それがどうした」
研究者は何てことないように、そう言った。
「餌、ですって……?」
「牧場から一々、あの羊を絞めて取って来るのは手間でな。人を引きずり込んで食わせた方が楽だという事に気付くまで、ワシとしたことが時間が掛かってしまったよ。全く、思考の凝り固まりは大敵だ」
その言葉で、兵士たちの顔つきが変わった。
捕らえようという、敵を見る表情に。
だが、そんな様子の兵士たちを見ても、研究者の顔色は変わらない。
「……さて、シャドウ・ウルフ。お前にもっと食って貰わなければ、可愛いあの子に魔力がいかんからな。お前にあやつらを食わせてやる」
こちらのことなどまるでお構いなしに、狼に指示を出した。
すると、先ほどまでメタルシープを食らっていた狼は、瞬時にこちらに視線を向けてきた。
殺意と敵意のある、魔獣としての視線を。
「さて。折角招いたのだ。存分に楽しむといい」
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