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第3話 最強預言者、冒険者になる

 『開拓の都市』には関所となるものはない。

 

 故にそのまま街に入れた俺は、リンネと共に街の中央にあるグローバルギルドの前にいた。

 背の高い、数階建ての木造建築だ。

 魔石や金属などで補強してあり、かなり頑丈な造りになっているし、入り口から見える建物の中はとても広く見えた。

 

 昔はもうちょっと階層が少なかったし、広さもここまでなかったと思うが、、


「俺が異界に行く前と比べたら、かなり増築されて大きくなってるな」

「そうですねえ。ギルドマスターの統括役をやってらっしゃる方からお手紙も来てましたが、『お師匠に相談して、言われた通り、職業者の事を考えて、都市圏のギルド設備の整備はしっかりしたら、混雑は解消しましたし、治安も安定しました! 本当にありがとうございます』――などと仰っていましたね」

「あー……確かに前に相談されてた記憶はあるけど、なるほどなあ」


 その結果を今、自分の目で見ることになるとは。

 面白い巡り合わせだ、と思いながら俺はリンネと共にギルドの中に入る。

 

 外から見た通り、一階は広い

 受付カウンターの他に、酒場のような店舗も内部に併設されている


 皆、楽しそうに飲み食いしていて賑やかではある。

 

 いい雰囲気だ、と思いながら、俺はリンネと共に受付カウンターの方に向かい、列に並ぶ。

 

 カウンターの数も多く、前に並んでいた何人かもすぐに、はけ


「次の方どうぞー」


 ほぼ待つことなく、自分達の番になったので、カウンターの前に行く。


 カウンターにいた受付の女性は俺と、隣にいるリンネに軽く礼をしたあとで、

 

「ようこそ。グローバルギルドへ。本日のご用件は?」


 微笑みと共に聞いてきた。

 結構な営業スマイルだが、こういったやり取りは昔と変わりないなあ、と懐かしく思いつつ、用件を告げる。


「カードを作りたいんだ」

「グローバルカードの制作ですね。かしこまりました。使用の用途は何でしょうか?」

「世界中を旅したいんだ」


 目的を言った瞬間、受付の女性は目を丸くした。


「ふわあ……そうなのですか。どこかのカンパニーに所属したりするのではなく、『冒険者』になられるのですね」


 軽く驚いているようだ。


「そんな、驚くような事なのか?」


 旅をするものなど珍しくはない筈だ。そう思っていたのだが、


「ええ。どこかの職業の集まり――『カンパニー』に入ることなく、世界を旅してまわる方は、冒険して世界の知識を得ていく方は、平和になった今時分、少ないですからね。私がここに努めて初めてですよ、『冒険者』になりたいと仰ったのは」


 彼女の言う通り本来、グローバルギルドでカードを作ったら、それぞれの職業の集まりである『カンパニー』で働くのが基本だ。


 そして、職業を得て、様々な依頼をこなしながら旅をする人間を『冒険者』と呼ぶ。

 

 一昔前は、カンパニーに入る者が七割で、冒険者になる者が三割と言った所だったが、

 

 ……バランスが変わったんだなあ。

  

 等と思っていると、受付の女性は俺とリンネを見て、営業スマイルとは異なる、何やら優し気な笑みの表情を取っていて、

 

「ふふ、勇敢な方なんですね、貴方達は。そういうの、憧れます」


 そんな風に言ってくる。


「いやまあ、やりたい事が旅だった、ってだけなんだがな」

「それでも勇気ある方だと思いますよ。――っと、話が逸れましたね。では、カードの作製に入りますので、こちらの用紙に、名前と職業をご記入下さい」


 受付の女性はそう言うなり、俺たちに一枚の用紙を渡して来る。そこに書いてあるのは、名前を書く欄。そして――、

 

「……うわあ、先生。凄い文字の量ですね。全部職業の名前ですか、これ」


 恐らく、この資料を初めて見たリンネが驚くほどの、職業の数々だ。

 非常に細かな文字で千近い職業が、みっちりと書き込まれている。

 

 そう、この国では、ある年齢を迎えると、職業神殿で自らの適性がある職業について、診断を受ける。

 基本的に、一人の人間に適性がある職業は限られている。

 

 ……確か俺は預言者と学者、とか四つか五つ位だったな。


 グローバルギルドでは、その診断で言われた中から、目的に合わせて自分の選びたいモノを選ぶのだ。そして受付の女性も、同じような説明を俺たちにしてくる。


「それでは、職業神殿で、診断された職業に丸を付けてください。一つでも複数でも構いません。職業ごとにカードを使い分けている方もいますし。そこは好きなようにやって頂いて大丈夫ですので」

「ああ、了解」


 これでカードを作り、己の職業をはっきり明示できる保証とするのだ。

 

 カンパニーで労働する時に使うなり、関所で個人を識別するための道具にしたり、身に付けておけば色々な用途で使える便利なモノである。

 

 ……身に付けた結果、戦争時に攻撃を受けて消滅したのだけれども。

 

 何度でも発行出来るから有り難い仕組みだ、と思いながら俺は用紙に文字を書きこもうとして、

「あれ?」

 

 気付いた。

 

「どうかなさいましたか?」

「いや、ここには、預言者って職業名がないんだなって思ってさ」


 俺の言葉に、受付の女性は困り顔を浮かべた。


「え……と……貴方は預言者を名乗られる、おつもりですか? カードを作って、本当に」

「なんか不味い事だったか?」


 そう問うと、受付の女性は数瞬、戸惑うような表情を見せたあと、


「えと……いや、何というか、仮に冗談だとしたら、あまり言わない方がいいと思います」


 手を口元に当てて、こそこそと小声で告げてきた。


「うん? そんなヤバい事を言ったのか?」

 

 つられて俺も小声で返すと、彼女はこくこくと頷きを返してくる。


「はい。人によっては良い思いはしないかもしれない、危ない冗談なので」

「危ない?」

 

 先ほどから冗談のつもりはないのだけれども。

 とはいえ、どういう事なんだろうか、と俺は彼女の話を聞く。


「ええ、危ないです。何せ預言者はもう二十五年前に、預言者カンパニー最後の一人がお亡くなりになってから絶滅してしまったので、死者を語る事になってしまいます。そうなれば死神を呼び寄せてしまいますから」


 予想外の答えが来た。


「え……と。絶滅って……マジか?」

「はい。結局、その方は独身で親族もおらず。書物を嫌って残さなかったそうですし、資料すら残させてくれなかったようです。そのせいで、技術を受け渡す人もいなくなりましたからね……。預言者の館と呼ばれる建物もありましたが、戦争でやられてしまいましたし。――技術の寸断で、もう、新しい預言者は出てこれないのですよね……」


 受付の女性は、少し悲しそうに告げてくる。

 その表情に嘘を言っているような感じは全くない。


「グローバルギルドは神殿と情報交換をしていますが、預言者の適性を持つものは、ずっと前から現れておらず。昔から生きておられる方はともかく、既に預言者という職業があった事を知る人の方も少なくなってきているのが現状です。この世界で活躍してらっしゃる、『預言者の教え子』と呼ばれる百英雄が、預言者の力を知っている数少ない方々であり、その力の凄さを語ってくれているくらいで。私自身も預言者、と呼ばれた方が何が出来るか、分からないんです」


「そんな事になっていたのか……」

「はい。ですから、預言者の冗談を言ったり、貶したりすると百英雄の方々も良い顔をしないので、良くないですし。――あと、死神云々は置いておくにしても、もっともっと危ない事があるんですよ」

「え……まだ……他にも何かあるのか」


 聞くと、むしろここからが本題です、と受付の女性は告げてきた。


「預言者を気軽に名乗ろうとするという事は、多分、ご存知ないのでしょうが……何年も前から『もしも野良の預言者がいたり、預言者を名乗るモノを見つけたのなら、即刻、報告すべし!』って御触れが王様から出ているんですよ。『連絡する前に、町中の警備部隊、周辺のギルド員を総動員してその方を護衛しなさい』って」

「……マジか」

「そうなのです。なので、貴方が預言者を名乗るのだとしたら、国王様に報告すると同時に、そういった大掛かりなことをする必要があるのです」


 そこまで言った後で、受付の女性は一息つき、


「……それで、どうします? 昔、虚偽を言う人が出て、投獄沙汰になった事があるくらい、大変な事態なのですが……それでも、預言者でお作りしましょうか?」


 俺が預言者であることは虚偽ではない。

 それは確かだ。

 けれど、ここは黙っておくのが吉だ、と俺はそれを聞いて直感した。なので、俺は一瞬リンネに目配せして頷き合った後、


「あー……いや。それじゃあ冗談って事で、お願いするよ。別の職業で登録させてくれ」


 即座に訂正した。


「……そうですか、良かった。では、こちらの新しい用紙にお書き下さい」


 すると安心した様な笑みを浮かべて、受付の女性は新しい用紙を渡して来てくれた。

 

「色々と教えてくれてありがとう、受付さん」

「いえいえ、お役に立てたのであれば、何よりですので。勇敢な冒険者となる方が、冗談一つでどうにかなってしまうのはとても悲しいですし」


 受付の女性は、安堵の微笑と共に言ってきてくれる。

 

 ……ああ、この女性が気遣い屋で色々教えてくれるタイプで良かった。

 

 こんな町中の警備部隊を全部動かすだなんて、迷惑過ぎることはさせられない。

 そうなったら申し訳なさ過ぎていたたまれなくなるところだった。

 

 ……本当にお忍びで来て正解だった……。

 

 俺の記憶にあるデュークは、本気でやる時はとんでもない事をやるし。

 自分の弟子の性格はかなり分かっているからこそ、こういった事は少なからず予測できた。

 

 とはいえ、この情報を聞けて本当に良かったと思う。

 もしも知らずにいたら、どんなことになっていたか分からない。

 

 ……まだ他の預言者が生きていると思ったから、預言者の職名を使えると判断したんだけど、微妙だったな。

 

 まさか、カンパニーの責任者がもう亡くなっているとは。

 手紙を送り合うほどの関係でも無かったし、そもそも異界にいたから分からなかった。


 時間にしたら、数十年。たったそれだけでも技術の失伝は起きるらしい。

 預言者の歴史もそこそこ古いと教わったが、終わる時は一瞬のようだ。

 

 ……まあ、自分が預言者として教育を受けた時から、失伝はいつか起きる事で、仕方のない事だと言われ続けていたからな。

 

 今がその時か、という位の感覚しかないけれども。


 ……無くなってしまった物はどうしようもないし、俺は俺の目的の為に動こう。

 

 そう思って、俺は用紙に記載されている職業を見る。


 ……出来るだけ迷惑を掛けないように内緒に出来て、尚且つ旅をするのに役立ちそうな職業を選ぶ。

 

 預言者は使いたくない。

 となると、自分が適正を持っている職業で、その目的に合致するモノと言えば――

  

「――そうだな。じゃあ、精霊術士かな。それで行こうと思うよ」


 預言者として精霊とはそこそこ付き合っていたし。

 その時の経験も活かせる可能性が高い。 

 

 各地に精霊はいるし、そこで名物とかも聞けるのも大きいだろうし。

 そう思って、俺は『精霊術士』の文字に丸を付けて、提出した。

  

 それを受け取って、受付の女性は微笑んだ。

 

「はい。確かに受領しました。ただいま、カードを発行するので少々お待ちを」


 そう言って、受付の女性は、用紙の横に一枚の金属で出来たカードを置いた。

 更に、紙とカードの上から、大きな判子を取り出し、ポン、と押す。 

 

 すると、提出用の職業欄で丸を付けた文字と、自らの名前が浮かび上がり、一枚のカードに集約していく。そして彼女は、その金属カードを俺に手渡して来て、

  

「はい、これで、完成となります。――改めて。グローバルギルドへようこそ、精霊術士の『冒険者』、アイゼン様」


 こうして俺は、この日から、預言者の身分は一旦置いて。

 精霊術士の『冒険者』になったのであった。


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●新連載作品のお知らせ
 8月に始めたばかりなこちらの連載も、是非、お読み頂ければ頂けると嬉しいです!
《羊飼い》な少年が伝説の魔獣と共に、開拓をしたり、無双したりして成り上がる話です!
 昔滅びた魔王城で拾った犬は、実は伝説の魔獣でした~隠れ最強職《羊飼い》な貴族の三男坊、いずれ、百魔獣の王となる~
https://ncode.syosetu.com/n5180ij/

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