第2話 預言者にとっては簡単な魔法
俺とリンネは街の近くまでやって来ていた。
あれから特に魔獣が寄って来ることもなく、まったりとした道のりだった。
草原の中にある街道もしっかり整備されているので歩きやすいし、そういう所からも、少しでも住み易くしようとしてきた思いと、年月の重みを感じる。
街道の側に流れている小川も水が綺麗だし。
……凄く、気持ちがいいな。
グローバルギルドは街の中央部にある。そこまで、この気持ちのいい気分で歩き続けられるといい。そう思いながら、俺がリンネと共に街道を歩いていた。
その時だ。
「ない……ない……!」
そんな声が聞こえた。
声の方向を見れば、そこは膝程の高さがある草むらがあった。その中で、緑色の帽子を被った女性が、ガサガサと動いていた。
「どうしよう……あれがないと、倉庫が空かないし……皆が困ってしまいますわ……」
装飾がしっかり施されたコートや、スカートなどを見る限り、女性は綺麗な身なりをしている。だが、その服が汚れる事を厭わず、草むらを掻き分けていた。
何をやっているのだろう、と思っていると、
「あっ……?」
どうやら、こちらに気付いたようだ。
目が合った。
そして彼女は立ち上がって、草むらからガサガサと出てくるなり、
「あのう、いきなりですみませんが、この辺りで、翡翠色のカギを見ませんでしたか? この位の大きさをした物なのですけど」
そんな事を問うてきた。
彼女は手で数センチほどの小さな幅を親指と人差し指で作っている。かなり小さいが
「カギって、ドアを開けたりする鍵の事か??」
「はい。そうなんです。この辺りの薬草を採取しようとしていたら、魔獣――コボルドが出て。追い払ったものの、何故かチェーンが千切れて、落としてしまって……」
言いながら、女性は腰元の細長いチェーンを見せてくる。
金属製で頑丈さはありそうだが、確かに途中から千切れている。
……なるほど、魔獣にやられたか、急な動きで切れたのかな。
この辺りは街の近くだが、出る時は出るのが魔獣だから、そういった事が起きるのは仕方がない。
先ほど自分たちも襲われたしな。
「――それで、お二人とも。この辺りでカギのようなモノを、見ませんでしたか……?」
深刻そうな表情で聞いてくる。
とはいえ、自分達もここに来たばかりだし、背後の今まで歩いてきた道のりでもそういったモノが視界に入った記憶はない。
「生憎とここに来たばかりでな。見てないな」
「私もですねえ」
俺の答えにリンネも同意した。
すると、女性は、残念そうな表情になった。
「ああ、やっぱり……そうですよね……。――どうしよう……もう時間がありませんのに。でも探さないと……絶対にこの辺りにある筈なのに……」
しょんぼりとしながら、しかし、どうしようかと、ぽつりぽつりと言葉を零している。
よっぽど大切な物を失くしたみたいだ。
何というか、いつになっても魔獣による人への被害は無くならない物のようだが、
……まあ、目の前で困ってる人を、見過ごすのも気分が良くないかな。
失せ物探しだったら力になれる事もあるし。そう思って、
「良かったら手伝おうか?」
「え!? 本当ですの!?」
俺の提案に、女性はとても嬉しそうな顔をした。が、しかし、
「あ、でも、この辺りを探すとしたら、時間が掛かりそうで。見つけて貰うにも、何とも大変そうですが、良いのでしょうか……来たばかりと言う事ですし、何かご予定の邪魔にもなってしまうのでは……」
こちらを事情に気を払ってくれているようで。そのような事を言ってくる。
困っているのは自分だろうに、他人の事を考えられる辺り良い人なんだろう、と思いながら、しかし俺は首を横に振る。
「そこまで時間はかからないさ。というか、見つけるのは君だろうしな」
「え……と、いうと……?」
「まあ、ちょっと待っててくれ」
俺は彼女にそう告げるなり、地面に掌を付けた。そして、
「【大地よ、君の言葉を預けてくれ】【あの子の腰の鎖に付いていたものについて教えて欲しい】」
地面に対し、言葉で、問いかけた。
自然に質問をして答えを求める、預言魔法の一種だ。
「――!」
そして、すぐさまその答えは、地面にいた精霊が、俺の頭に直接情報を入れてくる形で帰ってきた。
俺はその情報を知ったうえで立ち上がる。
「あ、あの、大丈夫ですの? いきなりすわりこまれて」
「ああ、問題ない。というか、そうだな。……君はあの辺りで落としたことに気づいたんだね?」
俺は街道脇を流れる小川近くの草むらを指差した。
すると、女性は目を丸くして俺を見て頷いた。
「は、はい……そうです。見られて、いたので?」
「いや。今、知った(・・・)だけだな。……んで、そうなると……あの草むらの隣に生えてる木があるだろう? あの周りを探せば、見つかるかもしれない。ちょっと行って見てくれるか?」
「え……ええと……、は、はい……」
女性は疑問そうな表情をして、戸惑いながらも草むらへと入ってくれた。
そして、木々の近くまでいって、足元を眺めている事数秒、
「あ、ありましたわ!!?」
そんな声が響いた。
そして足元で何かを拾った彼女は、慌てたようにこちらに駆け寄って来て、
「あの、あ、ありがとうございます!!」
と、嬉しさと驚きをないまぜにした声と表情で礼をしてきた。
「いやあ、見つかったようで、良かったよ」
自分の方も、戦闘用以外の魔法の使い心地を試せたし。一石二鳥だったな、と思っていると、
「す、すみません! 今の魔法、もしかして、私の過去と未来を見ましたの!?」
今だに驚きの表情をしている女性が、そんな事を聞いてきた。
「え? いや、そこまで高度な魔法じゃないぞ? 占いとかでもよくある、魔法を使っただけだよ」
そう、正確には、大地に彼女の動きを聞き、言葉を預かっただけだ。
彼女があの草むらで魔獣に驚いたことも、即座に追い払ったことも。そして、そのタイミングで木の尖った部分に鎖がぶつかって、千切れて鍵が落下した事も、全て大地の精霊が覚えていた。
こういった精霊は自分だけで言葉を放てるほど強くはないけれど、こちら側から聞こうとすれば、向こうを手助けすれば聞くことができる。
そして現在、あるであろう場所まで割り出せたのだ。
……まあ、鍵の正確な形までは分からなかったけど。
だから彼女に探して貰った方が早いと思って、彼女に行って貰ったのだ。そんな事を思っていたら、
「と、ということは、高名な占い師様なんですの?!」
「あ、いや、俺は占い師ではないな。自然の精霊達から声を集めただけだし……」
というか、自然に宿る精霊からモノを聞くのは、預言者が使える初期技法だ。
……【失せ者探し】の預言魔法は比較的簡単な技術なんだが。
こういった自然や精霊からの声を聞き、情報を統計し、予測を出していくのが預言者の基礎的な仕事だ。
無論、基礎は基礎で、預言者として出来ることは他にもあるけれど、
……そもそもこの子は、預言を見るのが始めて……みたいな反応だな……。
預言者が珍しい存在になっているのかもしれない。
俺が引きこもる前までで、預言者の職に就く人は、かなり数は減らしていたのだ。
とはいえ、大都市の近くだ。基本的に人が多い場所に預言者は住処を持つ。
……大都市近辺で、預言者を見たことがない人間はほとんどいなかったんだけどなあ。
これも時代の流れかな、と思っていたら、
「精霊の声を聴いた――ということは……精霊術系の職業の方だったんですのね。なるほど。……ありがとうございました。貴方様達のお名前を教えて頂いても宜しいでしょうか?」
何だか話が勝手に進んでしまっていた。
ただ、話の腰を折って訂正するほどの事でもない。
実際に精霊術に近い部分もあるし。だから取りあえず、問いかけにだけ答えておこう。
「ああ、アイゼンって言うんだ。こっちはリンネだ」
「アイゼンさま! それにリンネさま。この度は本当に感謝を! この恩は必ずお返ししますわ……!! ……ええと、この街に来たばかりということは、在住予定とか、ご旅行でいらっしゃるのでしょうか?」
「在住予定はないけど……しばらくはここを拠点に動くとは思うよ。グローバルギルドにも用があるし」
「そうでしたか! では、今度、お暇なタイミングで、グローバルギルド脇にある『錬金術士のアトリエ』にお越しください! 今は時間の都合で出来ませんが、後程、必ず、お礼をさせて頂きますので!」
「おお、了解。分かった」
「本当に、ありがとうございました!! それでは、また!!」
矢継ぎ早に言葉を述べたのち、女性はパタパタと急ぎ足で街の方に走っていった。
「……なんだか、凄いテンションの子だったな。錬金術師?らしいが」
「ええ、まあ、鍵が見つかって相当嬉しかったようでしたからね。アイゼン先生は相変わらず面倒見がいいなあって思って見てましたけど」
「だって、折角いい気分で歩いていたんだから、その気持ちを持ったまま行きたいじゃないか。現に、これで気分よくグローバルギルドに向かえるしな」
「ふふ、そうですね。それでは気持ちよく行きましょう、アイゼン先生!」