25話 仕事の種類
アイゼンとデイビットが部屋を出たあと、ロウは一息ついていた。
「まさか、突然の依頼を受けてくれるとは、本当にいい人ですね。……というか、驚きましたよウッズ副市長。いきなりアイゼンさんに依頼を頼めるか、だなんて」
ロウは半目でウッズを見る。
すると彼は、額に浮いた汗を拭いながら苦笑した。
「いやあ、まさか私も受け入れて貰えるとは思いませんで。驚きましたよ。……それ以上に、本当に百英雄の師匠いらっしゃったこと自体が、びっくりなんですが。百人もの英雄の師匠であろう人が、あそこまで気さくに世してくれるというのですから。なんとも、変な気分です」
それについては同じ思いだ、とロウも頷く。
「……交易都市の市長もそうですが、百英雄の方々もフランクな人が多いけれども、アイゼンさんの影響なんですかねえ」
市長を務める英雄も、皆に対してフランクに接しているし。
交易都市が、様々な人が賑やかに暮らすという特徴を持っているのも、市長のそういう性格により形作られていったというのが大きいし。
……元々、交易都市という名前の通り、人の出入りは多かったですが、市長なしではここまで明るくなったかどうかは、怪しいですからね。
そういう意味ではこの街は、アイゼンの大らかな性格が元になったのかもしれない。
……それはそれで面白い話です。
とロウは口元を緩ませたあと、
「ふう。アイゼンさんの話も一通り終わったところで、私の方の話に移りましょうか、ウッズさん。――仕事の話に」
ロウがそう言った。
その瞬間、ウッズの表情が変わった。
先ほどまでの緩やかな物から、若干の緊張を含んだものに。
「……そうですな。ここに来たのは、預言者であるアイゼン様に、市長の不在を伝えるだけではありませんからね」
「依頼があるんですよね。昨夜、連絡を取った時軽く話されていましたが、……デイビットに向けた牧場のモノとは違う、私に対するものが」
昨日、ロウはウッズを『言霊の扉』の本社に呼ぶために、交易都市の市庁舎にて、軽い話し合いをした。その際に、少しだけ話題になったのだ。そして、
「はい。言霊の扉のロウ様に、お願いできればと。交易都市の『協力カンパニー』としての仕事です」
昨夜と同じ言葉を、ウッズは言った。
「協力カンパニーとしての仕事……ということは、街の運営に関わる事ですか……」
都市には幾つかのお抱えのカンパニーというものが存在する。
都市から依頼をされた場合、優先的に受け付けたり、物品を譲ったり、融通を効かせたりする。または、都市の運営に関わる利益の少ない仕事でも、きちんと依頼として受け付けるカンパニーだ。
……都市の為に、多少利益が薄くても働く代わりに、様々な優遇措置を貰えるのですよね。
交易都市から信用をされていなければなれない、少しだけ特殊な立ち位置の会社。
そういったカンパニーを指して『協力カンパニー』と、交易都市の運営は呼んでいた。
言霊の扉も、交易都市の協力カンパニーの一つなのだが、
「その呼び方をされての依頼となると、それなりに、厄介事なんでしょうね」
「ええ、正解です。正確に言えば厄介というか……『危険度が少し高くなる仕事』かもしれません」
「なるほど……。とりあえず、依頼のお話を聞かせて貰っても」
「はい。勿論です。少し長くなりますので、ゆっくりさせて貰えればと」
「分かっていますとも。むしろ、しっかり説明をして貰った方が、誤解などもしなくて済みますし、――どうぞ。お茶でも飲みながら、お話してください」
言いながら、ロウはウッズに、お茶をサーブする。
それを飲んで一息ついた後、ウッズは静かに口を開いた。
「交易都市の外れに、住宅地がありますよね? そこに建てられた大き目の邸宅に、一人の【研究者】が住んでいたのですが……最近、様子がおかしくなっているらしく」
「おかしい……というと、どんな感じで?」
「去年までは普通に街の外を歩いていたですが、ずっと引きこもっているのです。時折商人を呼んで、ロビーまで招き入れるのですが、物資を買い込んで、また引きこもってしまうという状態で。ずっと外に出ない状態なのです」
ロウは言われた言葉を反芻し、小さく首を傾げた。
「うむ? 様子がおかしいというよりは、研究熱心でいいのでは?」
傍から聞いている限りだと、研究にハマってしまった【学者】の行動として、問題ないように思える。
引きこもり過ぎて体調をおかしくするかもしれないが、その辺りは個人個人の問題であるし。そうウッズに告げると、しかし彼は首を横に振り、
「それだけなら、問題はないです。ただその研究者は商人に、『邪神の力に興味はないか?』という事を聞いたりしているらしくて」
ふう、という深い吐息と共に、そんな事を言ってきた。
「あー……。それは……あまり良い言葉ではないですね……」
「でしょう? ただの軽口やら、冗談であれば、まだ良いのですが。会話の流れでも何でもなく、聞いて来たそうで……まあ、気になることではあります。戦争時は邪神に憧憬を抱くものも出てきていましたし。邪神の力に憧れ、自分達に取り入れようとする人間種もいましたしね」
「僕も聞いたことがあります。『教団』などと呼ばれていたとか」
邪神の力に焦がれている人間という者は少なからずいる。戦時もそうだったし、戦いが終わった今でも、そういう危険な一派はいる。
そして、今も昔も、邪神の力を危険視するならともかく、興味を持ってしまう輩にロクなものはいない。それが、世間の常識である。
だからこそ、
「何の脈絡もなく、普通の商人に邪神の力について語りかけるとか。アブナイ人、ではありますね……」
「ええ。テンションが上がって変な事を口走った、とかなら、全然構わないのですけれど……。ただ、その研究者の家に行ったの商人から、怖いので近寄りたくないと相談があったんですよね。――苦情を受けた以上、我々も放っておけませんし、都市の運営側が尋ねにいったのですが。警戒されて、一切対応してくれないのですよね。住居の中にすら入れようとしないのです」
その言葉を聞いて、ロウはうーんと喉を鳴らす。
「まあ、研究者は自分の研究が完成するまで秘匿したがる性質を持つのは分かりますし、自分の生活にとって必要な人員しか周りに呼ばない、というのも、無くはないですから。行動としては分からないでもないですが、口走った事が口走ったことですからね……」
「ええ。調査するために強引に入る事も考えましたが……もしも何もなかった場合、交易都市としての信用を落としかねないので。――その前に。言霊の扉に依頼させて頂きたいのです。その研究者の住処の調査を。あくまで民間の商人という体で」
なるほど、とロウは思った。
交易都市には、番屋を初めとした、腕力に自信のある職員がそれなりにいる。だから、強引に押し入る事も可能ではあるのだが、それをやるのは最終手段だろう。
……交易都市が無理やり研究者の自宅に押し入った、となると、世間体的に良くないですからね。
何らかの罪を犯しているのが確定しているのであれば、ギリギリあるかもしれないが。疑いの段階で話し合いの機会が少ない段階でやれる事ではない。
……一歩間違えれば、交易都市に学者や研究者などの学問系の職業を持つ者が寄り付かなくなってしまいますからね。
様々な種族や職業者が行き交うのも、交易都市の特徴の一つである以上、そうなってしまうのは都合が悪いだろう。
全体的に事情は分かった。
やりたい事も分かった。
ただ、聞くべき事はかなり残っており、
「調べるのは構いませんが、何の用もないのに商人が尋ねては怪しまれるのでは?」
まずそこだ。
自分はその研究者の自宅に行ったことがないし、顔も見たことがない。
商売は信用が肝心だ。いきなり知らない顔の商人が尋ねていくのは、警戒が働くだろう。そう思って尋ねると、
「そこは、大丈夫です。先日、相談しにきた商人がいたといったでしょう? 彼はその研究者に食料を定期的に届けていたそうなのです。その代わりとして、入って貰えれば。彼が所属するカンパニーの紋章も受け取っていますから、代行としては問題ないですし。必要であれば彼自身も、入り口まで同行させます」
随分と手回しがいい。けれど、
「単純に、その相談してこられた商人に、もう一度、研究者の家屋に行って貰って調べて貰う事は出来なかったのですか?」
それが一番楽だった筈だが。
その疑問を当てると、ウッズは、頬を掻いて苦笑した。
「かなり恐れている状態で相談にきたので。目に見えて不安がっていましたし、無理に行かせて、冷静な調査は難しいかもしれないと判断しました」
「……それは、僕には無理をさせても良いということで?」
「いやいや、無理ではないでしょう? なにせ、ロウ様ならばこの手の仕事には慣れていらっしゃるでしょうから」
副市長は苦笑しながら言った。
「まあ……何度も似たような潜入調査はしてきましたからね。それは慣れますよ」
確かに彼の言う通り、こういった依頼は、今回に限った事ではない。
この手の仕事を積み重ねて来た経験はあるのだ。
だから、可能ではあるだろう。
「そも、強い魔力を持った道具を判別する『選定魔眼』のスキルを持った商人は、この都市だとロウ様くらいですから。こういった調査には、適任かと」
「……魔眼と名前は付いていますが、そこまで強力なスキルではないのですがね」
自分が持っている『選定魔眼』は、魔眼と呼ばれるスキルの一つだ。
効果は、強力な魔力を視覚化する事が出来るというもの。
一定以上の強力な魔力が存在した時、そこに色が宿っているように見えるのだ。
……同じ物品でも内在している魔力が違うという場合がありますが、それを見分けるのに役立つ物です。
商品を売り買いする際など、即座に判別出来たりするので、商人として有用なスキルではある。
ただ、その他にも、強力な魔道具や魔法の反応などを見つける事で危険を察知することも出来たりする。
使い所はそこそこある便利なものだ。
……とはいえ、常に発動している訳ではないし、使うためには集中と体力が必要なのですがね。
体力の消耗度合もそれなりなことから、基本的には短時間の使用しかしないスキルだ。けれど、
「今回のような、最初から調査が決まっている仕事では役立つ、ですか」
調べる場所とタイミングさえ分かっていれば、その時間帯だけ魔眼を発動させ続ける事も出来る。そう思って言うと、副市長も同じことを考えていたらしく、首を縦に振った。
「ええ。……無論、危険な仕事ではありますので、報酬はいつも以上に多めに払わせて貰います。ですので、お願いできませんか?」
言われ、ロウは『ふむ』と数秒考える。
とはいえ、答えとしては決まっていて、
「まあ、仕方ありませんね。この手の仕事は毎度のことですし、引き受けましょう」
交易都市の運営には何かと便宜を図って貰っているし。そんな彼らの依頼だ。出来得る限りはやろうと思う。
「……おお、有り難いです。いや、良かった」
ロウの答えに副市長は、安堵したように息を吐いた。ただ、こちらとしてはまだ、引き受けるとしても、言っておく事があり、
「ただ、ですね。……これもいつもの事ですが、ご存知の通り、私はあまり戦闘は得意ではありませんので。荒事になった場合は、逃げる以外に何も出来ませんよ?」
自分に戦闘技能はない。
そこまで素早く動けないし。その辺り、調査に支障が出るかもしれない、と告げると、
「あ、そこは心配はいりません。既に、警護部隊の兵士を十数人程度、選抜してありますから。連れて行って下さい」
軽い笑みと言葉で返された。
「私服を着させていますので、何人かを荷物運びとして動員して貰えれば、護衛にもなるかと。連絡すればすぐに集められますよ」
「なるほど。そちらも既に準備済みでしたか」
「ええ。ロウ様に依頼をするのですから、当然です。……それにもしも、研究者の住居に、宜しくなさそうな物があった場合は、研究者の身柄を拘束できるように。兵士たちにはそう伝えてありますし」
「……割と、物騒な事ですね」
まだ疑いの段階だというのに、荒事が確定しているレベルで警戒している。ただ、その気持ちも分からない事ではない。
「邪神関係は、急いで解決して置いて、損はないでしょう。邪神の力が振るわれれば、ロクな事になりませんから」
「それについては、同感ですね。戦時中から、それは変わりませんし」
「ええ。邪神は、ヒトすら恐ろしく変えてしまう者ですから……。ただ、出来るだけ平和的に解決したいという思いは有りますので、今回はロウさんのお力を借りる事が出来れば、と」
以上が、依頼した理由になります、とウッズは話を〆た。
ロウは今まで言われた言葉について、思考を回す。
危険に『なるかもしれない』し、荒事になる『かもしれない』という、仮定が多めの調査の依頼だ。
……確かにこんな依頼は、協力カンパニーという、信頼度のある所じゃないと、頼みづらいですよねえ。
仮に全て、良い方向に行った場合を考えると、杞憂で終わることだし。
悪い方向に行った場合は、正直、命の危険も考えられるので、商人としてはリスキーな仕事ではある。
そこまで考えた上で、ロウは一息と共に言葉を吐く。
「まあ、それでも受けると決めた事ですからね。頑張りますか」
こちらの台詞に対し、ウッズは申し訳なさそうに会釈する。
「毎度毎度、大変な依頼をしてしまってすみません」
「いえ。この街の治安維持は、僕達にとってもメリットがある話ですから」
リスクに見合った正当な報酬とメリットがあるならば、受ける。それが商人としての流儀だ、とロウは思う。
「では、よろしくお願いします。場所は街の外縁にある、開発中の住宅街になります。地図はこちらに」
「了解です。こちらも、念のための防衛準備などを整えたあと、出発しましょう」
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