5話 道すがらの同行
こちらに顔をくっつけてくる馬の目からは力が感じられた。
この馬も馬で、主人の役に立ちたいと、頑張ろうとしていたし。
実際に頑張れる状態になった事に対して、恩義を感じているのは雰囲気で分かった。そんな馬を撫でてやりながら、俺は青年に聞く。
「馬も元気になったし、これで進めそうか?」
「あ、どうでしょう……」
彼は御者台に上って、馬を軽く操作する。けれど、
「んん……ダメですね……」
馬が引っ張っても、馬車の車輪は、ガタガタというだけで回らなかった。
「これは、車の整備系の人が来ないと無理かもしれません」
「ふむ? まあ、本当に故障であればそうだろうが……」
先ほどと同じように、俺は車体の方に近づき、
【状態を 聞かせてくれ】
再び聞いてみた。
「言霊魔法をまた……? しかも無機物に行使できるのですか……」
上から驚きの声が聞こえてくるが、俺は車体の方に集中する。
すると、
「――ィ」
か細いながら、僅かに聞こえてくるものがあった。
その声の通りに、俺は車体と車輪、そして軸の連結の部分を見て、
「……ああ、なるほど。これが食い込んでたのか」
そこに、金属片が挟まっているのを見つけた。
手で触れると僅かに抵抗があるが、それでも引っ張れば、簡単に取れた。
それを俺は青年に見せる。
「連結の部分にこんな物があったぞ」
「これは……金属片ですか?」
「ああ、しかも……微妙に液体が塗ってあるな」
金属片の先、馬車に食い込んでいた部分は僅かにしっとりと濡れていた。
紫とオレンジが混ざった様なものだ。
匂いは無いが、油では無いように思える。というか、この感じだと、
「魔法薬ですかね、先生」
「そうだな。車輪の動きに干渉してるってところを考えると、行動阻害とかそっち系か」
「そんなものが……。確かに魔法薬も運びますが、荷台の品物の中から、落ちて挟まってしまったのでしょうか。それとも、街道ではね上げてしまったのか……ううむ。悪意的に考えると、商売敵による営業妨害、などもあり得ますが……」
「さてなあ。その辺りは分からんが……何にせよ、これで、どうにかなりそうか?」
「あ、は、はい。ちょっと待ってください」
青年は先程と同じように馬を動かして、馬車に力を加える。
すると、今度はするるっと、馬車は動き出した。
「おお、動いてるな」
先ほどのぎこちなさは全くない。
完全な馬車の動きがそこにはあった。
「あ、ありがとうございます! ……しかし、こういったことまで初見で見抜くなんて、貴方は技術者方面のお人なのですか? これに対しては経験則とかではないでしょうし、無機物に通じさせるにも、その対象物に対して精通していなければいけないと聞きますし、腕のいい技術者は、モノに話しかけると答えを聞けるなどと言いますし……」
確かに技術者の中にはそういうヒトもいる。弟子の一人が、機械の声を聞けるとか言っていたし、そういうスキルもある。けれど、
「俺はそうじゃないよ。今回は、言霊が上手く聞いてくれただけかな。この馬車が大事に使われているお蔭で、たまたま分かっただけだし」
今回は単純に、大事にされた馬車だったから、自分が動かない理由がわかっていて、話してくれただけだ。
こちらの問いかけにも答えてくれたのは、聞いた俺より、聞かれた物の状態によるところが大きかった。
「大切にされた物には魂が宿るっていうだろ? その宿りがこの馬車にもあったってことさ」
「は、はあ……そうなのですか。僕には少し分からない事ですが……大事に使っていたから、なのですね」
「ああ、だから、普段からの接し方とか、使い方が良かったって事さ。こっちの馬も含めてな」
俺は馬車が動いたことでとても嬉しそうにして、こちらに体を寄せて来ている馬を一撫でした後、改めて青年商人に向き合う。
「んじゃ、問題はなさそうか?」
「はい。何から何までありがとうございます。どうにかすすめそうです」
「そか。よかった。じゃあ気をつけてな」
そう言って、俺は馬から手を離し、再び歩きを再開しようとしたのだが、
「あ、あの、ちょいとお待ちを……!」
青年に呼び止められた。
「そっちは、交易都市ですけれど、徒歩で行かれるのですか? かなりの距離がありますよ?」
「ん? まあ、そのつもりだけど」
まだまだ明るいし、少し急げば予定していた時刻にはたどり着く。だから普通に歩きだそうとしていたのだけれども。
「私に関わったせいで、もう時間も遅くなってしまっていますし……良かったら、乗っていきませんか? 私も、交易都市に向かうので」
青年はそんな事を言ってきた。
「え、いいのか?」
「勿論ですとも。そも、助けて頂いた恩をお返ししたいのですが、この場では何もお礼が出来ませんので、都市に一緒にきてくださったほうが嬉しいですし」
徒歩で行くつもりだったが、折角だ。お誘いに乗るのもありかもしれない。
こういう一期一会の縁も、また有り難い物だし。
「リンネはどう――」
「無論、先生がやりたいほうで!」
すると言う前に、食い気味で言われた。まあ、それならば、
「じゃあ、お言葉に甘えるか。ええと……今更だけど名前を聞いても良いか? 俺はアイゼン。こっちはリンネっていうんだが」
言うと青年は、あ、と声を上げて苦笑し、
「申し遅れました、自分は、ロウ。交易都市のカンパニーに所属する《商人》、ロウ・ハーバーといいます」
「そうだったのか。――んじゃあ、ロウ。二人乗車で頼む」
「先生と同じく、お世話になります」
「はい。喜んで。どうぞ幌の中へ」
道すがらの縁というものに感謝しながら、俺は馬車に乗り込むのだった。




