35話 弟子からの贈り物
ティターンオーガを討伐した翌日。
開拓都市のグローバルギルド兼酒場では、今回の件を報告に来た魔法大学の職員たちや学生たちに対して祝勝会が開かれていた。
なんでも、瘴気により強大で危険な魔獣であったオーガを倒したことによる、ギルドからの労いというような扱いらしい。
『魔法大学を突破されていたら次は開拓都市が危なかったので。それを食い止めてくれたことに対しては報いなければなりませんから』などと、受付のカティアは言っていた。
また、瘴気で進化したオーガからは沢山の素材が取れたことで、魔法大学の商業部隊が換金した結果、多額の資金を手に入れていた。
それらの資金はオーガの討伐に関わった職業者たちや、学園の復旧を手伝った《建築士》に渡された。また、危険な仕事をした警護部隊に対する報奨として、再び宴が開かれた。
そうして開拓都市では、祝いの宴が数日、続くことになった。
俺とリンネも、その宴で歓待を受け、気持ちよく飲み食いをさせて貰った。
そして何日か掛けた夜通しの宴も終わり、街が落ち着きを取り戻した朝方。
俺とリンネは開拓都市の南端にいた。旅を再開するためだ。
「お礼もまだ満足に出来ていないのに、もう旅に出てしまうの?」
「私のカンパニーとしても、魔法大学としても、全然お返しできていませんのに……」
そこには、メルだけではなく、ユリカもいて、残念そうにそんな声を言ってくる。けれども、
「いやいや、礼は充分貰ったさ。魔法大学から、ティターンオーガ討伐料として報奨金も貰ったけど、魔法薬とかそういった旅路に役立ちそうな道具も貰えたからな」
この数日で、ギルドやカンパニー、魔法大学からそれぞれ、報酬を貰ったのだ。
金は勿論、道具も、本来ならば道具屋で購入しようと思っていたものを沢山提供してくれた。
……容量が大きい筈のマジックバッグもパンパンなくらい貰ったしな。
しかも、普通の道具屋ではかなりの高級品に位置する、魔法大学謹製な効果の高い物だ。
旅がしやすくなる道具を沢山貰ったのだから、それだけで俺としては十分だったのだ。
「うーん。それでも、もう少しゆったりしていけばいいのに……。折角会えたのだから、もっともっと話をしたかったわ。師匠だけじゃなくて、そっちにいる妹弟子のリンネちゃんともね。喋ってて楽しかったし」
メルはリンネの方を見やる。
祝勝会では、お互いに弟子ということもあってか、軽い自己紹介の後、直ぐに意気投合していた。
「ありがとうございます。私も、メルさんといっぱい話せて良かったです!」
「ふふ、私もよ、リンネちゃん。お師匠様の近況とかも聞けたしね」
言いながら、メルはこちらの顔を見てくる。
「お師匠様、戦争時代から少しも老けてないから、びっくりしちゃったもの。というか、若返っているようにも見えるわ」
「ああ、そこは精霊太上皇が上手い事治してくれたみたいだからな」
「ふふ、私の同門が、お師匠の絵画を作って各町にばら撒いているけれど、どれも歳を取った姿を描いていたから。今の顔だと、お師匠様の昔を知る私たちじゃないと分からないわね。アイゼンっていう名前も、戦争の英雄にあやかって付けている人は多いし」
「別に構わないだろう。旅に支障はないさ」
実際、この開拓都市では問題なかった訳だし。そんな風に言うと、メルは唇を尖らせた。
「……お師匠の立場なら、各都市で物凄く歓迎を受けられると思うんだけどね」
「歓迎を受けるために旅をするんじゃないからな。俺は、凄い弟子たちが建て直したり、より豊かにした世界を味わいたいだけだからさ」
「凄い……そうかしらね」
「謙遜はいらないし、君もその一人だぞ、メル。異界から出て初めて訪れたのがここで良かった。メルのお陰で、色々と楽しいものが見れたんだから」
「そう言って貰えると、有り難いわ、お師匠」
メルは頬を赤らめて微笑を浮かべた。
そして一息つくと、彼女は懐から一個のタグを取り出した。
「でも、やっぱり、お礼が足りてないから。……これ、持っていって」
そして俺の手に渡して来る。
金色の印が刻まれたタグだ。
そして印の中には、『魔法大学学長・メル・ローゼ』との文字もある。
「えっと、これは何だ?」
「『魔法大学学長の認定証』というべきものかしらね。魔法大学やカンパニーっていう組織の代表は冒険者の活躍に応じて、信用を見える形にするために、こういった認定証を発行する事が出来るの。だから、これはお師匠の冒険者としての立場を、私が保証している事を示すものになるわ。……お師匠様の活躍に何が見合うか分からなかったけど、これだけは役に立ちそうだから、渡しておきたかったの」
「役に立つ……ってことは、何かに使えるのか」
聞くとメルは勿論、と力強く頷いた。
「少なくとも、冒険者としての信用は確保できるし、入るのに私の許可がいるような場所には全て行けるようになるから。ここから南の街々には大体行けるから、これ一つあるだけで、お師匠の冒険を邪魔する確率が減ると思うわ」
「そんな力があるのか、この認定証……」
「ええ。元々、優秀な人材を一々関所で止めたりしないようにするものだからね」
なるほど。効力は分かった。
「そんな物を貰っていいのか?」
「勿論。今はそれ位しか渡せないし。むしろ、私なんかが、私よりも強いお師匠の立場を保証しちゃっていいのか、って気持ちにはなるんだけど……」
「いや、強い弱いと信用は別なんだから。そこは良いだろう」
「むう、私としてはお師匠よりも私たちが英雄とみられている事には意義を唱えたい気持ちでやまやまだけど……でも使えるモノは使っておくべきだとお師匠から教わっているからね。この肩書を少しでもお師匠の役に立てられれば嬉しいわ」
メルは朗らかに笑った。
有り難い心遣いである。
「ありがとうメル。大切に使わせて貰うよ」
「そう言って貰えたのなら幸いだわお師匠様」




