19話 出会いとそれから
白猫の休み場の個室は、二階の奥にあった。
そこそこ大きい部屋に、これまた大きな机と幾つかの椅子が置かれている。
その内の一つに俺は着いていた。
腕にフィーラをくっつけた状態で、だ。
「ああ、マスターの心音が聞ける距離にいられるなんて、なんて幸せ……!」
彼女はうっとりとした様子で、俺の腕に耳を当てている。
「昔から、ずっと聞いていたのと同じだろうに。フィーラは飽きないなあ」
「当然よ! この音は、十数年ぶり――いや、体感的には、もう百年近く聞いてなかった気もするもの! ああ、本当に心地いい音……!」
自分の心音のことはあまり分からないけれど、以前からフィーラはこうして俺の体に自分の身を押し付けることを好んでいる。
そのあたりは変わらないようだ、とどこか懐かしい気持ちになっていると、
「……すみません。アイゼンさん。頂いた手紙に書いてあったのに、百英雄の方とこういう派手な出会い方をさせてしまって」
こちらの向かいに座るロウが頭を下げてきた。
隣にいるデイビットも申し訳なさそうにしている。
「いやいや、そんな顔しないでくれ。別に大騒ぎになっている訳でもないし、こうして個室の手配とか、慎重に対応もしてくれたんだし、問題ないさ。というか、この店に案内してくれたのも、手紙を見る前だったし、善意での事だろう? 有り難い事なんだから、謝る事なんて微塵もないよ」
こちらを困らせてやろう、と思って動いたわけじゃないのはわかっているのだし。
そもそも、フィーラと出会ったのは、困ったことでもない。
色々な意味で、謝罪の必要はない。
そう伝えると二人はホッとした様な笑みを浮かべた。
「そう言って貰えると有り難いぜ……」
「はい。本当に、助かります」
「助かるっていうのは、むしろ、俺のセリフだよ、二人とも。こうして弟子に会わせてくれたんだしさ。――フィーラも元気いっぱいな所はあったけれど、今こうして静かに喋ってくれている訳だしな」
だから全く気にする事なんてない。
そう思っていると、
「勿論よ。この私が、マスターが望まない事をするわけがないのだから!」
むふー、息を吐きながらフィーラは言ったあと、少しだけ落ち着いた声になって俺の顔をじっと見る。
「それにしても、マスター。外に出てきているって事は、体の方は元気になったのよね。さっき、ここに来る前に説明も見たけれど」
この個室に向かう間に、フィーラには言霊の扉宛に書かれた手紙の一部分を見せていた。
フィーラは頭の回転は速い。だからそれだけで、彼女はこちらの事情は把握できているだろう。そう思いながら頷きと言葉を返す。
「ああ、完全に回復してるよ。手紙に合った通り、こっちの世界を周る旅をしているんだ。各地にいる弟子とか、名所とかを見に行こうと思ってな」
「旅!? 本当!? それは、好都合だわ、マスター!」
俺の言葉を聞いた瞬間、フィーラはぴょんっと小さく飛び跳ねた。
随分と驚いているというか興奮しているようだが、何故だろうか。
「好都合って、何がだ?」
聞くと、フィーラは興奮したままの口調で声を返して来る。
「あのねあのね、私も、旅をしてるのよ! 手紙に書いたと思うけれど、この世界の様々な都市に行ってるの!」
「ああ、そういえば……北部の都市で芸能系の職業者を集めて劇団を作り上げたって書いてあったな」
彼女は、楽聖という職業であり、多様な芸能系のスキルや魔法を使用できる。
それを用いて、人を楽しませることが好きなのだ、と昔から言っていたのだ。
手紙では、その志の元に仲間を集めて劇団を作った事が書かれていた。そして、確か、その最後の方には、
「あと、自分の芸で、各地の人々を楽しませたいからその街を出た、って書いてあったっけな。その流れで旅をしてるってことか」
「流石はマスター! 手紙の事、ちゃんと覚えてくれているのね!」
「それは、まあな。君の手紙は封蝋からして印象的だったしな。あと書き方も」
「そうですね。手紙の文章も割とテンション高めだったような気もします。まさか、ここまでとは思いませんでしたが……」
話し方を完全再現という訳では無かったが、やけに絵文字や記号が多い手紙だった。
内容は普通の事だったが、そのせいで大分、印象付けられていた。
「ふふ、マスターの記憶に残るためなら何でもするのは当然よ! ……ともあれ、そーいう経緯で、旅芸人状態でお金を街々で稼ぎながら世界を巡っててね。この街でも大分、色々な店を回って、お金も稼げたから、自由に動ける段階なの。――そこでさっきの話題に戻るのだけど、マスターも旅をしているのよね? もう旅の終わりとかじゃないわよね?」
「ああ。この前、開拓都市を見たくらいで、むしろ旅は始まったばかりだな」
そう答えると、フィーラは満面の笑みを浮かべ、
「よかった! ――なら、私も付いていかせてほしいわ!」
自らの胸をとん、と叩きながらそう言った。
「付いていくって、俺の旅にか?」
「そう! これから南の都市をめぐるのでしょう?」
「まあ、その予定だ」
交易都市から南は、各都市の感覚が短くて比較的旅がしやすい。だから道のり的には彼女の言う通りで間違っていない。だからそう答えると、
「だったら、私も行きたいと思っているルートだし、同門の場所もいくつか知っているから、マスターの目的に協力も出来るの!! だから一緒に行きましょう!!」
「そうなのか? まあ、俺としては、一緒に旅をするヒトが増えるのは構わないんだが――リンネはどうだ?」
「あ、私は全く問題なしです。というか、先生のご意思に委ねるのが、私の意思ですから」
リンネは相変わらずの調子だ。
……こういう時は、俺の選択にゆだねるという意思が強い子だからなあ。
ならば、俺が決めるべきだけれども、
「ふむ……それなら、フィーラにはフィーラの旅の目的があるだろう? それの妨げにならないなら是非、ってところだな」
彼女は楽器や歌以外にも、幾つかの特技を持っている。
それは、彼女の面倒を幾らか見ていた自分もよく知ることだ。
だから、フィーラがいてくれると、出来る事もやれる事も増えるので有り難いとは思う。とはいえ、自分が一緒にいる事で、彼女の手間が増えるのは良くない。
それはしたくない事だと、この世界周遊をする時に決めた事だ。だから、そう伝えたら、
「妨げなんてとんでもないわ! マスターと一緒にいると、私は最高に楽しいし嬉しいから、それだけ芸の腕が上がるもの! 喜びの感情は何よりも芸に大切だもの。――だから、私の方から、お願いするの。一緒に行かせてください、って」
フィーラはきらきらと瞳を輝かせながら言ってくる。
どうやら、問題ないらしい。
「それじゃあ、今日から一緒に行くか」
そう言うと、えへへ、とフィーラは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうマスター! ええ、お陰でこれからが、もっと楽しい旅になるわ! 【楽聖】のフィーラとして、出来る事を精一杯やるから、よろしくね、マスター! リンネちゃん!」
そう言ってフィーラは再びこちらとリンネの腕を引き寄せるようにぎゅっとつかむ。
「は、はい、よろしくお願いします!」
リンネも若干気おされつつも、しかし楽しそうな表情をしている。
とりあえず、悪くない間柄にはなってくれるだろう。なんて思っていると、
「ええと、アイゼンさん。お話もひと段落付いた事ですし、食事会を再開しましょうか? 一応、お料理もこちらに持ってきて貰っていますし」
ロウがそんな風に声をかけてきた。
これまで様子を見てくれていたらしい。
「ああ、まあ、新しい仲間が入ったことだし、何だかんだ、久々の顔合わせなんでな。祝杯も兼ねて、再開させてくれ」
「分かりました。では、店の者に伝えてくるので、どうぞお楽しみください」
有り難い心配りだ。そう思いながら俺は、久々に出会った弟子との食事を楽しむのだった。
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