第4話 己の力は、出さない位がちょうどいい
「それではカードをお造りになられたという事で、お二方はこちらへどうぞ」
カードを作った後、俺たちは受付の女性のそんな言葉とともに、カウンターの端に案内された。
まだ何かやる事があるのかな、と思ってついていくと、受付の女性は何やらテーブルの上に板のような物を置き始めた。
小さな水晶玉のような球体が埋め込まれた、三十センチほどの板だ。
「次はこれですねー」
「これ、とは?」
前のカードを作った時はギルドで判子を押して貰って終了だったのだが。
今はこの板で何をするのか、と思って聞くと、受付の女性は僅かに目を見開いた。
「あら? 魔力調査板を見たことがないという事は……もしかして、カードを作る事そのものが初めてだったんですね。なるほど……道理で。預言者だって冗談を言うから変だなと思っていましたが」
微妙に勘違いをされているが、確かに精霊術士としては初めて作るのだし、その認識でもいいだろう。
戦争が終わって、色々なギルド改革が起きたのは手紙で知っているけれど、それ以降に利用した事はないのだし。
俺の古い認識を一々、表に出していく必要もないんだし。だから、俺はそのまま説明をして貰う事にした。
「こほん、失礼しました。説明しますと、先ほどお話した百英雄の中に、ギルドマスターの相談役がいらっしゃるんですけど。その方が考え出してくれた有り難い規則なんですが、新しくカードを作った方は、どの職業であろうと、これで魔力を量ることになっております。SからKまで、細かくランク分けする事になってるんですよ」
「へえ、そうなのか」
そういえば、ギルドで使う、魔力をランク分けする道具を発明した、という手紙が弟子から来た事は覚えている。
横にいるリンネに目を合わせたら、こくこくと頷いているし。多分、それだろう。
「魔力は、個人の能力の基礎にもなるものですからね。貴重なスキルや職業をお持ちの場合でも、魔力が低い場合もありますし。職業だけでは、その方の能力値までは分かりませんから。昔はこういう測定もしてなかったので、初対面のカンパニーと仕事する時などは、それが分からなくて事故が起きる、とかあったりしまして。ミスマッチが起きて大変だったんですが、この測定があるようになってから、それが改善されたんですよ」
「まあ、基準があった方が、職業者もカンパニーも、色々と安心できそうだもんな」
「はい。アイゼン様の仰る通り、測定した魔力を基準に判断できるので、カンパニーは危険な仕事を容易に振る事もなくなりますし。もしもこの測定で低い魔力を取った方でも、それを見て、難易度の高い仕事を吹っ掛けてくるようなカンパニーは危ないってことで、逃げられますから」
昔はお互いの信用のみで仕事を成り立たせていたけれど。
客観的に分かる基準点が出来たのであれば、双方にとって良い仕組みだ。
「これのお陰で、私たちの仕事も楽になりましたし、ギルドとカンパニーの関係もよくなりましたから。……百英雄の方と、彼らを育てたという方には感謝してもし切れませんよ……!」
受付の女性はそんな事を言いながら、何やら憧れる様な視線で虚空を見つめている。
……活躍しているのは弟子たちだから、それ経由で俺に感謝が来ると何だかムズかゆくもあるな。
内心、気恥ずかしさからの苦笑をしてしまうが、弟子たちについて楽しそうに話されるとそれはそれで嬉しいので、良いとしよう。
「ともあれ、そんな訳で測定をしているのです。初回だけではなく、成長した、と当人が思われた時は、再び測定して頂く事も出来るのですが」
「昇格試験みたいなものか」
「はい。そういうことになります」
そう言いながら受付の女性は何枚かの紙をテーブルの上に出したあと、俺に一枚の魔力調査板を手渡してきた。
五つの水晶が付いた板だ。右端に『触れてください』との文字もある。
「ではまず、アイゼン様からどうぞ。測定をお願いします。この板の右端に触れて、力を込めて頂く事で、持っている魔力量によって水晶が割れていきます。その数によってランクが決まります。右の一つが割れたらK、左端の五つ目が割れたらG、という感じですね。精霊術士の新人さんの平均魔力値はHですので、とりあえず、この板でお願い出来れば、と」
なるほど。この水晶がランクを示すのか。
面白い仕組みだ、と思いながら俺は魔力調査板に触れる。
そして、どんな風に反応するだろう、と指先に軽く力を込めた瞬間、板がぼんやりと発光を始めた。そして、次の瞬間、
――パン!
と、水晶が五つ全部、弾けた。
それはもう、割れるというか、粉みじんになった。
「……あの受付さん。これ、水晶部分が全部、無くなったんだが」
「ほ、本当ですね……。アイゼン様はかなり強い魔力をお持ちのようです……あの、新しく精霊術士になられたばかり、なのですよね?」
「……あー、まあな」
勘違いが続行しているが、そこは嘘じゃない。
まあ、預言者をやっていた分、魔術系能力はそれなりにあるから、こうなったのだろうが。
そんな事を思っていると、受付の女性は紙に何やら文字を書き込みながら、
「……職業によって強化されたのではなくて、潜在魔力が大きいのでしょうか……ともあれ、G以上は確定、と……」
そんな事を言いながら、細かくメモをしている。そして、聞こえる声は彼女のモノだけではなく、
「ひゃー、新人精霊術士が、一枚目の魔力版、全部割るかよ……」
「こりゃ珍しい物が見えたな。普通はあの一枚目の最後で止まるんだが……」
近場の飲食スペースから、酒を飲みつつこちらをチラチラ見ていた職業者からの声も聞こえてくる。
この測定はイベントのような物にでもなっているんだろう。いつの間にか新人である事も伝わっているし。まあ、別に問題ないので、そういう事は置いておくとして、
「受付さん。このあと、どうすればいいんだ?」
「あ……と、すみません。次はこちらでチェックをお願いします。FからDまでが判別できますので……」
「分かった」
俺は新しく渡された、三つの水晶が付いている調査板を、先ほどと同じように触れた。すると、
――パリンパリンパリン
こんどは、三つの水晶が綺麗にテンポよく割れた。
「あれ? あれ? これも、全部割れちゃうんです……?」
受付の女性が目を見開くと同時に、周りの声が、ざわめきに変わり始めた。
「まさか……Dランクも越えちまったのか……」
「おいおい、新人で、あんなあっさり行くの、オレ、初めて見たぜ」
視線を送ってくる人もだんだん増えてきている気がする。
割とDランクと言うのは出ないらしいなあ、と周りの言葉から推測していると、
「あ、アイゼン様。つ、次は、こ、これでお願いします」
受付の女性が慌てながら三枚目の調査板を出してきた。今度のは、水晶が四つ付いているが、変わっているのは調査板の上に、SABCと印字されている事だろうか。
恐らくこれが最後の一枚なのだろう。
ならば、ササッと済ませてしまおう、と俺は三枚目に軽く触れて、腕に力を込めた。
それだけで水晶は反応し、
――ピシッ
と、右端の一つが割れ始めた。
「Cにもヒビいれやがった!」
「やべえぞ!」
周りの声もだんだん、上ずって来ていた。本当にショーみたいな感じになっているらしい。
とはいえ、ここで長い時間を使うのもアレだし、一気に力を込めてしまおうか、と思った。そんな時だ。
「わわ、これ、まさか……いきなりBランクとかあるんですかね。ええと……ええと……そうなったら、特例事項だから、王城に報告しないといけないんですっけ……。落ち着かないと……私……」
受付の女性が、自らの慌てっぷりを抑えるようにしながら、小声で、そんな事を言い始めたのは。
……ん?
俺は魔力を込めながらも、しかし、その独り言に近い言葉が凄く気になった。
「ええと……報告書はどこにあったっけ……というか、国王様への報告書の形式調べて……ちょっと大変かもしれないですね……。殆ど出ないから、忘れちゃってる所多いし、教本も出しませんと……」
更に続いた、そんな言葉を聞いて、そして、
――パリン
と、Cまで割れた音が響いたのを聞いて。
……これは宜しくないかもしれない……!
と俺は瞬時に、思った。
このまま力を込め過ぎると、国王の方に連絡が行って、そこから色々と迷惑を掛けるかもしれない。
だから、何というか、これは程々にするのが良いんじゃないか、と俺は直感した。
出来るだけ、という前置きが付くとはいえ、弟子に迷惑を掛けないようにして旅をするのだから。
……そうだな! ここでは身分証明書を取るのが目的なんだから。
非常時などであるならともかく、今、そこまで力を振るう必要性はない。
だから、俺は腕の力を、一気に抜いた。
それだけで、放出される魔力は調整できるはずだ、とそう思って。その結果――
「魔力調査板の光が止まった……?」
調査板の発光と、板の水晶の破砕が収まった。
「となると、調査は終了ですが……ええと……これは、Cランク、ですね!」
そう、調査板についていた水晶は、Cランクとされる部分を壊すだけで、止められたのだ。
それを見て、受付の女性はとても、嬉しそうに笑った。
「凄いですね、アイゼン様! いきなりCランクだなんて!」
そんな彼女の声に対し、俺の周りで見物人となっていた人々も頷いている。
「いやあ、すげえな新人の兄ちゃん、良いもの見れたよ!」
「新人の精霊術士でCランクとか、平均値を飛び越えてるわね……!」
などと、楽しそうな口ぶりで言ってくる。
「……ええ、本当に、皆様の言う通り、これは素晴らしいですよアイゼン様! いきなりこんな力をお持ちだなんて。とっても才能があると思います!」
「あ、ああ……ありがとう」
どうやら、弟子の手を煩わせることもない結果には出来たようだ。
こうして、俺はCランク魔力の新人冒険者、という身分を手に入れる事に成功したのだった。