第30話 手を貸す者
「力を貸そう」
そして、ただ、それだけを言うと、彼はこちらの横まで歩いてきた。
「アイゼン……さま。どうしてここに……? いつから……」
ユリカはアイゼンの顔を見上げ、呆然と呟く。
「ここの学園にいる知り合いに会いに、今さっき来たんだよ。……ただ、それどころじゃないってのが直ぐに分かってな。ここへ来たんだ。手が必要なんだろう?」
そんなアイゼンの言葉を聞いて、ユリカははっとする。
呆けている暇はない。強力な力を持った人が目の前にいるのだ。
……今、必要なのは、迅速な状況説明ですの……。
現場が分からなければ、手伝い様がないのだ。
だから、ユリカは息を吸い、頭の中で即座に説明を組み立て、
「は、はい! そうです。事情を説明しますと、学園にティターンオーガが来てて――」
でも、その間に、残り三人の学生を助けなきゃいけない。だから、手伝ってほしい。
とそう声を発しようとした。が、その前に、
「ああ、大丈夫だ。事情も、やるべき事も分かってる。向こうで学長のメルが戦っているが苦戦していて、でも、ここに埋まっている学生たちを助けないと、逃げられもしない、だろう? 事情はもう、この場所のモノ達から、聞いているよ(・・・・・・)」
まるで全て見ていたようかの口ぶりでアイゼンは言った。
「え? モノ達って……ど、どうして、そんなに詳しく……」
現状、救命活動をしている職員ですら、向こうの戦場まで把握できている者は殆どいない。だが、彼はここに来たばかりだというのに、いったいどこから、誰からそんな情報を集めたのだろうか。
それをこちらが問おうとする前に、アイゼンは瓦礫の中をゆっくりと進んで、一点を見下ろしていた。
「ここだな。【大気よ ゆっくり 持ち上げてくれ】」
杖を振った。すると、言葉通りに瓦礫がゆっくりと持ち上がっていく。
それによってできた穴に彼は手を入れたと思ったら、
「見つけた」
そのまま、優し気な動きで、中から一人の少年を引っ張り出した。
「う……」
頭から血を流している少年は意識を失っている様で、しかし、息はあった。
「ユリカ。この子を頼む」
「あ、は、はい! 有り難う御座います!」
そしてアイゼンはこちらへ引き渡すと、再び、瓦礫に戻り、
「次はここだな。……瓦礫が入り組んでるから、さっきより慎重にやらないと崩れるな」
丁寧に瓦礫を取り除き始めること数秒。
「よいしょ……っと。オーケーだ」
「……」
気絶している少女を救い出した。その少女は近場にいた職員に引き渡された。
「残り一人で、いいんだよな、ユリカ」
「は、はい。そうですの……で、でもどうして、そんなに学生たちの居場所が、分かりますの? まるで、全部見えているかのような。透視の魔法でも使っているかのようですの……」
いきなりこの現場にきて、あっという間に二人も見つけてしまった。
やり手の精霊術士だとは知っていたが、あまりに手際が良すぎる。
精霊の姿が見えないから、精霊を使って探知している訳ではないのは確かだ。でも、だとしたらどうやっているのか、と疑問に思い、つい声に出た。
その声を聞いてか、アイゼンは瓦礫の中を見回しながら、答えを返してくれた。
「俺にはさ、声が聞こえるんだよ。『子供はここにいるから、助けてあげてくれ』ってな」
「え……そんな声が? どこから……。私には聞こえませんのに」
「聞こえなくても、あるんだ。今は崩れちまったけどもさ。学生を守ろうっていう意思を込めて、精一杯作られた建物に積み重なった声が、俺には聴こえるんだ」
「それは、この瓦礫たちから、モノから、声を聞いているって事ですの?」
言うと、アイゼンは頷いた。
「さっきからそう言っているだろう? 状況も、こいつらから、聞いているってさ。人の手によって大切に造られた物には、微弱ながらもきちんと意思が宿るものでさ。今回だって、その思いが発した『言葉』を、俺が預かっているってだけだ」
アイゼンはそう言いながら、瓦礫をどけていき、そして、
「最後の一人はここにいる。もう埋もれている人はいないから、思い切り出してやってくれ、ってな……! 【大気よ 一帯を 浮かせてくれ】」
彼の目の前にあった瓦礫が一気に宙に浮いた。するとそこには、
「……ぁ……かみ……さま……?」
虚ろな目で、か細い声を上げる学生が一人倒れていた。
「神様なんて大層なものじゃないがな。……もう大丈夫だ」
その最後の一人を見つけて抱え上げたアイゼンは、職員が用意した簡易マットまで学生を運びこんだ。
「す、凄い……。こんなにあっさり、人を見つけ出せるなんて……」
その姿を見て、ユリカは思わず言葉を零した。
ピンポイントで、人がいる場所が分かっているようだった。いや、彼から聞いた話を鑑みるに、恐らく本当に分かっていたのだろう。
この瓦礫の山となってしまった校舎から、全て、聞いて知ったのだろう。
……物から言葉を受け取れる人……。間違いなく、精霊術士の能力の範疇を越えています……!
ユリカは、少し前にメルから聞いた話を思い出していた。
そう、あの時は混乱していて、思考をまとめ切れていなかったけれども。今、ようやく、少しだけ分かった。
この人は精霊術士なんだと、私が勘違いしていただけ、だと。
……やはり、この方は……
と、ユリカが考えを巡らせながらアイゼンに視線をやっていると、
「先生ー。広場にいた学生たちの避難誘導、手伝ってきました――!!」
そんな声が響いた。見れば、そこにはアイゼンの相棒である少女が手を振っていて、
「おお、ありがとうなリンネ。それじゃあ、次にやるべき事をしようか」
そういうと、アイゼンは瓦礫から飛び降りて、目線を南側へとやった。
「え……アイゼンさま? つ、次と言うと……まさか……!?」
「ああ。まさかも何も、俺にとってはここからが本題でもあるんだよ。ここで学長をやっている、教え子のメルの所へ行くっていうのがな」
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